レストア

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全22ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

イメージ 1

もう、置いてある自転車が視界に入るのも鬱陶しいので、もうずんずんやって、早いところ、すっきりとさせて、自分の考えていることをやりたい。

今日も今日とて、早朝より、音を出さないようにこそこそと。

頼まれてから長年眺めていたオッパーマン・モデルになんとかめどをつけた。1930年代の車両なのですが、オッパーマンは、当時のオーストラリアのチャンピオンで、また、英国のエンド・トゥ・エンド・ランの記録保持者、また1500km連続走行記録の世界記録保持者、またヨーロッパ大陸でのブルべの記録保持者でもありました。これは、彼本人の車両なのです。エンドの形状なども実に変わっていて、変速器はじかづけで、エンドのスロットは後ろを向いている。そうかといってトラックレーサーの正爪でもない。

そのレストアを頼まれていたのですが、たいへんな難物。ちょっと、どう解決するか道筋が見えなかった。

10日ぐらいまえに、『ああ、こうすれば出来るな』とひらめいて、それでやることにした。BBはマルビンスターの特注のBSAの部品、オイルドレインのネジなどは、長年かけて探しておいた。

シャフトはダメだろうな、と思っていたら、生きていました(笑)。ああ、取り寄せた中空シャフトは自分用に出来る、とニヤリとした。このBB、じつは『オイル・バス』式になっていて、グリスを使わないようになっている。記録のためにグリスの粘りを嫌い、オイルを使った。それが当時のやりかたでした。テカレミットという注入器でオイルを入れ、しばらく乗ったら、BB下のドレィン・ボルトを開けて、BB内のオイルを抜く。そうすると、雨の中を走行したあと、グリスを交換し、微細な調整を毎回あけてする必要がなくなる。

この車両が日本へ来る前は、CTCの爺様が大事にしていた。まあ、BBを開けてみたら、紅茶カップ1杯ぐらいグリスが入っていたのでビックリした。チェンステーやダウンチューブの中にまでグリスがビッチリ詰まっていました。

自分が高齢で乗れなくなるのを見越して、結露の水分がBBに落ちないように、フレームチューブ内の錆がBBへ落ちて、それがまた回転部分の錆を呼ぶのを防ぐため、グリスでふさいだのかもしれない。

オッパーマンその人の車両、、というのはなかなかイメージできないと思いますが、これはいわば、ローゼマイヤーの乗ったレコードブレーカーや、カラチオラ本人が使用したレーサーに自動車世界では相当するだろうと思う。これも、ようやく7月中に出て行く。


写真のグリスは『入っていたグリスの20分の1ぐらいです。

ノートルダム炎上

私はちょっと、我が耳を疑いました。YoutubeでBBCの画像を見て、なんともやりきれない気分になった。

昔、チャールズ・ロートン主演のノートルダムのせむし男を見て以来、あれは『中世の石の森』として、『そこにあるだけで安心』というヨーロッパ美術・文明の礎石の一つだった。

これは『油断』という話ではない。850年間、誰ひとりそんな失態をしなかったことをやったわけですから。しかもイースターの直前に。たるんでいたとしか思えない。

あそこは一日では正直見きれなかった。行くたびに新たな発見があって、ひとつの中世の宇宙を形作っていた。ガーゴイルなども実に面白いものがあった。聖も俗も、善も悪も両方描かれて宇宙を作っていた。

そうした『宇宙観』はたとえばヴァティカンのサンピエトロにはない。一方的な絵巻物になっている。これは東方正教会の巨大ドームも同じでしょう。


尖塔が焼けて崩れ落ちる様子は、なにやら象徴的ですらあった。多くの人があの場面でトラウマになるのではないか?

さんざん、イタリアもフランスも、CYU-東からのIMINを受け入れ、路上でのそうした人たちのれーはい者を出し、安い労働力確保に躍起になり、金儲けを追いかけ、もと銀行員の真っ黒論大棟梁はカソリックの禁止している自由盟尊で眼玉△の前で就任をした。ベルギーなどはやがては伊須羅武教徒が過半数を占めるようになると言われている。

もはや、今のフランスに180年かけて建設するだけの、思想的バックボーンは残っていないでしょう。

すべての意味で象徴的な悲劇だったと思う。

これは誰か責任者が判明するのでしょうかね?わかったら、さらに大きい事件になるような気がします。

使い切り世代

イメージ 1

前に当ブログで、塩のビンがコロコロコロっところがってきて、棚から落ちて急須に命中。パカッと取っ手が折れた話は書きました。

そのとき、『寿命かな』とあきらめた話はすでにご存じだろうと思う。

新しいのをちょっと見てみたのですが、あまりピンとくるものがない。まあ、自分もこれから50年とか生きるはずもないし(爆)、新調しなくても良いのではないか?という気分になった。

金継ぎ屋に相談したところ、けっこう重いし、中にお湯が入るとさらに重くなり、くわえて温度差もあるから、直してももたないかもしれないという。

そうですか。かなり厚い1.2mmの銅板を叩いて変形させて、中にピッタリ密着するように作った。一切接着が無くても差し込んだだけでも持ちこたえる。そこをさらに接着した。2か月ほど朝晩2回、毎日使っているが問題はない。

取っ手の穴のところから、内側に張り付くような形状の銅板の様子が見えるのがよくない。ここを錫でふさいでしまえばよい。あとは、継いだ線の部分に金箔を置けば完成でしょう。


これを捨ててしまって、ゴミにするのは惜しい。自転車の部品などでも、最近はすべてそのスタンスで無駄を出さないようにしている。

祝大会賞受賞

イメージ 1 イメージ 2 イメージ 3 イメージ 4

イメージ 4

たまたま、ここ数日、『じゃん』さんのブログでボテッキアのレストアに関して論争していたのですが、これ以上は同じ主張の繰り返しになるので、議論離脱しました。この歳になると議論するのも煩わしく、無駄なことに思える。相手が議論してくる場合、ほとんどの場合、説得は出来ませんから。

そうしたところ、たまたま本日、友人がミラノの古い自転車の集会に3人組で出て、ミラネーゼたちがうなって、写真を撮られまくり、みごと表彰式で大会賞をいただいたとの知らせ(左端の写真)。

ずっと私のレストアの仕事を西暦2000年から見ている方なので、私の考えはツーカーでわかる。


手前の白いタイヤの車両は、うちのサンビームの『パーマーの白タイヤ』のイメージでやったなとわかる。

『油微塵流の免状をいただきたく、、』ということなので、『ミラノ支部、宗家代理』の印可を授けたいと思います(笑)。おめでとうございました。


古い自転車の前では、先人の仕事を見て、我(が)を離れ、謙虚になることが重要だと私は考えています。それは私より寿命の長い器械ですから。左から2枚目のBATES(ベイツ)はほぼフレームだけが残されていました。部品は売られてしまっていた。英語で『とさつ解体』と言われます。右端のラウッターウェイトも、『設計者、ジャック・ラウッターワーサーその人に会うまで、元にもどせなかった』。それはひどい組み直しがされていました。

BATESに関してはその時代にはBATESが使っていなかったGBのステムが入っていましたが、どうにもフレームとの強度バランスが悪かった。当時BATESが使っていたスチール・ステムをようやく見つけ、色は赤だったので、フレームと同じ色を作って塗った。

フレームとステムにも『適正な剛性バランスが存在する』。

ウーゴもピナ例路も彼らのフォークが出る前に、このベイツの写真(この車両そのもの)を見ていますから、最新のフロントフォークの『2段曲げ』の源流はこの車両だと思います。

そうして、当時の写真やカタログとすり合わせて、ようやく『corect』な乗り味になった。ほんとうはそのいきさつや部品寸法などをすべてノートにつけてHISTORYブックとして車両とともに伝世させるべきだと思います。

レストアという言葉があまりに安易に日本では使われている。だから、ヨーロッパのEbayでもアメリカやオーストラリア、フランス、イタリア、ドイツ、英国のSellerの8割以上が『May not ship to Japan』と書いているのをみると、なんとも心が痛む。

そういう中で、イタリアのマニアに認められたミラノ支部の大会賞は快挙だったと思います。

若いうちのものでしょ

イメージ 1 イメージ 2 イメージ 3 イメージ 4

イメージ 4

私が高校1年の時の机のまわりの写真が出て来た。古い横浜洋家具の両袖の机をもらって、上に切り抜いたベートーベンの肖像画を貼り、チャーリーブラウンのシュレーダーの雰囲気。

擦れ剥げたセラックを、なんとか磨きこみ、きれいにしようとしていた。ボッティチェリの絵をかけようと思ったのだが、適当なものがなく自分で鉛筆で模写した。

なんだか、昔から古い物を直したり、ものを好みのものに作り直したりというのをやっていた。おとなになってからは、『お金の節約にもなるので自分で全部やった』。

昔、ボッティチェリの伝記を読んでいて、晩年は大きい絵がほとんど描けなくなっていたのを知った。
「それは誰でもそうだ。目も悪くなるし、なにより気力や集中力が続かなくなってくる。」
と絵の師に言われた。

自転車のレストアなんぞも、歳をとってやるものではありません。英国時代は朝4時に起きて、4時半に出かけ、まだ表に積み上げられた自転車に白い霜がついているころに到着して『これはオレが買う!』などと雄たけびを上げて(笑)、また抜かりなくスペアの部品もチェックする。

この写真に出ている自転車とモペッドはすべてただ一人の男が直そうと思って集めた。しかし、寿命が尽きて、後に残ったこうしたベース車両は親族もどうしようもなくなって、古い自転車の専門家に買ってもらえるものは引き取ってもらおうと、こういう具合になった。

中にはルイ・ボべの乗っていたエリエと同じラグが入っているロードもあって、フロントをリジッド・ロッド式FDにして、リアはテンションレバー付きにした。デュラルフォージのブレーキを入れて、まったく同じに仕上げた。写真にはアレックスのFフレームも見えている。左から2枚目の写真のヘッドセットなどは、日本のAIKOKUのヘッドセットの元になったマジストローニだが、そんな部品の新品未使用はいまやどこを探してもない。時代がよかった。

ゴミから砂金を搾る(笑)。

もう出来ませんね。人は半世紀以上生きたら、自分の時間の使い方を考えるべきだ。他人のために古部品をピカールで磨くなどというのはまっぴらだし、それを頼んだり期待する人間も非常識だと思う。

金がなく時間と根気はある若い者が、価値逆転のためにやるのがそういう作業の本来だ。

全22ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事