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ピザパイを食べて、お腹も一杯になったので腹ごなしと今日の運動のため、散歩をすることにした。
といっても、これからまた電車に乗ってどこか遠くまで行くのも満腹には億劫なので、歩いて行けるところを考えた。
そうして思いついたのが護国寺。
今年の花見で江戸川橋とハシゴをしようかと思ったが、上手い一筆書きコースが作れずに次回に回したのが失敗で桜を見られなかったのの敵討ちみたいな気持ちで、雑司ヶ谷の墓地を通って歩けば30分程度で到着すると見込んで出発した。
あずま通りをそのまま雑司ヶ谷墓地に向かえば都電の線路が待っている。
そこを渡っていよいよ墓地へ。
中を通れば多少は近道になるのではないかと思って提案したものの、迷子リスクがあるとのことで却下され、結局は墓地伝いに歩き、不忍通りの突き当りから池袋方面に分岐した道を渡れば、もう護国寺本堂の裏手に広がるお墓エリアである。
な〜んだ、たった20分ほどだった。
以前この門前町に住んでいたので、その時分は折に触れてやってきた境内に裏手から入っていくのは新鮮である。
正面から見るのと随分雰囲気が違い、なんだか護国寺の関係者になったような気分である。
まずは本堂にお参りをし、家内安全だとか商売繁盛だとかを御賽銭とともにお祈りしたのだが、果たして仏教の寺院にお祈りすることなのだろうか。
本来仏教というものは、こんな大変な世の中に生まれて死んでいくのにそれで仕舞にならず、六道を輪廻転生してしまうサイクルから自力にせよ他力にせよ抜け出そうという考えではなかったのか。
それを、人間として生きていく間の幸福を下さいなどというお願いをしてしまうというのは、それでいいのか諸君!
といった、ことを考えつつ山門を下る。
すると、なんだか耳慣れないホーンの響き。
アルプスの谷間にこだまするアルペンホルンのような、低い音色である。
アルプスのオーストリアならぬオーストラリアのアボリジニもこんな音のするホーンを吹いていたことも思い出した。
ふと音のする方、こちらの寺務所をみればチベット仏教のイベントをやっているとの貼り紙があった。
そこで、その音のする方に行けば、なにやらこのホーンに合わせて舞楽風の舞を舞っていた。
終わってからの解説によれば、馬頭観音の舞だそうである。
観音様はいわば母親であり、その厳しさとやさしさを表した舞いとのこと。
随分ありがたいものに出くわしたものだ。
思えばチベットの仏教も日本の仏教も大乗仏教系であり密教的な要素もあるわけだが、ここ護国寺は真言宗のお寺なので、チベット仏教との親和性は高いのでしょう。
ここ数十年、チベットの仏教もダライ・ラマの例を出すまでもなく大変な試練の時を過ごしていると聞く。
ぜひ、ご自身の文化や誇りを胸に頑張っていただきたいと思った。
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興味いろいろ
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お寺ってほんと気持ちが落ち着きます。
これは1歩1歩そちら方面に近づいているということからなんでしょうか(笑)
これは素敵な場面に出会えましたね。こんな機会がないとお目にかかれることもないですもんね。
チベット、いろいろな困難が降りかかっていますが、がんばってほしいですね。いや、がんばっていますね。
2018/4/25(水) 午前 7:20
> kor*tah*さん
偶然にもいいものを拝見できました。
なかなか行けるところでもありませんし、触れるチャンスも少ないですからね。
2018/4/26(木) 午前 8:46