全体表示

[ リスト ]

今日もすばらしい天気です。第2日目です。
朝、少し早い目の目覚めで、朝食前にホテル屋上にある露天風呂に入り、昨晩の疲れを癒す。
目の前に高知城を眺めながらの朝風呂は気持ちよく、少し得をした気分。
 
イメージ 1
 
イメージ 2
 
第2日目は安楽寺→竹林寺→禅師峰寺→高知市内に戻り、臨水(三翠園)昼食→高知城前から日曜市をぶらぶら→はりまや橋バスターミナルから帰路、三宮駅へ。
 
イメージ 4
 
イメージ 3
高知市内にある宿泊ホテルから徒歩10分ほどの場所に安楽寺があります。
朝7:50 の早い出発ですが、気持ちよい散歩。
 
安楽寺 30番札所奥の院
真言宗豊山派。本尊は阿弥陀如来。
明治の廃仏毀釈で廃寺となったが、明治8(1875)に長宗我部氏の菩提寺であった旧瑞応院跡に再興された。
同じく廃寺となった第30番札所・善楽寺のかわりに第30番札所になったが、善楽寺が再興された後は、善楽寺を第30番札所、安楽寺を第30番札所奥の院となった
 
イメージ 5
二層三重屋根の鐘楼門を潜ると、正面左に本堂、左手に大師堂があり、右手に朱塗りの多宝塔があります
イメージ 6
本堂
 
イメージ 8
本堂内で住職のお寺説明を聞いた後、御香を手に塗り、心身を清めた後、順番に本堂奥の裏手に祀られるご本尊を拝観しました。
 
阿弥陀如来坐像 重文 木造漆箔 玉眼
像高68.5cm 鎌倉時代(13世紀)
  (右写真は高知市HP文化財情報から借用)
 
手に結ぶ印相は鎌倉時代では来迎印の採用が優勢で、この像のように説法印を結ぶ阿弥陀如来像は稀に像立されたにすぎず、慶派に見られるそうです。しかしながら、作者については明らかでないようです
 
 
 
イメージ 7
多宝塔
 
この後、バスにて、高知市東南部にある竹林寺へ向かいます。
今回のメインイベントです。何しろ50年振りのご本尊・ご開帳で大混雑が予測され、出来る限り混雑を避けるべく、朝一番の拝観となります 
 
竹林寺 31番札所 (高知市五台山)
真言宗智山派の寺院。山号は五台山。本尊は文殊菩薩。
宮津・切戸文殊、奈良・安倍文殊とともに日本三文殊の一つに数えられる。
高知市街を見下ろす標高145mの五台山上に堂塔伽藍を構え、山全体が公園となっています。文殊菩薩の聖地とされる中国の五台山(山西省にある標高3000mの霊山)に見立てられた霊場です
 
イメージ 23
境内図(パンフ) 
 
イメージ 9
石段途中にある山門  江戸時代作の仁王像
天平会の旗を目印に多くの参詣者の中を進みます
イメージ 10
 
イメージ 11
参道両側は新緑の楓がすがすがしい
石畳両側には竹製オブジェが続きます
 
イメージ 12
参道石段を上りきると、平坦な境内が拡がり、正面には五重塔が聳えます
左手に少し写っている建物は大師堂
 
イメージ 13
境内全景。左の仮設テントは一般拝観者の方が並んで、本尊参拝の受付をしています入堂前に、お坊さんからご本尊の説明を受けています
なかなか、親切なことで、こんな所にも、秘仏ご開帳の寺側の配慮が見られます
イメージ 16
 
イメージ 14
本堂 重文 桃山時代(16世紀)
けら葺 入母屋造 桁行5間 梁間5間 向拝1間 
両側の木々が生い茂り、美しい反りが写真では隠れていますが、また、参詣者でごった返す境内ですが、この荘厳な本堂のたたずまいは少しも失われていない
 
イメージ 15
我々、天平会は事前に時間指定で予約していましたので、別途、右側入り口 から、
すぐに入堂でき、内陣でお寺から説明を受けた後、宮殿中の文殊菩薩像及びイメージ 27侍者像順番に並んで拝観できました。
 
(右写真は産経ニュースから借用)
(下写真は普段の宮殿 お寺パンフから借用)
  イメージ 19 
 
文殊菩薩像及侍者像 重文木造彩色 平安後期
(文殊)像高60.4cm  (善財童子)80.8cm  (仏陀波利三蔵)81.2cm 
(優填王)83.1cm   (最勝老人)84.9cm
今回は江戸時代に造顕された獅子に騎乗していました。 
イメージ 22
(お寺パンフから借用) 通常は文殊菩薩像だけが、宮殿の中に秘仏として祀られ、他の四侍者と造顕当初の獅子座(平安時代)が、宝物館にこのように配列されており、常時、見学できます。
 当初の獅子座の素朴な造形はすばらしい。他の5躯の像とともに、この地域で在地の仏師により制作されたことを暗示しているとのことです
 
イメージ 20  イメージ 21
文殊菩薩像
(観仏三昧・秘仏開帳から借用)
文殊騎獅像は、唐風と宋風の二系統あり、竹林寺像は上半身裸形に近く結跏趺坐する唐風だそうです。 宋風としては、全身に衣を着て半跏趺坐している、今年3月奈良で拝観した国宝・安倍文殊院の文殊像に代表されるそうです
  
イメージ 17
江戸時代の初め、藩主参詣の際の接待殿として建造された客殿
唐破風造りの車寄せ。県指定文化財
 
イメージ 18
 鎌倉後期、文保2(1318)に土佐に来錫し、五台山西麓に吸江庵を結んだ禅の高僧・夢窓国師(嵯峨野・天龍寺の開山)により作庭されたと伝えられます
 
宝物館
館内には、仏像17体(すべて重文)があり、その数は県下の重文のおよそ三分の一に相当するといわれます。本堂、境内の混雑に較べると、空いており、目前で見ることができます。
下記の3像を紹介しました。(写真は高知市HP文化財情報から借用)
イメージ 24  イメージ 25
 
()十一面観音立像 重文 像高48.7cm 平安時代前期 竹林寺最古の仏像
                カヤの一木から彫出された壇像様の立像。
()千手観音立像 重文 像高88.2cm 鎌倉時代 ヒノキ材、寄木造、玉眼                 の漆箔像 小像ながら均整のとれたおだやかな作品
 
イメージ 26
大威徳明王像 重文 像高145.1cm ヒノキ材、寄木造、彫眼の彩色像
水牛の背にまたがった六面六臂六足で、五大明王の一尊
 
尚、堂本印象画伯の竹林寺ふすま絵24面が修復され、久し振りに高知県立美術館で5/14まで公開されていたそうです。又の機会を楽しみにしましょう。
 
竹林寺門前には高知が生んだ世界的な植物学者、牧野富太郎博士18621957)の記念館と県立牧野植物園の大きな温室があります。五台山は山全体が高知県立都市公園になっているそうで、土佐の信仰や文化の中心地であったようです
 
 
禅師峰寺 32番札所 南国市十市
五台山をあとに、南東に下る。南国市に入り、土佐湾沿いに、100㍍あまりの小高い山があらわれる。
真言宗豊山派の寺で、本尊は十一面観音。
807年、弘法大師が奇岩に富むこの地を訪れ,海上安全を願って十一面観音像を刻んで安置。行基菩薩が開いた峰の寺の意味で禅師峰寺となり,本尊は船魂観音と呼ばれ,漁師の信仰も篤く,歴代の藩主も浦戸湾を出帆するとき必ず海上安全を祈ったといわれています
 
イメージ 30 
境内図
 
イメージ 28
山麓から中腹まで急坂をバスは上り、やっと駐車場に着きます。
駐車場からも見上げる場所に庫裏建物が見えますが、かなりの急勾配の石段をお遍路さんは上ります。 
 
イメージ 29
上りきって、左手に行くと仁王門が参道石段上に聳え立ちます。仁王像は庫裏横の宝物館に収蔵されています。禅師峰寺見学の主目的は、この仁王像で、特別に拝観させていただきます。 
イメージ 40
金剛力士立像  重文 木造彩色 玉眼
像高(阿形)141.8cm  (吽形)145.6cm  正応4年(1291)  定明作
仁王像としては小型になるが、同じ鎌倉時代の湛慶制作像には及ばないものの基本的に共通する面が多く秀作です。
吽形像の頸部内側に「仏師定明」などの墨書銘が見出されたことから、湛慶との直接的な師承関係は想定しがたいが、湛慶の周辺にいた仏師からの系譜をひく人物ではと考えられるそうです。
 
イメージ 31
庫裏の手入れ行き届いた庭にある宝物館は小さく、会員は並んで順番に拝観します館中で講師先生の説明を聞きながらなので、時間はかかりますが、よく理解できます。  
イメージ 37
石段を上ってきた庫裏前の木に咲く「セッコク」 二種類咲いていました
上って来た人達の疲れを癒してくれます
 
イメージ 32
参道両側や庫裏庭隅など浸食されたような奇岩が並びます
この岩の成分に関しての文献が乏しいので、不正確であるが、四万十帯に属する砂岩泥岩とその互層を中心とする白亜紀の地層と考えられるようです。
 
イメージ 33
山門横にある奇岩・屏風岩の前に立つ「峰寺のお不動さん」
 
イメージ 38
本堂前にも奇岩があります
イメージ 39
本堂 さすが、霊場。潮風に耐え抜いた力強さを感じます。
土佐初代藩主山内一豊公をはじめ歴代藩主の帰依を受けていました。
 
イメージ 34
本堂前の境内からの眺望。右手奥は桂浜でしょうか。
かっては、山麓まで海岸線が続き、打ち寄せる白波と音が聞こえてくるようです。
お遍路さんの誰もが見て、感動した景色、海の彼方の浄土を思い描いたのでしょう。 
 
イメージ 35    イメージ 36 
拝観を終え参道石段を降りてくると、駐車場脇に石仏、五輪塔が集められ、祀られていました。詳細は不明ですが、肉厚彫りの地蔵石仏です。 
 
 
禅師峰寺を拝観して、今回の高知観仏は無事終了です。この後は、再び、高知市内に戻り、鏡川沿いの料亭旅館「臨水」で昼食。
「臨水」は「土佐藩主山内家宝蔵跡地」だそうで、古風豊かな屋敷です
 
イメージ 41
料亭旅館「臨水」の全景 道向かいが鏡川
イメージ 42 イメージ 43
(左)建物内部は銘木銘石を使った宮大工ならではの創り。
(右)昼食ですが、鰹のたたきもある豪華な食事。女将の三味線に合わせて、
「べくはい可杯」というお座敷遊びに盛り上がります。実は、昨晩も「はし拳」なる遊びで興じました。「土佐の酒文化」 「はちきん」を実感させていただきました。現役時代、高知で活躍した幹事・Nさんの本領発揮、お世話になりました。
 
食事後は14:15まで自由時間で、大半の方は「日曜市」の見学、買い物です。
「日曜市」は高知城から追手筋を東へ、はりま橋付近まで続いています。
イメージ 44
「日曜市」の始点は高知城
イメージ 45
皆が楽しそうに、生き生きしています
何でも売っているようです 
イメージ 46
能面を創っているご主人がおられました。農業の合間の趣味だそうです。
 
 
全行程を無事に終え、神戸・三宮へと帰路につくことができました。
 
京都、奈良の都から遠く離れた四国・高知に、平安前期から鎌倉時代にかけて、中央の作風が感じられる仏像が沢山存在することが改めて認識されました。弘法大師の足跡である四国八十八ケ寺の札所が示す信仰と歴史が仏像を産み、慶派仏師が土佐にやってきたことも、長宗我部氏や山内氏が庇護してきた事実など沢山知ることができました。
そんな中、お遍路さんの真剣な信仰心とそれを受け入れている地元の人々の寛大さが何よりも心に刻まれました。
 
 
 

閉じる コメント(0)

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事