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今回のツアーではハノイの旧市街ちの宿が大部分であったせいか、同行の方に気を使いすぎたかして、バインミーの研究にさける時間が少なかった。
なので、ちょっと不本意ながらせっかくハノイまで行ったのに、今回のノイバイ空港で食べたのを最後にバインミーを食べる機会がなかった。
それとこの時期、アフリカ豚コレラの影響で豚肉禁止令が発令されており、各種のバインミーがなくて今回のハイランドコーヒー(ノイバイ空港店)では、この蒸し鶏のバインミーしか売っていなかった。
店はなかなかオシャレなんですが、ただ今午前6時すぎ。
店員さんも一人きりで、なかなか時間がかかる。
一人ではなかなか大変だったのだろう、出てきた鶏肉のバインミーはなんとも冴えないものであった。
パンもサクサク・パリパリ感がなくて、これでは東京で食べるモドキのような印象。
時間があれば下の階のスターカフェの方が良かったのに、諸般の事情が許さないのである。
ウーム、誠に残念な結果であったが、その分、次回から始まる「ビアホイ万歳」にご期待いただきたい。
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バインミーの研究
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バインミーカフェの開店を目指して日夜研究に明け暮れる
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昨年の11月以来、4ヵ月ぶりでベトナムのバクザンを訪れた。
丁度東京と同じような気候で、かなり南の地なのでもっと暖かいかと思っていたアタシはちょっと寒さにふるえた。
しかし、朝と云えばバインミーである。
いつものバクザン朝食会のメンバーが一人はハノイに転勤になり、もう一人はすれ違いで東京に行っているとのことで、単身トボトボと歩いていつものバインミーカートに向かった。
泊っている街一番のホテル
を背に、公園というか広場を横切ってメインストリートを左に。
ここでちょっと驚いたのが、各道に名前が付けられたというか、名前を記する看板が立ったこと。
これで多少は自分の居場所がはっきりするような。
大阪・京都式で東西南北の通りの交差する点を云えるようなことになったので、かなり便利になった気がした。
これはその後ハノイに行っても角々に看板が出ていたので、国を挙げての政策なのかもしれない。
自分たちだけでなく、外国人へも親切なこんな政策は大歓迎ですね。
東京だってこれに見習ってこんな政策を行って欲しい。
東京だと交差点の名前を信号毎に付けたっていいだろうし、幹線道路だけでなく小径にだって名前を付けたり、もっと看板の数だって増やしてもいいと思います。
なにせ、東京オリンピックだからね。
ということはともかく、バインンミー。
いつものバインミー店にいくと、あれれ!なくなっているではありませんか。
あんなに流行っていたお店なのに、どうしたのでしょう。
いよいよ定休日無しのママさんが倒れでもしたのかと思ってキョロキョロしていると、丁度一本先の角で発見。
移転したのですね。
その場所はコチラ。
どうぞ、この看板を目印に行ってみて下さいね。
と、お店に近づけばメニューもリニューアル。
詳しく見ますと
基本メニュー
のほかに、スペシャルバインミー
そして
ハンバーガーまで!
ホント、ビックリいたしました。
が、ママさんは相変わらずお元気そのもの。
安心しつつ、いつもの細いバインミーを買って帰ってホテルの食堂に持ち込んで、
フォー(ブンかな)とベトナムコーヒーと一緒に楽しみました。
が、ちょっと朝から食べすぎてしまいました。
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お正月もいよいよ最終コーナー。
この12日から14日の三連休でいよいよおしまいである。
連休は2月にまたあるのかなどと不謹慎なことを思う頃にはすでにお正月は遥か彼方の日々となっている。
そんなお正月最終日(?)だろうか、フックくんが年賀挨拶に来てくれた。
マジメな好青年である。
二年前に結婚したものの、奥さんのキャンちゃんは現在サイゴン暮らしでこの年末年始連休を利用して逢ってきたら、実家生活のせいで料理・洗濯・掃除とすべてお母様がやってくれているかして、すっかり丸々としてしまっていたとのこと。ニコニコしながら話してくれた。
単身赴任のフックくんであるが、日本へ留学を始めた4年だか前から料理に目覚め、キャンをその料理で射止めたと云われるくらいに腕前を上げたのは、持ち前の研究熱心な性格のせいではないかと睨んでいる。
昨夜も話がバインミーに及び、日本のバインンミーのパンがフランスパンであることの残念さで意気投合するや、ベトナムのライト(彼は「貧乏な」といっていたが)バインミーのパンについて、その作り方のレシピをベトナムのサイトで調べて、翻訳してくれた。
このような真面目さや研究心が結果的に彼の料理の腕前向上につながったのに敬意を表してそのレシピをご紹介することで、お正月記事に一区切りをつけたい。
****本格派バインミーのパンレシピ(ライトバインミーのレシピ)*****
<準備するもの>
小麦粉(蛋白分11.5〜12.5%のもの)→これを強力粉というのか中力粉というのか薄力粉というのか不明
水 100gの粉に対して60〜70g
塩 100gの粉に対して1g
砂糖 100gの粉に対して4g
ドライイースト 100gの粉に対して2.5g
<手順>
①常温の水にに塩・砂糖・ドライイーストを溶かす
②その溶かし込んだ水を小麦粉に加えて馴染ませる
③小麦と水が馴染んだら、いよいよ2回に分けて捏ねる(15分位捏ね、10分休み、また15分位捏ねる)
指の間で紙のように薄く延ばせるようになればOKである
④そして本格的に30℃〜35℃で湿度の高めなところに布巾だかラップで覆って休ませる
すると2倍位の大きさに膨れる予定である
このあたり、東京の夏にクーラーも運転しないで行えば、凡そ上手くいくのではないかと楽天的に思う。
⑤2倍位に膨れたところで一本分60gを目安に切り分けて、コッペパンをイメージしながら形成する
包丁かなにかで切ればよいでしょう
⑥恰好がつけばまた30分位休ませる
⑦休みが終わればナイフ・カッター・カミソリなので上面に何本かの切れ目をいれておく
しかし、よく休む作業である。働き方改革とは関係ないと思うが、これまでで結構な時間がかかるものである。
パン屋さんは売っている姿のイメージとは大違いで早朝から深夜まで働く重労働だと聞いたが、これでは寝る暇など無くなってしまうことがよくわかった。
⑧いよいよ焼くところまできたがまずはスプレーでパンに多めの霧を吹く
⑨天火で15分位焼くのだが
最初の5分は250℃
次の5分は220℃
最後の5分は200℃
と、コントロールには修練が必要であろう
⑩そうして焼きあがれば火を止めて3分ほど置いておく
ということだ。
このように聞いたり書いたりすれば簡単そうなのだが、実際にはアタシみたいな素人にはとても実験しようとは思わない。
どなたか「趣味パン作り」の方でこのレシピをもとに、ライトなバインミーパンを焼いて下さる方はいらっしゃらないでしょうか。
と、最後は記念写真で大団円となりました。
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前回のベトナムツアーの際に、イトコの紹介で立ち寄ったBANH MI MAU DICHでありますが、その美味しさが忘れられずに、今回のツアーでも立ち寄りました。
といっても、その場所を覚えていて自力で行けたわけではなく、今やハノイの舎弟となりつつあるヴーくんに住所を示して、カーナビの力によって辿り着いたというのが本当のところ。
どうも、ホエン キエム湖の西側の下町というか、地元力の高い地域にあるようだ。
昼食の時分に行けば、若いサラリーマンが「サラメシ」のためにウヨウヨ出て来るので、結構なビジネス街なのかもしれないのですが、丸の内や日本橋というよりも、神田・新橋の雰囲気のエリアです。
まあ、そんなことはどうでもよくて、ここで美味しいバインミーにありつければ、それで満足ということ。
この店は、BANH MI MAU DICH(焼け跡・闇市時代バインミー)というふうにバインミーの袋に書いてあったので、それが店名だと思っていたのですが、どうもこの写真を見まするとTIEM BANH MI(ティエム バインミー)となっていて、それが本当の店名なのでしょうか?
どうにも本当の店名が分からない。
次のツアーの時も立ち寄って、本当の店名を伺うというテーマが出来てしまいました。
なんて、大将はこの日も元気で、男前。
ちょっと可愛い女性と楽しそうにバインミーをつくっていました。
で、今回は歯が悪くなったアタシは玉子のバインミー、長男が生まれたばかりのヴーくんと運転手のマイさんは牛肉のバインミー。
実はこのお店のイートインコーナーは狭いので、運転手さんと3人でハイランドコーヒーに持ち込んでいただきました。
(しかし、あっという間に二人は食べてしまい、写真が撮れたのはアタシの玉子バインミーだけでした。)
この店で初めての玉子バインミーでしたが、玉子のお味が濃くて、とっても美味しいバインミーでありました。
そして野菜も多めで、嬉しかったなあ。
ということで、わずか数分の滞在ではありましたが、なんとこの隣で働いている可愛い女性、実は大将の奥様なんだという情報をゲットいたしました。
ちょっとウラヤマシイなあ。
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今回のバインミー研究の中で一番の収穫であったのが、Banh my muoi ot (バインミー ムォイ オット)と呼ばれるバインミーに出会ったことである。
一般的なサンドウィッチ型のバインミーではなく、バクザンスタイルにプレスしたバインミーをさらに網焼きして、それを細かくチョン切って皿に盛り、その上にバインミーの具となる各種を乗せたら、チリソースとマヨネーズを掛けた、皿盛りバインミーである。
Banh my muoi ot とは、直訳的には「焼き辛バインミー」とか、「辛バインミー焼き」といったものになるようだが、このバインミーはちょっとした出会いもあって発見できた。
前の記事で紹介したように、当日はホテルにバインミーを持ち込んだ朝食であったが、日曜日の休日であったために荷物片づけをしていたらちょっとウトウトしてきて一寝入り。
目が覚めたのにすることもないので街歩きをしようと、いつものビヤホイを頼りに市街地に向かい、そのビアホイを過ぎればいつものもう一軒のバインミー店があるので、そこで一休みして帰ろうという作戦で宿を出た。
そうして10分ほど歩けば順調にバインミー店に到着。
いつものママさんは出かけているようで、御亭主が店番である。
朝食も済んでいるので、ここはインスタントのG7コーヒーでも貰おうとしたが、生憎それも切れておりコーラを注文した。
なんだか随分と蒸し暑い日であったので炭酸物も良いかと思った次第。
ちなみにベトナムでは、メーカーを問わずコーラはすべて「コカ」と呼ぶとのことである。
で、子供などをかまって寛いでいたら
突如、女子高生4人組が現れた。
同時にママさんも戻ってきて、コンチワとかなんとか挨拶をしているうちに彼女達の前に出てきたのが、このバインミー ムォイ オット である。
これでは暗くて分からないので、その後キチンと写真を撮らせてもらったのがこちら。
なんだか油揚げの焼いたものに具をまぶして、チリソースとマヨネーズを掛けたもののみえるが、これもれっきとしたバインミーである。
で、作り方はこの通り。
このバインミーパンをプレッシャーで潰して焼いたものに、油を塗って再度焼き網に挟んでケバブの熱を利用して炙る。
その炙ったものを細切れにして
その上に2から3種の具をまぶす。
そうして、チリソースとマヨネーズをかければ出来上がり。
という簡単なものではあるが、具を挟み込んだサンドウィッチ型よりもよりサクサク感が高まって、こうしたお十時お八つの時にはお腹にもたれないような気持ちになって、かえって好都合なような。
これなら、上にアイスクリームでも乗せて甘いバインミーに仕立てたっていいようにも思ったりした。
しかし、同じバインミーでも一手間かけてこんな食べ方が発明されていたとは、大いに驚いた。
その後、夕方ビアホイに行ってこの話をソン青年やミン青年にしたら、そのビアホイのママさんが、このバインミーを発明したのはビアホイママのご親戚であるとの情報をくれた。
どうも発明以来2年程度のまだ最先端のバインミーようである。
ということは、まだまだバインミーの研究は続きそうな気配である。
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