分かれ道の感傷

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誰しも歳をとる

週末に、ちょっと都心の職人さんのところへ行ってきました。今年に入ってから肺炎で1か月弱入院していた。ある程度の高齢になると肺炎は怖い。

多くの人たちは、肺炎は風邪の親類のように考えている人もいるかもしれませんが、そうではない。高齢者の場合、雑菌が肺に入ったり、誤嚥など、さまざまな原因で起きる。入れ歯のひとは肺炎になりやすかったりします。あと歯周病の人も肺炎になりやすい。

私も老母の肺炎予防にはずいぶん気を使っている。自分の自前の歯が少なくなってくると、歯ブラシで磨いても雑菌が減らしづらくなる。なので、うちでは殺菌効果の高い緑茶で、プラスチックの棒の先に小さいスポンジがついた、口内クリーナーを使っている。病院を出る時、最後の頃にすこし、のどがセロセロしていて怪しい状態だったが、こまめに喉を払わせ、緑茶と小さいスポンジでみごとに症状が消えた。以来、肺炎の兆候はない。

私の会社員時代の社長は、最近肺炎でNAKUなったが、大学時代はスポーツマンで身長は180cmほど、ぜい肉一つなく、食事にも運動にも気を使い、歯もしっかりあったが、あっさりと肺炎でやられてしまった。人の一生はわからない。

下町の風情があるその職人さんのところへ、打ち合わせと顔を見がてらでかけた。行くと、仕事は区切りをつけ、2階で休んでいた。かつては職人がたくさん働いていた工場で、2階は職人さんのスペースだったのだが、いまは彼ひとり。作業も彼が独りでこなしている。

『緑茶作戦はどうだった?』
『いまのところ、いいみたいだが、とにかく歳がね、身体全体が弱っちゃってるから、たいへんだよ。』

世の中、ネットで物が届き、短い時には翌日とかに届く。そういう世界では、物がどうやって作られるかなどは、ほとんどの人が考えても見ない。

旋盤の人は機械油が焦げる煙と金属粉で肺や気管支をやられ、フレームビルダーは金属粉で肺をやられ、溶接の時のさまざまな金属の蒸発物質を吸って血管や心臓をやられ、塗師は有機溶剤で呼吸器と内臓をやられる。

18世紀のルブランとかラ・トゥールのように『油絵のような臭いものは、紳士淑女の前で扱うのにふさわしくない』などといって、パステル画をもっぱら描いているような人たちもいたが、職人世界でそれはありえない。

1960年代のヨーロッパのクルマの黄色とか茄子紺とかは、現在の塗料では同じ色が出ない。あの時代混ぜられていたクローム、カドミウム、鉛などが今は使えないので、黄色は『ユンボ色』に、オレンジは『ミルク紅ショウガ色』になる。その頃からやっていた職人さんたちは、健康上のツケが一気にきているといってよい。

たまたま話の中で『金属球の落下テスト』の話がでた。昔は1mのところから金属球を落として、塗装の剥げ具合で、合格不合格が決められた。

昔ながらのやりかたでやっていると、うちなども、5重塗装ぐらいになるので、塗装のもちが違う。剥げたら、そこをピンポイントでタッチアップしておけば、剥げた部分から錆が広がるようなことはない。

昭和レトロな一画で、そうした昔話。

やがては、そういう『チーム』も解散することになる。人の寿命とチームの寿命。これは、なかなか引き継げない。親子でも違う。私は一応、その職人さんに旋盤の人を顔合わせさせている。そうした感覚を持つことはものづくりに重要だと思う。

日本の製品のよさはそうしたところから生まれていたはずで、そこが日々壊されている以上、遠からぬうちに、『試作品すらも海外に発注』して、日本で製品化する前に、ほぼ同じものが隣国から出てくるようになるだろう。

なんでも、いまや番傘や蛇の目の和傘をつくる職人さんが激減して、中の上下にスライドする部分『カナメ』を轆轤で作れる人が全国に1人だけ、骨を作る人は3人しか残っておらず、しかもみんな80代だという話を聞いた。

これは、自転車や機械加工の世界でもひとごとではないとしみじみ思った。

幸福な家

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うちのブログへ毎日見に来られる方が、『幸福な家』という写真をアップしていた。良いクルマが停まり、庭はよく手入れされ、庭の木には花が咲いている。

たしかに、スタートの時点で大きくすでに、もう追いつけないくらいの差が出来ている場合もある。

こういうのは、わからない。じつは家の中は必ずしも平和ではなかったりもしますから。

知り合いのお寺の住職が面白いことを言っていた。
『それはおSo〜しきの時は、それはみなさん、親戚中おそろいで、仲が良いんです。ところが1しゅ〜きともなると、数人しか来なくなる場合が多いんです。』
『それは、なぜですか?』
『このあたりで、大きい一軒家で畑があったらウン十億でしょう?それのISANの取り合いで大喧嘩になるんですよ。』

な〜〜るほど、と思った。

幸福というのは最後の最後までわからない。私の知り合いで、自分の家の家業がイヤで、海外へ飛び出し(その人はアメリカの人だが)、世界各地を転々として仕事をしながら旅を続け、世界中、くまなくまわっている。

やがて、故郷の家族はみんなNAKUなり、天涯孤独。世界を見てしまったのでアメリカの寂しい田舎の単調な生活には耐えられない。もう一生戻って住むことはないと言っている。

いまはアジアに住んで仕事をしているのですが、まわりにその人の母国語を話す仲間はいない。メールが命綱なわけです。たまに一斉でメールを送って来るので、その友人のいつも連絡を取り合っている人の名前がわかる。20人いない。そのほぼすべてが、その人のいる国からみて海外にいる。

いま、その友人はガンなのですが、最後はどういうところで、誰にみとられることになるのか?その心中やいかに?私は欧米からの人たちのクラブの書記長をやったりしていた関係から、多くの『故郷喪失者』をみました。

夜中に電話をもらって、『もうつらくて、電話をして誰かと話していないとないとやりきれない』といのちの電話をしてくる人もいた。

これは、なにも海外でなくても、日本に住んでいる日本の人でも、こうした耐え難い疎外と孤独はあるだろう。私は今、思い返すと、学校教育で『家族教育』というか、他人とのかかわりの社会学というのか、そうした話題を話し合ったり、授業で考えさせられた記憶がない。

むしろ、個人主義がもてはやされ、親や親戚、家族との結びつきなどは等閑視されていた記憶がある。明治時代の文学での『家族』とか『家』とかが、『時代遅れなもの』として教えられていた記憶がある。

ましてや、『家族や家、存続性のある家族や家をつくる』などという意識はまったく話題にならなかった。たぶん、今の日本の少子高齢化の背景には、そうした思想的なものと、結婚して家庭を築き上げるほどの経済的余裕や住環境が若者にない、ということなのではないか?と私は漠然と考えている。


こどもが結婚して巣立って、『ああ、手が離れて解放された』と思う人が多いが、それとともに家を処分してホームに入ったり。『何かの時に帰るべき家がない』というのは、その巣立ったこどもにとっても、処分する本人にも、よりどころがなかったりする。

あるいは家が残っても、本人は施設に入れられてしまって、帰りたくても帰れない人をたくさん見た。多くの人が『認知症、あるいは高齢者の帰宅願望』で片づけられる。私は帰りたい、自分の慣れ親しんだ場所、風景のなかで最晩年を過ごしたいというのは、どこの国でも、どこの文化でも同じだろうと思う。

こうした『現代日本的な感覚』は、世界的に見るとむしろ珍しいのではないか?伊蘭にいたとき、ある友人が、彼の実家へ食事に連れて行ってくれて、そこにはこんこんと泉が湧いていた。
『うちの一族は2000年ほど、このあたりの水の利権で暮らしている』というのを聞いてビックリした。

英国でも一族のよりどころの家というのはある。そこにさらに、先祖からのBO-DAIーじもないとなると、ほんとうに無縁で、ただ一人、広い人の海に漂っているような具合だろう。

たまに出会うインターネット上の共鳴する意見の人も、受信機がたまにとらえた声。それをつなぎとめるのは難しい。さて、この世界はどこへ向かってゆくのか?

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西暦2005年頃から、世の中急速に『一人残らず管理する』、窒息しそうな世の中に突き進んできたように私には見える。スマホがその一元管理化をさらに推し進めているようにみえる。

これはクルマなどもそうで、完全に消費サイクルに取り込まれ、また、クルマを通して、クルマとインターネット、及びGPSの組み合わせによって、未来のクルマは完全に管理される体制になってきている。

ボンドカーのライセンスプレート(ナンバープレート)が回転式だというのは意味深で、もともとクルマと云うのは、『ナンバーによって行動を監視される宿命にある』。あれは、ちなみに、パインウッド・スタディオの前に監督のテレンス・ヤングだったかがクルマを停めておくと、駐車違反の切符を切られて仕方がないので、『回転式ナンバープレート』のアイデアが出てきたものだという。

そういうナンバーの車両がそもそも存在しなかったらどうしようもない(笑)。

これは消費や壊れる耐久消費財もそうで、知らず知らずのうちに策略にはまっている。携帯などは最たるものでしょう。私の英国の親友は、昔はマイナーを持っていた(右端)。なかなかクラシックで良かったのですが、ブリストルには加ロー羅の5段ミッション付きに改造して高速性能をあげたものを扱うスペシャリストもいた。

その友人のユニークなところは、親戚全員が同じクルマを持っていて、スペアパーツやボディパネルも、みんなで一元管理していたこと。整備や部品交換も自分たちでやっていた。

私は『英国的な話だな〜』と感心した。


この『管理されることを嫌う』、自由尊重のありかたは英国では実に強い。だからマイナンバー制度も2000年を超えてから廃止された。

私は若い頃、英国の16世紀のハーフティンバードの家が気に入り、日本で2階は英国の16世紀式のアテック(屋根裏)があり、下には日本の農家風の囲炉裏のある家が出来ないか、ずいぶん考えた。そして土間には作業場と自転車。しかし、日本では法的な制約があって、そうした建築には自由が利かない。

私は英国の木造建築と日本の伝統的な農家のつくりは、不思議なくらい調和すると思っている。

ところが、現代日本では、真逆のハイブリッドが幅を利かせている。シンコーシューキョーの建築がミケランジェロのドーム風というのはよくあることだ(爆)。

というわけで、ヴァ智完の前で写した、若き日のミケランジェロ・ヒゲのRaijinさまの写真のおまけなど(爆)。

スマホ漬けの人からスマホとパスポートを取り上げて、アンコ―ナとかヴォラーノとか、ほかの日本人観光客に出くわさないようなところに放流して、何人帰ってこれらえるか、やってみたい気がする(笑)。GPSで見つけてもらわないといけない人が多いのかもしれませんね。

3月はひどかった

3月はひどかった。怪我は治らず,歩けず。まわりでNAKUなった人も多く。後半19日にはお世話になった社長が帰天された。


会うは別れの始まりとは言いますが、日本の場合、その舞台すらも消えてしまう。数日前、ちょうど『美の大物たち』の話を書いていましたが、あの番組は、もともと社長の趣味でスポンサーとなり始められた。のちに、スポンサーは霊獣ビールになったが、社長はかつて、ウィスキーのTV・CMに出ていたほど決まっていた。そのウィスキーの輸入元が霊獣ビールだったかもしれない、とふと思う。

会社を辞めることが決まった時、何を思ったのか、『R&F君、ちょっと。美術館へ行ってみよう』と、蓼科のローランサン美術館へ一緒に行った。『もっと軟弱な画家かと思っていたけれど、悪くないね。いいな、欲しいな、と思うのがいくつもあった』と言っていた。そのローランサン美術館もいまはない。

ミラノに居た時、レストランの中でパスポートをスリの名人にすられ、たいそう困ったことがあった。レストランの中で知らない男に時間を訊かれ、時計を見て時間を教えた。そのあと、その男は『ありがとう』と言って、私の肩を叩いて歩き去ったのだが、しばらくして『しかし、どうしてイタリア人の彼が、わざわざ一目見て東洋人とわかる私に時間を英語で訊ねたのかな?もしや!』と思って内ポケットをみると、財布とパスポートをすられていた。まさに手品である。

いまは、どうかわからないが、その当時はパスポートの再発行には、親か兄弟、会社の同僚などによる本人確認が必要だった。また、すべての手続きは通常の郵便で行われるため、往復に2〜3週間ほど、向うのがわの手続き期間に数日、つまり1か月弱かかるというわけ。家族を呼び寄せて、さらに再発行されたものが手元に届くまでひと月滞在となれば、80万円ぐらいはすぐ行ってしまう。


『もっと早く発行してもらう方法はないのか?』
と領事館でごねた。
『そこに当地にある日本企業の住所リストがありますから、そこへ電話をしてお願いしてもらうよりほかありません。』
と言われた。仕方がないので、辞めた会社の支店があるかどうか調べてみたら、あった。電話をして見ると、
『いや、そのお話だけでは、ほんとうにR&Fさんが最近まで私共の会社の社員であったかどうか、何も証拠になることがございませんので、ご容赦いただきたい。イタリアでは、ほぼ毎日のようにパスポートを盗まれる日本の方がたくさんおられますので。』

しばらく考えて、
『ああ、証拠になるものを思いつきました。今からお教えする電話番号へ電話をして見てください。あるいは本社のほうへ、その電話番号が本物かどうか、ご確認ください。社長への直通のホットラインです。日本でもその電話番号を知っている人は、社内でも5人ほどだと思います。』

数分後、折り返し電話がかかってきて、
『大変失礼いたしました。電話番号はたしかに本物でございました。今すぐ、御迎えに伺います。30分ほどで参ります。』

助かった。その電話を社長自らがとったのか、本社に問い合わせたのか知らないが、ばつが悪いのでとりわけ、こちらからご挨拶をしないでいたら、偶然、銀座の路上でバッタリ社長と出くわした。

『社長、じつはミラノでかくかくしかじか、、。大変失礼いたしました。』
『それでうまくいったなら、よかったじゃない。ボクの方は何をしたわけでもないし。』
苦笑いをした表情から、これは社長自ら電話に出たな、と思った(笑)。日本語的にどうなのかわからないが、社長が私の机の電話に電話をしてくる時は、『社長ですけど』といつも言っておられた(笑)。


思えば、私は会社の面接と試験の時はヒゲを剃っていて、出社初日の時にはヒゲを生やしていた(爆)。部長たちも、入社試験と面接の時の人とは別人が来たと大騒ぎになった。


部長や課長たちが『R&F君が、ヒゲを生やして出社してきたんですけど。剃らせますか?』と社長に訊いたというのだが、社長の一言『似合ってるのか?なら、いいんじゃない。』で無罪放免になった(笑)。

あとで部長が『R&F君、君は運がいい。社長は若い頃、仕事の修行ということで、ロンドンの銀行に就職させられたんだが、当時はビートルズが大流行していて、いなくなってしまったんだ。日本からお目付け役が探しに行ったんだが、発見した時には、長髪で奇抜なチョッキを着ていたそうだよ。だから、君のヒゲにも寛大だったんだ。社長によくお礼を行っておいたほうが良い』と言われた。

社長には戦国大名のような、部下の忠誠心を引き出す不思議な魅力があった。

小さい子会社から、やがて本丸の方へ移り、社長はそのちからを思う存分発揮したと思う。いまや端末の機器では『観音プリンター』と勢力を2分するまでになった。


学生時代は陸上の選手で、高い身体能力で、その後も常に健康には気を使っていた社長だったが、驚くほどあっけなく肺炎にやられてしまった。

社長の英文の手紙をタイプアップして、英文をチェックしてサインをもらいに行った。くせのある字でタイピストは読めなかった。もう40年ぐらいも前の話だ。ミドルネーム(洗礼名)があったので、ごめーふくなどとは言うまい。RIPこそがふさわしい。

ああいうタイプのリーダーは今後この国では出てこないような気がする。

不老長寿?健康長寿?

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なんでも、最近では、ある程度の年齢に達すると数種類の薬を飲んでいるのが普通らしい。それどころか、知っているレストランのオーナーが『毛生え薬』のたぐいを飲み、男性昨日(笑)の補助薬を飲んでいるというのを聞いて、私などは驚くばかり。

白髪になって恥ずかしいと思わないし、薄くなっても帽子をかぶるなり、そのまま放置で、気にすることはないんじゃないかな?と思う。

若い頃『刑事コジャック』で思い切りよくああいうのもカッコいい、と思った。あのドラマに出てくる人たちはみんなそうだった。マックニール警部は髪の毛がかなり薄いんだが、彼がソフトをかぶると無類にカッコ良い。帽子をとっていると、なんとも人の良い後期オヤジなわけです。コジャックの部下の若いスタブロスも30歳行くか行かないかでほとんど髪がない。それでもいい男を演じているわけです。

最近の日本のテレビをみていると、どうも時流は真逆を行っているようだ。昔はジャン・ギャバンなどでも、白髪がカッコ良かった。海外ドラマで『銀髪の狼』などというのもありました。


ロダンが、『一つの時代の美しさは1〜2年しか続かない』とどこかで書いていた。『その美は数年経つと別の種の美になってゆく』と、女性の年齢変化を説明していた。

これは男性も同様で、『ある種のダンディ、颯爽とした感じは、若いうちには出せない』。また、『ある程度のカッコよさは、健康でないとキープできない』。私などは、その『ある程度のダンディズムをキープできる健康があれば、むやみに腹筋を割ろうとか、毎日ジョギングとか、老化防止薬とか、そういうものは欲しいと思わない。

統計によると、私の年齢で、薬を一種類も飲んでいないのは珍しい部類らしい。このまま、大きい病をせず、『最低限の移動の自由』を確保するのに自転車に乗り続けられたらよい、ぐらいに考えている。それが、何歳までか?なのですが、世の中的には80代半ばまで行けたらかなり優秀だろう。90代前半までゆけたら『仙人級』。90代から3輪車にして100歳手前まで行った人も英国にはいる。こういう人には頭が下がります。

『長寿、長命』はよいのだが、私にとっては『質』も重要だ。さしたる精神的な深まり、やっている趣味なり仕事の深まり、この仕事をやり遂げたいとかがなく、ただただ、今の生活を永遠に続けたいというのは、単なる欲に見える。


『不老長寿』というのは意味深で、長寿は不老であってはじめてめでたいという意味が背景にあるのではないか?全身が痛くて、やることがなく長命というのもつらいだろうという気がする。

自転車のほうの仲間のMに『90歳の自転車乗り計画』を訊いたら、そんなには生きたくない、という話をしていた。私は90まで生きられたら、もっと書いておきたいこと、作っておきたいものや、現物の試作で残したいアイデアはたくさんある。


私の絵の師は『ずいぶん、回り道をして、時間がかかってしまった。しかし、ようやっとわかってきて、いい仕事が出来そうになった時に手が動かなくなったのが残念でならない。君は若いから、もっと無駄な道をたどらずにうまくやらないといけない。』と言っていた。

仁さんも『も〜、若い頃とは比較になんない。今が一番フレームのことがわかるよ。どんどんわかってきたというか、今作るものが最高だと思いますよ』と言っていた。たしかに私の頼んだ歴代の車両の中では晩年のものほどよく走るパリッとしたあがりになっていた。

北斎なども『あと少し生きたい』と最晩年でもどんどん画境が深まっているのを自覚していて、なんとか最長不倒距離を伸ばそうと、寿命を延ばすべく、毎朝魔除けの虎と龍と鍾馗の絵を日課として描いていた。

この気力でしょう。ヨガなどでは気力、生命力などのことをプラーナという言葉で表現するようですが、『プラーナが弱まったら、それを自己充電して高める自己コントロールも必要』だろう。白隠はその方法を、彼のやり方で書き残している。

この『生きる気力』とでもいうべきものがどんどん『ドレィン・アウト』してゆくような現代生活から逃れるすべも持たないといけないだろう。


私はそれには、『自然なかたちで日常的に自転車をとりこむ』ほうがランニングなどより膝などのトラブルもなく、花や鳥や自然に目を向けて、精神生活の上でも有利だと思う。イヤフォーンでランニング中音楽を流しっぱなして、ある程度の年齢になって難聴になる心配もない。

そこで、『美食』よりも『すがすがしく、体調が出る食事』にして、ささやかなお茶と簡素な菓子ぐらいで深い満足を得る生活。私にとっては一本数万円の健康のためにならないシャンパンより石田三成が秀吉に出して、彼が気に入って終生飲んだ無農薬の政所茶のほうが身体が喜ぶ。それで『健康長寿』。私がブログで伝えたいことはこうした生活に尽きる。

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