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2011年3月11日の東北地方太平洋沖に際しまして、この度今までUPいたしました防災関係記事をまとめ、書庫「備えよ常に!」を設置いたしましたが、その書庫名を与えて下さったのがこの方々。
ボーイスカウトの方々であります。
約100年程前から始められたボーイスカウト運動は、イギリス軍の退役大佐の書いた偵察要諦本に刺激された少年達の自発的な活動から始まったと云われているとのことですが、今や世界に輪を広げてここ日本の埼玉県は川口市でも、活発に展開されています。
先輩が後輩を指導し、屋外活動を中心にさまざまな技能を身に着けることや、社会貢献活動をとおして若人の社会性を向上させるための運動となっているのは、みなさまご存知のとおり。
こうした後姿を拝見すると、本当に頼もしさを感じるとともに信頼できるその機構と活動に安心感すら覚えます。
ですので、この度の大震災に対する義損金の募金活動でも、安心して寄付することができました。
この凛々しき少年達の活動は、他の野球少年の募金はおろか、取ってつけたような政党の募金活動とは信頼感の違いからか、非常な集客力をもって展開されていました。
イヤー本当に頼もしいですね。
で、「そなえよつねに」ですが、実は彼らの合言葉がこのフレーズです。
自然災害だけでなく、人生すべからくにこうあらねばならないのですが、アタシにはなかなかどうして・・・。
寺田虎彦だったでしょうか
「天災は忘れたころにやってくる」って、 やっぱり忘れておりましたら、やってくるのですね。
忘れないように、備えよ常に!と引き締まっていませんと、電力会社や原発主義者のようになってしまいます。
これからも数年間は余震が続くとも云われています。
昨日今日は都内での有感地震もめっきり無くなってきましたが、これからも引き締まって参りましょう。
(マイタン) |
そなえよつねに
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来るべき大規模地震や災害に対し、備えよ常に!
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前の記事「東京に駅弁つつ戻りました 」の続きです。
出張先の名古屋でこの地震に遭遇し、現地に1泊をした鉄飯碗は、12日の15時過ぎに自宅に戻り、家族と無事を喜び合ったのですが、もう夕方。
その日の夕食の用意のため、トナスー(隣のスーパーマーケット)にでかけたのですが、
そこでビックリ!
なにもない!
パン売り場
レトルトカレーの棚
牛乳売り場
カップめん・袋めんの棚
野菜ジュースの売り場
以上の写真は3月13日に撮影したものですが、この12日の夕方も状況は同様でしたので、使用しました。
この地震・津波で食料品を中心に、懐中電灯・乾電池も完売。
トナスーにとっては特需でしょうが、みな恐怖心にかられて買占めが行われているのですね。
トナスーは、イイように云って
たしかに流通の停滞があるのでしょうが、また小さなお子さまをお持ちの方や、お年寄りの方は不安でしょうが、ならば、地震国に住んでいる以上、日常的にもう少し考えた生活をしておくべきではなかったのでしょうか。
この度の名古屋での体験では、いつも「そんなに重い物を持ち歩いて・・・」とバカにされていた、携帯電話の電池充電機と、小型の電池式ラジオが大変役に立ちました。
停電にでもなっていれば、電池式ですからもっと役だっていたでしょう(そうでもない方がイイに決まってますが)。
小型の懐中電灯も持ち歩いております。
15年ほど前の神戸の大地震の教訓です。
それ以来、どれだけ世界中で大地震が発生したのでしょうjか。そんなニュースのたびに少しずつでも備蓄しておけば、このようなアサマシイ事態に至らないで済んだのではと思います。
阪神淡路大地震の結果分析によりますと(ですので今回の津波による被害の参考にはなりませんが)、全死者の80%が家屋の倒壊によるものだそうです。
お家や職場の耐震検査・補強工事はお済みでしょうか?
生きていれば、不便なのが水とトイレだそうですので、
たとえば、ペットボトルの備蓄はいかがでしょう。
簡易トイレは準備していますか?
また、備蓄食糧を食べるのに必要なものはなんでしょう?
「オール電化なので、カセットコンロはありません」 では不便ですよね。
お皿に敷いて使うと、お皿が汚れず、節水ができて便利だとされる、ラップフィルムはどうでしょう。
なんて、考えた事がある人、家族と話し合ったことのある人は手をあげてみてくださいね。
家族と、仲間と、口先だけでもシミュレーションをしてみて下さいね。
できればそれをメモに書いてみてくださいね。
てなことで、長い一泊二日のレポートを終了します。
本当に震源地域や激震地域で被災したわけではなく、東京よりうんと揺れも小さかった名古屋での体験でしたが、随分教訓を得ることができました。
なんですか聞くところによると、政府もここ3日だか5日だかの間に、M7級の余震が70%の確率で発生するとか云っているようですね。
それはアタシのシロート勉強でもそう思います。
なにしろ本震がM9だったとか(ただし、連動した3っつの地震のエネルギー合計でね)。
でしたら、その位の大きさの余震は当たり前です。
ですが、今回の地震地域でM7が発生したとすれば、発震の深さがおおよそ10kmと浅いのですが、東京であれば震度5〜6程度ではないかと思います。
つまり今回の東京の震度と同程度かそれ以下が予想されます。(悪い方に外れたらゴメンナサイ)
ので、今回不便であったことを再度点検して、また、それが夜中の発生だったらと想像して、
それに備えるのが現実的な対応ではないのでしょうか?
パニック的な買占めや、わかったようなニセ情報に振り回されることなく、大人の対応をいたしましょう!
また、高層マンションにお住まいの方や、地盤の弱い地域にお住まいの方の体験談を伺えると助かります。
みなさんの体験談を交換して、防災・減災の役に立てたいものです。
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前の記事「11時38分からの長い半日」の続きであります。
13時30分に名古屋市役所で相棒と分かれ、向かった先は名古屋は栄(さかえ)のパルコのあたり。
パルコの前の大津通りから西に向かう露地で、業者さんと待ち合わせであります。
この路上で3人で14時に待ち合わせなのに、3人目が来ない!
待つ事暫しでも来ない。
仕方がないので、2人で出来る打ち合わせはやってしまおうと、話していた矢先。
14時50分の手前頃のことでした。
鉄:アレレ、地震ぢゃないかい?
業:また〜。昨夜飲みすぎぢゃないの? 今朝も早かったんでしょう・・・
鉄:そうかなア。イヨイヨ血圧かなんかに来たかな〜。トホホの年だよな・・・。
ト:一瞬二人の会話が途切れ―
業:ヤ、ヤッパリ揺れてますよ!(悲鳴に近い)
鉄:そーだろー。血圧ぢゃないよ。いくら今朝が早くたって、新幹線で眠ったし・・・。
業:本気で揺れてますよ!
鉄:こりゃ危ないな。そこの駐車場の中に入ろう!上からなにが落ちてくるか分からないし。
業:ハイハイ。アー、で電柱が揺れてますよ(半泣き)
鉄:もっと駐車場の奥(写真右手奥)に行こうぜ。 それとさ、ちょっと上を見ててね。オレはラジオを出すから。
ト:ラジオを準備していると―
業:震源地はどこですかね?
鉄:この前の高山あたりの地震があったろ。あれの流れかもしれないね。
業:あの地震では名古屋は揺れなかったスよ。
鉄:そうかね。でも、こうして大きくゆっくり揺れるのは、遠くで大きな地震があったときなんだよね。
業:ラジオまだですか?
鉄:ちょっと待てよ!オイオイ、宮城県あたりで大地震が発生したようだぞ!
業:エッ!ぢゃあアイフォーンで確認してみます。
鉄:持っているんだったら、早くだせよ!バカヤロウ!
業:スンマセン、スンマセン・・・。
ということで、路上での東北・関東地方を襲った巨大地震に名古屋の地で遭遇したのでした。
震源に近い地域や、東京での大揺れ・大津波に比べれば、まったく軽度の恐怖感で済んだのでしょうが、路上での遭遇は正直怖かったです。
近くの電柱・ビルは大きく揺れて、出入り口からは次々に人々は飛び出してきます。
歩いている人は立ち止り、車の運転中でも地震の揺れを感じハンドルを取られたとのこと。
真っ先に思ったのは、これだけの大地震なら新幹線は止まって、東京に帰れなくなるなということ。
名古屋市役所で分かれた相棒も合流し、3時30分から打ち合わせを始めましたが、この地震のことで全く打ち合わせにならず。
もっぱら新幹線が動いているのか、都内の電車はどうなっているのかの情報収集ばかり。
アイフォーンが大活躍で、ネットの情報を集めましたが、結局は全貌を理解するに至らず。(今から思えば当然ですよね。)
震源地・震度・マグニチュードは分かるのですが、さて電車は、東京は・・・といったアタシ個人が今欲しい情報は集まりませんでした。
そこで、名古屋での基地にしていたあの店に行って・・・と思い立ち、(頼れるのはこんなお店。いままでの研鑚が活きますね〜)
携帯電話の充電をしつつ、脳味噌がパニックに陥ることのないようにクールダウンとテレビによる情報収集を
しようと考えて、歩みを速めて行きましたよ。
なにしろ午前11時頃からお昼休みなしで、営業しているお店ですからね〜。
ここなら大丈夫とばかりにね。
と、ところが・・・
エエーッ!
こんな大事なときに・・・・。(絶句)
本当にパニックに陥りました。
異郷で頼るすべもなく、これからどうなるのだろうかと・・・・。
しかたがないので座右の銘「三遍まわってタバコにしよう」とまず、一服。
(嫌煙派のみなさまスイマセン。ちゃんと灰皿のあるところで喫煙しました)
いよいよ決断の時!
収集した情報(もちろん携帯電話は不通になっている)をもとに、どうしようかと・・・。
環境は・・・
①新幹線はどうにか動いているようだ。
②都内の電車は一部で運休になっているらしい
③どうも東京の企業の一部は早じまいをして、帰宅が始まっているらしい
これが、名古屋時間16時頃までに集められた情報の全部です。
だんだんと震源地・衷心的被災地あたりの情報は入ってきて、津波のこともわかり始めましたが、アタシにとって最も知りたい交通情報がなんだか物足りない。
「ばか盛」の閉店と相まって、一層不安が増大してきました。
そして、結論は・・・
①東京での騒動に巻き込まれないよう、名古屋泊でテレビを中心にゆっくり情報収集をする。
②携帯電話の充電をする。
③明日はなるべくゆっくり起きて、東京の電車の開通を待つとともに、きっと帰宅難民で混雑する電車を避ける。
といたしました。
いつか泊ったことのあるホテルに行くと、最後の一部屋。
間に合いました。
17時30分でした。
で、ホッとしたらお腹がグーと鳴り、のどがカラカラになっていることに気がついて・・・。
とはいえ、たぶんパニックだったのでしょう。
このあたり翌朝まで写真を一枚も撮っていませんでした。
「あんまり楽しかったので、写真を撮れなかったのぢゃないの」と帰宅後カミサンに疑われておりますが、
ホントに、写真の事はわすれておりました。
さて、12日はどのような展開になるのでしょうか?
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神戸といえばコノ人。に会った。
右側のオネーサン達ではないですよ。
左の青いジャンパー(古っ!)のオッサン。 マッチャンです。
場所は神戸市役所の前。
「久しぶりやノー ドナイしてた?」
ということで、今日はマジメに行こうヤ・・・。
といえば、この市役所の南側の公園。東遊園地です。
この図でみてもなかなかピンと来ないかもしれませんが・・・
こんな広場のある公園です。
神戸の街の真ん中の公園。 毎年多くの人が想い出とともに訪れます。
可愛いお家があったり
するのですが、解説を読むと
いかに大きな地震であったかが具体的に印象づけられます。
またこんなモニュメントを見ると 半地下となっている慰霊プレートの塚には、亡くなった方々のお名前とともに、この災害の規模を示す、データが刻まれています。
アタシもこの前年の11月まで、大阪は豊中に住んでおりました。
「コッチは東京みたいに地震がないから、ええやろ」なんてお国自慢の一つにしていたぐらいだったのに。
一瞬にして、この自信も揺らぎ、大惨事となってしまいました。
あの阪神高速の倒壊現場の写真を見たときは、声も出ないくらいでありました。
その時を生き延びたマッチャンと、神戸の震災追悼公園を歩いたのでした。
でも、こんなモニュメントもあり、なんだかほっとしたのでした。
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またしても「地震ネタ」であります。
8月12日に発生しましたこの地震。まずは気象庁発表からお読みください。
【各地の震度に関する情報】震度1以上を観測した地点と地震の発生場所(震源)やその規模(マグニチュード)の情報
地図をクリックすると拡大できます。
http://www.jma.go.jp/jp/quake/images/japan/20100812043138391-120426.png
で、きっとほとんどの方はこの地震で揺れた記憶はありませんよ。
規模も小さかったし、なにしろ一番グッスリの時間帯だたしね。
でもちょいと不思議なのは「震源地 東京23区」なのに震度が観測されたのが茨城・栃木・群馬・埼玉とかなり離れたところばかり。
きっと地下130㎞だったので、「揺れ」が地表に上がってくるには、周辺方向に向かったのでしょうね。
といいながらやっぱり気になるのは震源地。
「北緯と東経」をてがかりに探したのがこのサイト。
震源地検索というサイトがあるのですね。 本当にネットの便利さを痛感いたしております。
でこのサイトで検索したのが、なんとココ!
じつは総武線の大久保駅と山手線の新大久保駅の中間地点だったのですね。
(あらためて地図で確認してね)
日本列島は地震列島でどこが震源地になってもおかしくないといわれておりますが、それでも「地震の巣」といわれる震源地集中区での発生が大多数。
いたずらに「大地震が来るぞ!」を煽りたくないのですが、こんな機会に電灯・ラジオの乾電池のチェックなんてしてみてくださいね〜。
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