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陽だまりの春

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『天善さま、今日はご母堂さまがあまり具合がよろしくないようで、あまりおしゃべりになりません。』

千壽泉療養所の看護の者が、診察を終えて出てきて言った。

『案ずるには及ばぬ。雨が降ったり気圧が変わったことで各ふしぶしが痛むのはいつものこと。食欲もあり、よく寝ている。数値も悪くないのであろう?』
『はいっ。体温、血圧ともに正常。酸素濃度九十八でございました。』
『我々より良い数値かもしれぬぞ。』
『ハハハ。たしかに。そうでございますね。』
『母は息子の具合が悪くなると、自分も一緒に悪くなったつもりになるのだ。』

天善は千壽泉療養所が近かったのは僥倖(ぎょうこう)だったと思っている。看護の者たちがみな、専門分野のみならず人格のほうでも水準が高い。

中には仕事を離れた後でも、最近上壽を超えて遷化せられた蘭方医、日野柄重慶の講演を聞きに行っているような者もいた。日野柄医師は切支丹であったが、菩薩と言ってよい人だと、天善はあえて『遷化』という語を使って尊敬をあらわしていた。

夕刻、清左衛門から交信手札に連絡が来た。

『天善さまご容態はいかがでござる?』
『よくはない。半時以上立っていることもままならぬのでな。仕事にならぬ。鈍痛の中では集中力が出ない。』
『そういえば、先日、手製双輪車品評会に行ってまいりました。』
『廣洲氏が来ていたであろう。』
『はい。廣洲さまは車椅子でございました。』
『無理もない話じゃ。余は彼がまだ独立する前、西風の翁のところで働いていた頃を存じておる。数え年ではそろそろ卒寿ではないのか?みんなそうした年齢に達しているのだ。そんなことを知っている余も,良い年だということだな。ハハハ。』

『して、天善さまは今回の野風の一件を機に、ご隠退の覚悟でござるのか?』
『否。じつは余はいまだ千日行のさなかにある。途中でやめるわけにはゆかぬ。』
『千日行?』
『左様。あと1年ほど残っておるゆえ、ここで投げ出すわけには行かぬ。』


それ以上は口を閉ざして語らぬ天善であった。
『清左衛門。』
『はいっ。』
『3日、4日は深大寺のだるま市ではなかったか?春ののどかな中、だるま市でも見て来てはどうじゃ?のどかな日差しの日々も、一生のうちいつもあるということはないぞ。』

江戸の残香

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天善が九兵衛の蔵を辞した時、すでに未の刻をまわっていた。

江戸の中心へ来る機会もめっきり減ったことであるし、せっかくであるから、ここは急いで千手観音様と愛染明王様、それと東照大権現様へのお参りをしてゆこう、と天善は思った。

古来、御成り通りは将軍様が江戸城を出て、お寺と東照宮へお参りするための通りだが、その両側には、かつてはびっしりと双輪車の問屋が並んでいたものだった。いまは、わずかに『三恵比寿屋』と『ひなた屋』の2軒を残すのみ。白仙人屋もいまは通常の店になっている。

『急がねば、八ツ半をまわってしまう。』
天善は弁天堂の側より丘を登った。まだ、正月気分が残っていて、手水の前には多くの人がいた。水の順番を待っていたおぶられたこどもが天善のほうをみて、なにやら笑っている。手を洗った後もまた、本堂まで列になっていた。

『坊、左手を出しなされ。この粉を左手に塗り、両手でこすりあわせれば、清めたことになるのだ。』
ついでに、両親にも、天善は塗香を手のひらへだした。

千手観音様の前で手を二回叩く二十歳ほどの若者がいた。廃仏毀釈以来、そのような作法を知らないものが増え続けている。さて、鐘は何度鳴らすべきか?天善は三度ならした。


うしろの斜面には廣重の描いた名所の眼鏡の松があった所である。天善は長いこと、あれは誇張した絵に相違ないと考えていたが、ここへきて初めて、廣重の絵にある松はあったのだろうなと思った。樹齢が違うので、これは後代に植えられたものだろう。

そののち、脇にある東照大権現様にお参りをして、久しぶりに寒風の中に立つ桃山式の五重の塔を眺めた。木造の五重塔はよいものだ。砂粘土でつくったくろがね芯の塔とは風格・味わいが違う。


ふと、昼餉を抜いていることを思い出し、団子でも、と思うが、団子を食べていたら、申の刻をまわってしまう。横目で見つつ、なんとか、愛染明王様へのお参りを済ませた。印を結び、ご真言を唱えた。

さて、経本など観て、唐時代の書をみて、団子屋へ戻って見たら、無念。売り切れ。


まあ、一日に五つのことが出来たので良しとしようと天善は思った。帰りは蕎麦切を食べて、表へ出たら暮れ六つが鳴っていた。

青虫が葉を食べる

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『天善殿、今年はもう京へは登らず済まされるおつもりか?』
『そんなことはない。いまだ機をうかがっておるところだ。』


このところ天善はどうも歯がゆくてならない。見ても見えずのやからが多すぎると思っている。

『なんでも天善殿は、脱兎山講にひどくご立腹だという話だが。』
『いかにも。もとより、あそこが危うくなって佛蘭西の瑠脳に助けられたこともふがいない話だし、そのあとも良くなかった。連中を見ていると、青虫に食べられている野菜を見るようだ。瑠脳だけではない。独逸の勉津藩もからんでいる。脱兎山の高級車も、いまやすでに勉津藩から発動機を買っている。

一方で瑠脳は、えげれす國を開発も生産も頼みのつなにしていたこともあり、えげれす國のこんちねんたる離脱に青くなっているのだ。

つまり、彼ら瑠脳はなんら見るべき技術を持たない。えれきてるの技術も無い。電油混合動力のすべもない、販売力も弱い、それでも国が肩入れしてきたので、なんとか生き残っている。』
『国が肩入れ、とか国営とか聞いたが、どのようなことでござろう?』
『あそこは、前の戦の時に独逸に協力したのだ。怪しからんということで、創業者の瑠脳の一族は追い出されて、ながらく国営であった。あの瑠脳の一族は「得る召す家」と仲が良かったのだが、独逸に対する立場はたいそう違った。ほぼ真逆だった。ところがだ、』
『ところが?』
『その国営が緩んできた時、そこへ介入してきたのは恐怖の銀行屋であったのだ。18世紀ごろから、欧羅巴では、彼らの資金援助無しでは戦が出来ないというくらいの陰鬱な一族であった。』
『それは穏やかではない。』
『彼らは自らの飼い犬のごとき真黒卿を大頭梁にすると、彼を傀儡子のごことくにあやつって、脱兎山講を支配にかかったのじゃ。真黒卿こそが首魁だろう。』

『以前、天善殿は、真黒卿が目玉三角党の一味だと言っておられたがまことでござるか?』
『余はほぼ間違いがないと睨んでおる。そうでなければ、誰が硝子三角山の前で、就任式をやり、大久の歓喜の曲などをやるものか。しかも硝子三角山の上には赤いともしびが眼のように輝いていた。』

『う〜〜〜む。これは由々しき事態かもしれぬ。』

『真黒卿は欧羅巴教導隊にはたらきかけて、資金が足りぬといいがかりをつけて、伊太利亜の札差を次々に解体して、彼が元いた元締めに分け与えたのだ。つまり伊太利亜が、もはや国として、自分の資金で国を運営することを難しくしたのだ。彼が元々、そこから資金を調達しないと戦が出来ないと言われた金貸しのしもべであったことを忘れてはならない。』

『脱兎山講も、伊太利亜の札差たちと同じように喰いものにされるとお考えか?』
『いかにも。いますでに、脱兎山講はさえない瑠脳をその利益でささえておるのだ。その一方で、大いなる戦のとき、瑠脳が仕えていた勉津の発動機を脱兎山講に使わせ、かつて、日本が手作りでひとつづつ馬力をあげていた「地平線号」の発動機を亡きものにした。つまり、かつての日本の技術を吸い上げ、その販売網の売り上げで、瑠脳を支え、しだいに盟友の独逸の部品、発動機比率を増やして行き、抜け殻となったところで、あっさり清国へ販売と生産の拠点を遷すのだろう。』
『これは、ますますもって由々しき事。』

『えげれす國に、身似というちいさいものがあったのを覚えておろうな?』
『あれはたしか、商標を独逸に買われたとか。』
『さよう。根尾那智の噂が高い筆頭のあるじであったところにおさえられた。久蛮途という一族だった。』
『根尾那智でござるか?!これは魂消た。』
『あの身似の発動機は仏蘭西製だと聞いておる。床板は独逸だ。つまり、えげれす國の歴史を、別物に使って、彼らが恒久的にえげれすの看板で儲け続ける策略じゃ。脱兎山講のことも、本質的に変わりはない。』

『天善殿はどのように考えておられるのか?』
『権太は守銭奴ではあったかもしれぬが、我が国にとっては御しやすい男であった。問題は彼の背後にいた首魁だ。彼の尻尾に釘を打たぬ限り、奴隷化計画の第二波が来るは必定。真黒卿の指にも灸をすえてやるべきだ。やったところで、彼の國の民衆は怒りはしない。真黒卿は二割五分にしか母国では支持されておらぬのだ。

それに、今度のことは象徴的であった。愚弄罵詈ずむというものが、さも開国のために良きことのように言われていたのが、とんだ虚妄であったことがあきらかになった。権太は3つの國の旅券をもっていた。それが、その3つのいずれでもないこの國で牢に入れられた。世界に足を延ばして、巨富を得ることがじつは、多くの人の暗黒労働と恒久不幸の上に成り立っていることがよくわかったのではないかな。合戦はかぶら矢の合図で始められる。また、最初のかぶら矢は魔障を祓うというぞ。いまは、まさにかぶら矢が放たれたばかりなのだ。ゆめゆめ、油断したもうな。』


愚弄罵詈ずむの一時代が、まさに紅葉とともに終わろうとしているのをひしひしと感じた、天善と吉保であった。

雷雨

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『猛暑のあとは嵐のような夕立か。』

天善は上方の友人に送るものがあったので、早飛脚に荷物を渡しに出ていた。

彼は双輪車の部品を伊太利亜國より届け、お盆が過ぎれば再び羅馬に向けて旅立つ。

激しい雨に打たれ、蝉の幼生が路上でひっくりかえっていた。無数の小さい蟻が襲い掛かろうとしていた。

『蝉に産まれるのも楽ではないな。』
天善は蝉を拾い上げると、蟻を振るい払って、近くの楢の木にとまらせた。何ごともなかったかのように、蝉の幼生は幹を登って行った。

天善は雷が嫌いではない。こどものころから雷が鳴るとわくわくした。

入道雲がもくもくとわき上がり、人の大脳のようなカタチになる。そうすると、そこへ神経が走るように、雲の中を光が移動し始める。それが溜まって来ると、太い光が大地を撃つ。

天善の夢は雷の鳴る夜、稲光で国宝の宗達の雷神図を眺めることだった。

ちょうどお盆の入りの日だった。
『いにしえの人たちは、地中で何年も暮らした蝉が、ある時を境に地上に出て、自在に空を飛ぶように、人もまた、地を這う生活から、自在に移動するものとなると考えたのかもしれぬ。10萬億仏土の果てからやって来ると信じていたわけだからな。』


天善は若いころ、切支丹伴天連の南蛮寺に出入りしていたのだが、あるときそこを抜け出ようか?と真剣に悩んだ時があった。しかし、南蛮寺で教義を教えていたような者がそこを抜け出るというのは、たいへんな意志力を必要とする。


天善の好きな画家に葛飾北斎がいるが、北斎の伝記を読むと、北斎が兄弟子たちにいじめられていた時、彼は妙見菩薩様に『日本一の画家になれますように』と願をかけた。その帰り道、北斎の目の前の木に雷が落ち、北斎は、それは妙見菩薩が願いをかなえると約束されたあかしだと理解した。そこから彼は我々の知る北斎になったといえる。

天善はそんな時期、彼の友人の女人が欧羅巴へ帰る数日前、『古いお寺を見たい』というので、薬王院と金剛寺に連れてゆく約束をした。


雲一つない天気の中、二人は山を登ったのだが、彼女があれは何か?と小さいお堂を指さした。天善は近寄って由来を書いた板を読んだ。それは役行者、つまり神変大菩薩に捧げられたお堂だった。古い記憶がよみがえってきた。こども時代、双輪車で谷沢川の等々力渓谷へよく行った。江戸の中の唯一の渓谷であった。そこは霊夢に神変大菩薩が現れて寺の開山になったと伝えられている。

『何かうぃっしゅをかけてみましょう。』
と彼女が言った。天善は、さて、何をお願いするべきか、迷った。
『こどものころ、よく等々力でお会いしました。お久しぶりでございます。この女人が、2か所の寺で退屈しませんように。そこで、生涯忘れることの出来ない良い経験ができますように。また、北斎が妙見菩薩様が目の前の樹に雷を落としてそのみあかしとされたように、私にも進むべき道が明らかになるような神威をお見せください。』
と祈願した。

さて、天善と女人は山を下り、麓で食事をして、金剛寺に向かった。


それまで快晴だった空は白っぽく雲がかかった。強い風が吹き始め、参道でぽつりぽつりと来た。山門をくぐったあたりで、風はますます強くなり、空の底が抜けたような雨が降り始めた。声も聴きとれないくらいの雨音。やがて雷が1発鳴った。

天善は作務所の執事のところへ行き、『かなりすごい雨で、雷も鳴り始めましたが、護摩行は行われますか?』と尋ねた。答えは『定刻通り行います』とのはなし。

天善は宝輪閣の軒先で、雨宿りをして、そのすごい雨の様子を『銀版風景複製機』で写した。1枚目には、本堂の中に『エレキテルあんどん』の光が見えている。2枚目を写そうとしたとき、地響きがするほどの大音響が響き、白い光の柱が見えた。えれきてるの変圧器に雷が落ち、一瞬にしてすべてのエレキテルあんどんが消えた。

『おおっ!神変大菩薩様が、余の理不尽な望みを聞き届け、みあかしをなされた。』

天善は感無量であった。護摩行は一切のエレキテルのものが消えた状態で行われた。平安時代のご本尊が巨大な和ろうそくで照らし出されていて、まさに時空の中を、雷鳴一発で平安時代に引き戻された。

後にも先にも、天善がえれきてるの人工光線なしでそこでの護摩を見たのは、その時だけであった。それからほどなくして、その平安時代のご本尊は奥殿に遷され、身代わりのご本尊がつくられ、その身代わりのご本尊の御前で護摩が修行されるようになった。


まさに千年に一度の稀有な体験であった。


早飛脚に荷物を渡したあと、その昔の体験を思い出しながら、あと一つ、奇妙なことに気がついた。
『そういえば、あの時の雲は真っ白であった。黒雲ではなかったな。それも不思議なことだ。』

頭上で真っ黒な雲が広がり、雷鳴が大きくなってゆく中、家路を急ぐ天善であった。

作務衣の男

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天善が天狗堂を昨日出る時のこと、石段の先に作務衣の男の後ろ姿が見えた。電子印籠をかかげているようであった。この場所をきつね星信号で確認しているのか?あるいは愚俱留地図の画像と照合しているのか?あるいは保存された電子絵図と実際の風景を照合しているのか?

まわりに店があるわけではない、通りもない、役場もない。ただ天狗堂があるばかりである。『この男、何をしに来ているのであろう?』。

最初は近所の老人かと思ったが、遠目で見ても作務衣は普通のものではなかった。足元をみると、参駄留でもない。荒く編んだ古風な草履をはいていた。

それが天狗堂の出口の六尺ほどの道をふさいでいる。天善は先を急ぐので、『御免』と一声かけて脇を通った。男は八ッと驚いた様子だったが、天善の『こんにちは』と言う一言に、その男はペコリと頭を下げた。

その男、意外な人物であった。難芭身体術の武芸家、甲能吉記殿であった。作務衣の前をはだけさせ、ふところに手を入れて、あばら骨の浮いた胸が見えていた。

甲能殿は天善が石段を下りると、その階段を身体術で登って行った。彼に用のあるものは登って行っても何もない。天狗様も留守であろう。

『変わった御仁だな。』天善はつぶやいた。『天狗様を訪ねて来たのか?』。

ふと、陣鐘屋のあるじが、甲能殿の息子を知っているのを思い出した。『彼が天狗堂の場所を教えたのか?』と連絡を取ってみた。陣鐘屋のあるじはじつは弓道の師範でもある。

『いえ、そういうことはございません。天善さまとは良い互角の勝負かと。』
『奇人ぶりでか?』
『( ̄∇ ̄;)ハッハッハッハ。くれぐれもお手合わせなどなさいませぬよう。』
『天狗堂の前で何をしていたのかな?』
『彼は忍術はやらないと思いますが。』
『忍者は炭の粉をまく。自らの顔に墨を塗り、潜む物陰に炭の粉をまいて、より闇に溶け込むようにするのだ。夜、炭の匂いがしたら忍者がいるかもしれぬと注意したほうが良い。』

しかし、天善は考えた。『彼とて、丸一日天狗堂の前にいるわけにもゆかぬであろう。それが、たまたま余が出かけて行くときにそこにいた。これはどれほどの確率であろうか?これこそ天眼、神通力と言うべきであろう。また、余は普通の市井のおやじの服であった。これも袴姿の可能性もあったわけだ。』

じつは天善が彼を見たのは七回目である。一本歯の下駄を履いて歩いているのを見たこともある。彼が天善を見おぼえていたかどうかはわからない。

『我姿見るもの無し』不空和尚の一言が頭をよぎる天善であった。

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