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こんにちは。
今日は友人が僕の部屋に置き去りにしていったパソコンからの更新です。
年末は図書館やってないのでパソコン使えず難儀ですよ。自宅にネット環境が整っていれば、こんなに落ち着いて作業できるものなんですね。ま、持たざるものに許されるのは夢想だけですが。
Q:無職も年末は忙しいんですか?
A:はい。社会との関係性を完全に排除できない以上、社会の忙しさの影響は、やはり及んでしまうようです。
この数週間、結構色々な人に会いました。
再会だったり新しい出会いだったり。
中でも旧友と久しぶりに飲んだときには、考える、というか、考えさせられるところがありました。
自分の生活、それが具体的なでも部分も精神的な部分でも、外部から別の認識を授かるのというのは、ありがたいし新鮮ですね。「自分探し」という言葉は、僕にとっては自己省察を意味しました。自分は自分の中にしかいないじゃないか、と考えていましたし、今でもそう思います。
でも、他の人は僕に語りかけてくるし、僕はその影響なしでなかなか生きていけない・・・。
他の人の中にも「自分」=僕はいるんですよねぇ。当たり前のことですけど。
それで、その他人の中にいる「自分」というものを最大限豪気に、誇らしくして高らかに現前してくれるのが友人なのではないかと。僕の場合は思ったりしました。
友よ、わかっているんだ。生活とは人生だ。僕が今の生活は、確かに怠惰と甘えの産物だ。しかし、その生活の中に、僕の主体性、実存があるというのも事実なんだよ。君の前では全てのことが言い訳と愚痴とたわ言だ。本当はわかっているよ。何がもんだいなのか。でも君を前にすると、「自分がどうしたいのか」ってことが、自分で思うよりもひどく明瞭に見える気がする。確信に近く感じるよ。
・・・・・・勢いとともに書き下しましたが、おセンチってものは爆発すると手に負えないですねー。
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