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米軍基地 と 馬毛島
環境について考える
[ 底質汚染 ]
2012/12/9(日) 午後 3:44
馬毛島
鎌倉時代から種子島氏の領地となっていたが、漁師がトビウオ漁の時期に1〜2カ月ほど小屋に泊り込み、漁業基地としていたほかはほとんど住民はいなかった。
明治以降は牧場としての利用が試みられる。太平洋戦争末期の1944年に海軍の防空監視所が設置されたことに伴って無人島となった。
1951年からは戦後緊急開拓事業による農業開拓団が入植を開始。ピーク時の1959年(昭和34年)には113世帯528人が島に住み、サトウキビ栽培や酪農を営んでいた。
しかし、農業に適さない土地であることに加え、害虫や鹿の農作物被害が増加し生活が困窮したため、島民は徐々に島を離れていった。
1980年(昭和55年)3月に最後の島民が島外に移住し、西之表市立馬毛島小・中学校も最後の卒業生を送り出して閉校、島は無人島となった。
1974年、平和相互銀行により馬毛島開発株式会社が設立される。当初はレジャー施設の建設を計画していたが挫折。
馬毛島が国の石油備蓄基地の候補地になったことから土地買収が進んだ。しかし石油備蓄基地は鹿児島県志布志湾に決定し、以後島は放置される。
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