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瀬戸内海の聖地として、古代より信仰されてきた安芸の宮島。標高535mの弥山(みせん)の頂には、神々が降臨する聖なる場として、崇められた巨大な岩が群がり、麓には平清盛ゆかりの厳島神社が鎮座する。
そしてその奥には、「大聖院」が静かにたたずむ。大聖院は厳島神社の本地仏と伝えられる十一面観音像を祀り、平家物語の主人公達があつく信仰し、参拝したという。 
NHK大河ドラマ「平清盛」で、関係場所はどこもかしこも賑やかであったが、目的とした大聖院は人もマバラで、静かに十一面観音像を拝観できました。
 
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 山陽自動車道廿日市JCTから廿日市ICで降りる。
国道2号線の一般道を走るので、大変混雑している。特に、宮島口の駐車場が混雑しているため、広島から電車で来ると、宮島口駅は連絡船乗場が目の前なのでベストである。
 
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宮島ゆき連絡船乗場
広電系とJRの2社の連絡船があり、間断なく、出ているので、ほとんど待つことはない。
 
 
 
 
 
 
 
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        大きな連絡船です
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次から次に乗り込んで行きます。 「蟻の熊野詣」と云わんばかりの「蟻の宮島詣」である。 
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 宮島フェリーターミナルから海岸づたいに眺めの景色が続く道と、表参道が平行しています。
 
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表参道の両側は土産物屋さんが、づらりと並び賑やかです。
 
 
 
 
 
 
 
 
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丁度12時ごろでしたが、引き潮で、子供連れの家族が潮干狩りをしています。
 
 
 
 
 
 
 
  
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          本殿の平舞台・火焼前(ひたさき)と呼ばれる突き出た箇所から
                大鳥居を見る。
4月3日の「爆弾低気圧」で屋根の一部(最頂部を覆う銅板)が破損し、6月中旬まで工事中のジャングルジムで包まれています。残念。
奈良の大仏とほぼ同じ高さの16mあるそうで、主柱は樹齢500600年のクスノキの自然木で作られており、現在の鳥居は8代目にあたるそうです。
 
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本殿《国宝・平安時代》
弥山の麓に拡がる社殿の様子がよく分かります。
屋根に神社の定番とも言える千木と鰹木を持たず、桧皮葺の屋根に瓦を積んだ化粧棟のスタイルを取り入れた寝殿造りならではの様式が特徴です。
現在の本殿は元亀2(1571)、毛利元就によって改築されたものです。
 
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市杵島姫(いちきしまひめ)・湍津姫(たぎつひめ)・田心姫(たごりひめ)の宗像三女神が祀られています。
 
 
 
 
 
 
 
 
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平舞台《国宝・平安時代》
寝殿造りの庭にあたる部分。
他の社殿の束柱は木造ですが、この平舞台を支えるのは、赤間石の柱
火焼前分と合わせると239本あります。
奥には多宝塔が見えます。
 
 
 
 
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廻廊越しに、千畳閣の隣に建つ五重塔が見えます。
 
五重塔 《重要文化財》
高さは27.6m
応永14(1407)に建立。
本尊・三尊像は明治元年の神仏分離令により、大願寺に遷された。
 
 
 
 
 
 
 
 
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廻廊を進むと
反橋そりばし《重要文化財》
勅使がこの橋を渡って本社内に入ったことから別名・勅使橋とも呼ばれる。
すごい急勾配です。
現在の橋は、弘治3(1557)に毛利元就・隆元父子によって再建された。 
 
 
 
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能舞台《重要文化財・江戸時代》
厳島での演能は、永禄11(1568)の観世太夫の来演がその始まりとされ、慶長10(1605)には福島正則が常設の能舞台を寄進。
現在の舞台は延宝8(1680)のものです。
海上にあるため通常は能舞台の床下に置かれる共鳴用の甕(かめ)がなく、足拍子の響きをよくするため舞台の床が一枚の板のようになっているのが特徴。
 

大聖院

 大聖院は真言宗御室派(総本山仁和寺)の大本山。806年 空海の開基。 皇室との関係も深いお寺。厳島神社の別当寺として祭祀をつかさどっていた。
 
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     仁王門。2004年の台風で倒壊し、再建したそうです。
     仁王像は無事だったそうだが、詳細不明。
 
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さらに階段が続き、御成門があり、ここからの眺めは素晴しい。
平坦な境内にたどり着く。
 
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観音堂
もとは嚴島神社の御本地仏で行基菩薩の作と伝えられる十一面観世音菩薩が安置されている。  
 
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内陣須弥壇上の厨子内に安置されている。
伝行基菩薩作 県指定重文 鎌倉〜南北朝時代頃
像高193.8cm,台座高21.4cm 
本面の清楚な表情や豊潤な肉身には生彩さがあり,均整のとれたプロポーションや頭上仏面の面貌も的確に丁寧に仕上げられている一方,衣文は全体的に形式化している。(カタログ説明文) 
 
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堂内は薄暗く、写真が不鮮明である。
右の写真は寺内で購入したものから掲載させていただいた。
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正面に見えるのが、勅願堂
鳥羽天皇勅願道場で、豊臣秀吉が朝鮮出兵の文禄の役(15921596)の折、海上安全を祈るため軍船宝丸の守護仏とした波切不動明王座像が祀られています。
 
秀吉公は、九州へ行く途中、宮島に立ち寄り大聖院で連歌の会を行っています。
 
 
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勅願堂の直ぐ横に、急いでいると見落としそうな小さな極楽観音堂があります。立ち止まり、観音扉からよく見ると聖観音像が祀られていました。
1mほどの木像ですが、私の目を惹き付けました。誰も気付かず、通り過ぎてゆくようで、勿体無い話です。
何の説明文もなく、帰宅後、調べたのですが、詳細不明でした。もしどなたかご存知であれば教えて下さい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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ご成門を降りた階段横に霊宝館があります。誰も入っている気配が無かったが、扉を開けると、中に入ることができ、何体かの仏像が展示されています。
 
木造不動明王坐像 重文
像高98.7cm 一木造 平安時代中期、10世紀後半の作と推定。
大正9年(1920)、仁和寺真乗院から移されたもので、弥山の大日堂に安置されていた。
 
(写真、説明文ともにカタログから引用)
 
 
 
 
 
 
 
嚴島神社宝物館があります。
中には、奉納された数々の美術工芸品や史料等が所蔵されています。
国宝である平家納経のレプリカが常設されています。
参考までに、カタログからコピーさせていただきました。
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大願寺
開基は不明ですが、明治の神仏分離令までは嚴島神社の普請奉行として寺院の修理・造営を一手に担い、塀に囲まれた境内があったそうであるが、現在は広場に突然の如く山門が建ち、戸惑う。
この寺の秘仏厳島弁財天は、日本三弁財天の一つ(竹生島宝厳寺宮島大願寺天川村天河大弁財天社)
また、本堂奥の書院は、第二次長州戦争の際、勝海舟と長州藩を代表する藩士らが講和会議をした場所として知られます。
 
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         大願寺山門。開基は不明ですが、建仁年間(1201年〜1203)の僧     了海が再興したと伝えられる真言宗の古刹です。 
 
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         千畳閣の本尊だった木造釈迦如来坐像(重文)、その両脇を守っていた阿難尊者像と迦葉尊者像(ともに重文)
 
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三尊像の横に祀られていた
十一面観音像がありました。
金箔が貼られており、金ピカですが、興味深い像です。
像造時期など不明で詳細情報も無い。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
これで、宮島・厳島神社〜大聖院訪問記は終了しますが、冒頭に記したように、 この宮島は弥山頂上付近の巨石群、弘法大師の足跡、世界遺産の原始林など興味深い場所の半分も訪問していないことに気付きました。
全体図を下記に示しました。
 
時間をかけて訪れたく思っています。
 
 
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閉じる コメント(2)

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こんばんは。はじめまして。

私も大聖院に訪れたとき、極楽観音堂の観音様に釘付けになりました。
素朴ながら、立派な像だと思います。
ほとんど情報もなく、注目もされていないようなのが残念です。 削除

2012/10/21(日) 午後 10:19 [ トラ ] 返信する

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訪問有難うございます。
また、情報がありましたら、教えて下さい。

2012/10/22(月) 午後 1:38 [ ノンさん ] 返信する

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