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池袋の駅前のあたりを歩いていたら、もうこんなお知らせが目に止まった。
もう今年の酉の市のお知らせだ。
一の酉が11月1日、二の酉は11月13日、そして三の酉は11月25日だという。
あっというまに年の暮れがやってきて、それから冬至だとかクリスマスだと云っているうちに紅白歌合戦・ゆく年くる年ということになりそうだ。
う〜ん、いろいろあったようなそうでもなかったような一年。
さすがに10月28日では振り返るにの早すぎるか。
光陰矢の如しである。
そういえば、ご近所ではこんなイベントもあるようだ。
三業地にしては、ちょっとお色気が足りないような。
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興味いろいろ
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鉄飯碗の「偏った」興味についてチョットご紹介いたします。興味は真理探究への入り口です。
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Jマル結婚式の旅から帰ったゴールデンウィーク明けにカミサンがどこからか情報を得た、香港のトラムばかりを写した写真展に行ったのだった。
松田浩一さんという写真家さんが一年間だかかけて撮った香港トラムの写真展であったのだが、より詳しく云えば、トラムを利用した広告を撮ったものが中心であったような印象であった。
香港トラムの写真展といえば、どうしても「鉄っちゃん系」になりがちで、そのトラムの番号から古典的な車体だとか最新型だとかが中心テーマで、それが走っているところの景色と一緒に写っていて(日本人が感じる)香港らしさを切り取っているというのがパターンだが、こうして車体広告ばかりを集めているのは珍しいのではないだろうか。
考現学の今和次郎先生なら大喜びしそうな企画で、アタシだって大歓迎である。
こうしてある瞬間やある時期にあるものをすべて集めつくすというのは、その「今」なり「時代」を大変に色濃く反映していて、後の世に資料となるといった学術の世界だけでなく個人的な想い出の手がかりになったりもする。
なので、この写真がいつ撮られたのかは知らないが、きっと本気をだせば写ったものから撮影時期もわかるだろうし、その時期に香港にいらした方には想い出の入り口になるかも知れない。
その上、この写真展が素敵だったのは展示してある写真も撮り放題なのである。
もちろんフラッシュ撮影は不可であるが、こうして写真撮影OKというのは、写真家さんの度量の広さを示すとともに、こうした藝術の公共性に対して大変に高い見識をお持ちだと感じた。
それにしてもどうして日本の博物館や展示館は写真撮影を禁止するのだろうか。
シャッターの音がうるさく「ゆっくり鑑賞なさる方」に迷惑だとか、フラッシュの強い光で「作品が劣化する」というのが主な理由で、撮影に使う三脚が思わぬ事故につながるといった心配もあるせいだろう。
しかし、せっかく公開するならば一人でも多くの人に見てもらいたいはずなので、版権やら著作権の問題さえクリアすれば(又は「古典」となってもうそんな諸権利がないものなら)、模写だとか撮影などは積極的にさせても構わないように思う。
それが文明の高さを示し、また共有を図ると云ったものではないだろうか。
そんなことができないなら、展示会や博覧会は所有者による単なる「見せびらかし」に過ぎないようにも思う。
と、思うことは思うとして、その中のお写真の一部をご紹介する。
自分でも(偶然)見たような撮ったような車体もあったりして、こころが躍った。
今回はギャラリーがやや狭めであったためゆっくりできなかったが、またご近所で展覧会があれば、もう一度ゆっくり拝見してみたい。
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ピザパイを食べて、お腹も一杯になったので腹ごなしと今日の運動のため、散歩をすることにした。
といっても、これからまた電車に乗ってどこか遠くまで行くのも満腹には億劫なので、歩いて行けるところを考えた。
そうして思いついたのが護国寺。
今年の花見で江戸川橋とハシゴをしようかと思ったが、上手い一筆書きコースが作れずに次回に回したのが失敗で桜を見られなかったのの敵討ちみたいな気持ちで、雑司ヶ谷の墓地を通って歩けば30分程度で到着すると見込んで出発した。
あずま通りをそのまま雑司ヶ谷墓地に向かえば都電の線路が待っている。
そこを渡っていよいよ墓地へ。
中を通れば多少は近道になるのではないかと思って提案したものの、迷子リスクがあるとのことで却下され、結局は墓地伝いに歩き、不忍通りの突き当りから池袋方面に分岐した道を渡れば、もう護国寺本堂の裏手に広がるお墓エリアである。
な〜んだ、たった20分ほどだった。
以前この門前町に住んでいたので、その時分は折に触れてやってきた境内に裏手から入っていくのは新鮮である。
正面から見るのと随分雰囲気が違い、なんだか護国寺の関係者になったような気分である。
まずは本堂にお参りをし、家内安全だとか商売繁盛だとかを御賽銭とともにお祈りしたのだが、果たして仏教の寺院にお祈りすることなのだろうか。
本来仏教というものは、こんな大変な世の中に生まれて死んでいくのにそれで仕舞にならず、六道を輪廻転生してしまうサイクルから自力にせよ他力にせよ抜け出そうという考えではなかったのか。
それを、人間として生きていく間の幸福を下さいなどというお願いをしてしまうというのは、それでいいのか諸君!
といった、ことを考えつつ山門を下る。
すると、なんだか耳慣れないホーンの響き。
アルプスの谷間にこだまするアルペンホルンのような、低い音色である。
アルプスのオーストリアならぬオーストラリアのアボリジニもこんな音のするホーンを吹いていたことも思い出した。
ふと音のする方、こちらの寺務所をみればチベット仏教のイベントをやっているとの貼り紙があった。
そこで、その音のする方に行けば、なにやらこのホーンに合わせて舞楽風の舞を舞っていた。
終わってからの解説によれば、馬頭観音の舞だそうである。
観音様はいわば母親であり、その厳しさとやさしさを表した舞いとのこと。
随分ありがたいものに出くわしたものだ。
思えばチベットの仏教も日本の仏教も大乗仏教系であり密教的な要素もあるわけだが、ここ護国寺は真言宗のお寺なので、チベット仏教との親和性は高いのでしょう。
ここ数十年、チベットの仏教もダライ・ラマの例を出すまでもなく大変な試練の時を過ごしていると聞く。
ぜひ、ご自身の文化や誇りを胸に頑張っていただきたいと思った。
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高校生の時分から時々マイブームが起きて読み返す、南方熊楠。
昨年からその展覧会があると聞いて、楽しみにしながら愚図愚図としていましたが、やっと見物に行くことができました。
その分、期待も大きく膨らんで、こりゃ見物に時間がかかるぞと、たっぷり時間を用意して、いざ国立科学博物館へ。
ここで気が付けばよかったのだが、なんで科学博物館で南方熊楠展なんだろうと。
行ってみれば、特別展ではなくて、一般展示の中での南方熊楠コーナーでありました。
ですので、こんな小学生の社会科見物に紛れて、アラカン(アラウンド還暦)のオッサンが650円だかの切符を自動販売機で買って、入場。
大多数のご見物である小学生にも分かるように、「てんぎゃん」というマンガを下敷きにした展示でも良いような気もしたのですが、とっても本格的というか、さすが「国立」だけのことがある深い内容。
ただ、残念だったのが「科学博物館」だけに、展示内容のおおよそ7割がたが粘菌系のもので、アタシのような文系からのアプローチである宗教や文化人類学的な系統へのアプローチは少ない。
神社合祀令反対のことが少々触れられていましたが、その運動中に投獄された際にも、粘菌の採集をしたエピソードの方へ行ってしまい、もうちょっと踏み込んだ解説が欲しかったような。
「100年早かった智の人」の全体像は、あまりにも大きすぎて、「科学博物館」だけでは、ちょっと展示しきれなかったのかな。
今度は「民族学博物館」だとか、「天文台」だとか、いくつかの博物館が連携して分野ごとに分担した展示会でもやってくれないかな〜なんて妄想しながら、小一時間で撤収と相成りました。
南方熊楠のあの右へ行ったり左に逸れたりする文体のような、そんな楽しい展示会があるといいのにな。
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月日の経つのは早いもので、年を取ればその分加速度がついているのではないかと、ますますその思いが強くなる。
ついこの間、金魚正月と題して正月らしい記事を仕立てて新春を寿いだと思ったら、あっという間に地震警報が鳴ったり、成人の日に衣装が着られなかったりし、そのあとは相撲があってドタバタしたと思ったら、もう2月。
節分で豆を食べたと思えば立春だ。
そうそう大雪騒動も二度ほどあって、あまりに短期にいろいろあったので、もうどの順番で起こったのかがコンガラガッてしまう。
戦後の総理大臣をその就任順に云えといわれているような気分で、とっても困る。
が、アタシにとっての大イベントは皆既月食。
何十年に一度というのも尊いのだが、それより高校生時分からのナゾが解けた(ような気分になった)のがうれしかった。
ブラッドムーンというのは、地球の影によってお月さんが赤く「血色」に見えるととで、スーパームーンというのは地球に一近づいて大きく見える日というのは知っていたのだが、問題はブルームーンである。
アタシ年代、還暦前後のアラカン世代の方で、若かりし頃に東京だか関東にお住まいであったかたは、まずはチェーンのキャバレー店を思い浮かべるのではないだろうか。
なにしろあの頃までは、キャバレーという形式が大流行で、クラブという高級クラスに行くことのできない紳士はみんなここで楽しんだとのこと。
「とのこと」と云って、腰が引けているのは、どうもアタシは縁がなく、ついぞ行かず仕舞い。
先日も銀座の「白いバラ」という歴史的な名店が閉店になったとのことで、残るは赤羽あたりまで行かないとお目にかかれない状況のようだ。
また、せっかく赤羽まで行ったとしても、それでブル-ムーンがあるかどうかは定かではない。
と話がズレてしまいましたが、問題はブルームーンという言葉の意味の話。
今回わかったのは、一か月の間に2度満月がみられるという珍しい現象がブルームーンだそうである。
確か、お月さんは28日だかのペースで満月になるのであるから、それは1か月間で2度も拝めるとは、確かに珍しい。
そのようにめったにないことの例えがブルームーンだということで、「次回はブルームーンの下で会いましょう」なんていう云い方は、フラれるときの決まり文句であるそうな。
「もう会わないわ」なんてことを、めったにないブルームーンを使って表現しているようで、なかなか奥ゆかしい。
が、その「ブルームーンの下で会いましょう」を高校時代に先輩の大学生から解説されたのだが、果たして彼は本当の意味のブルームーンを知っていたのか。
まあ、彼はKOダイガクの方だったので、キャバレーの方は知っていたに違いないのだが。
と、話はここからが本番。
節分には豆撒きとともに、柊にイワシの頭を刺して飾る風習があるのだが、それは衛生上ちょっと危険かと思い行わなかった代わりに、翌日の立春にイワシならぬ青身の魚を食べようと思い立ち、一番簡単なコレにした。
久しぶりに缶詰売り場に行ったところ見慣れぬ缶が目に留まった。
なかなかオシャレなサバの味噌煮缶詰である。
運よく特売である。
そうか、なにか新発売・最新型のサバの味噌煮かと思ってその進化を見極めたくて、早速買って帰った。
この食品は食べるまでに準備が大変なのは、コップやビールや焼酎などを食卓のまわりに用意することであるが、新商品(クサイ)ので、ワクワク・テキパキとセットする。
そうしていよいよ缶を開けようととして驚いた。
日ごろ見慣れたあのプルリングがないのである。
それに、モダンなブルーに着色してある。
なんだか、ある方向へ引っ張って開けろという指示がクッキリ示されている。
おいおい、こりゃ一体どうなっているのだ!と本当にビックリした。
子供のころは缶詰といえば缶切りで手を切らぬように開けるのが、いかにも大人のやることで、それだけに貴重品感もいや増し、それが自分でできるようになった時には、自分も大人になったようなちょっとした誇りを感じたものだ。
それがしばらくして、あのプルトップ型になった時には、それまでの「缶切り修行」が無駄になったようで、ちょっとガッカリしたものだが、今度はその時よりショックが大きい。
のは、プルトップよりぐっと小さな力で開いてしまうからだ。
缶切り修行、そして指の力といった、多少は大人の食べ物感が醸し出される開缶セレモニーはもうないのである。
レトルト食品の袋を開けるより簡単に空いてしまう。
ひょっとしたら、駄菓子の小袋を開ける方が難しいかもしれないというような、やたらに簡単、スーッと開いてしまう。
そうして、開くとこうなる。
なんだか、サバが小さくなったように感じた。
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