全体表示

[ リスト ]

6/15の天平会は「南山城の古寺巡礼」展・京都博物館と三十三間堂の訪問で、集合は13。 京都駅からバスで行くと簡単で早いが、午前中の空き時間、京都博物館までJR京都駅から徒歩でぶらぶら、結果的には、七条通りを東へ歩き、渉成園→養源院などを見学できましたので、報告したい。
 
イメージ 1
 
イメージ 2
まずは、駅前の京都タワーにごあいさつ
梅雨の合間の快晴日。京都駅前は外国人は勿論、観光客で溢れかえっています。尚更に、人混みを避けて、裏通り、路地裏をぶらぶら歩こうと思います
 
イメージ 3
七条通りから、渉成園へ入る途中の道端に、祀られる祠。お地蔵さんかと思いきや、立派な宝塔のようです。詳細不明ですが、何か謂れがあるのでしょう
 
渉成園
東本願寺の飛地別邸、国の名勝「渉成園」があります。東山の詩仙堂を建立した石川丈山・作庭と伝えられています。京都駅から徒歩10分ほどの近くでありながら、広い池泉回遊式が広がり、訪れる人も少なく、静寂な一時を過ごせる場所です。
2006.10に訪れたことがありますが、静かな時を過ごせたことを覚えています。
その折、見逃した高石垣という幾何学模様の石造壁を見ようと寄りました
広い池は琵琶湖疏水から引いているそうです(本願寺水道)。
 
イメージ 4
寛永18年(1641年)に徳川家光から東本願寺に寄進された。2度の火災で焼失した後、慶応元年(1865年)から明治初期までに再建されたものです。
年中、拝観できるようです。
 
イメージ 5
西門を入って正面にある幾何学模様の高石垣
石橋の様な長い切石、礎石、石臼、瓦など多様な素材を組み合わされ、その模様の独創性がよい  
イメージ 6
 
下珠数屋町通に沿って、渉成園の塀が続きます。この塀がすばらしい。
塀の途中、渉成園が別名「枳殻邸(きこくてい)」といわれる由縁のカラタチ(枳殻)が今も植えられていました。トゲの痛い小木です。
 
イメージ 7
河原町通り沿いの瓦土塀
 
イメージ 8
渉成園の南東隅(下珠数屋町通と河原町通の合流角)に見られる瓦土塀
左側が下珠数屋町通りの瓦土塀で新しい
 
イメージ 25
こんな写真は如何ですか
 
イメージ 11
再び、七条通りに戻り東に歩くと、高瀬川に出会います
イメージ 12
 
更に、東に歩くと、鴨川・七条大橋に出ます。かっては市電が通っていただけに、広い頑丈な橋です 右手に見えるのが東山の山々。
イメージ 9
現在鴨川に架かる橋では最古の橋で、明治期のデザインを残す貴重な建造物
2008年、土木学会より「選奨土木遺産」に認定されたそうです 
 
イメージ 13
橋の手前、南側にある松明殿稲荷神社
 
イメージ 10
五条坂の安祥院の僧で、日ノ岡峠の改修、亀の水遺跡などで知られる江戸時代中期の僧・木食正禅養阿の銘のある手洗石及び井戸がある 
 
イメージ 14
京菓匠・七條甘春堂が七条通り北側にあります
 
イメージ 15
大和大路七条交叉点の北東角に京都博物館の一部が見え、昼から見学する南山城の古寺巡礼展の案内板、旗が見えます
 
 
京都博物館の南にある三十三間堂の東側には、養源院、後白河天皇陵、後白河法皇ゆかりの寺・法住寺などが並びます
 
養源
文禄3(1594)に豊臣秀吉の側室・淀殿が父・浅井長政らの供養のため創建した。その後、焼失し、元和7(1621)、淀殿の妹である徳川秀忠の正室・崇源院(江)の願により再興された。以後、徳川氏の菩提所となる
 
イメージ 16
南門からまっすぐ参道の奥に本堂があります。もともと豊臣家によって造られ、その後、徳川家の菩提寺になったので、一般に参拝できるようになったのは、明治時代以降のこと。 
 
イメージ 17
葵の紋が迎えてくれます
左手の大木・ヤマモモと右手の枝垂れ桜に包まれています
イメージ 18
ヤマモモ(京都市指定保存樹)
豊臣秀吉が伏見桃山城内に手植えしたものを、後年にこの地に移植したと伝えられています。 
イメージ 19
真っ赤に熟れている頃だと思いましたが、残念ながら、まだのようです。
お寺の話では、大変甘くて美味しいそうです
 
本堂に入り、左甚五郎の作と云われる「うぐいす張りの廊下」をギシギシと歩き、血天井の床板をこわごわ見上げながら、俵屋宗達の杉戸絵6面、狩野山楽などの襖絵、を拝見させていただきました。その途中、境内奥に大きな宝塔を見つけ、伺うと「お市の方」供養塔というので、特別に、拝観させていただきました珍しい形の塔です  
イメージ 20
「お市の方」 供養塔
(横にある説明板から)当院が創建された文禄三年に浅井長政を祀る本堂の真南に、淀殿によって造られたものです。九輪の下には屋根を設けた珍しいもので、全体に丸味を帯びた塔で、四隅にはギボシまで使って戦国一の美女お市の方にふさわしい供養塔で地上2メートル、四方高さ5メートルあります
 
その他、浅井長政とお市さんの三女・徳川秀忠の奥さん「お江さん」の供養塔もあり、本堂の東には、小堀遠州作庭による庭園あるそうですが今回は拝観できず。次の機会に 
 
(絵葉書からコピー) 
イメージ 21 イメージ 23
白象図
 
 イメージ 22 イメージ 24
唐獅子図 
これらの奇抜で斬新なデザインの絵杉戸絵は伏見城で自刃した将兵の霊を供養するために描かれたものと伝えられており、当時無名だった俵屋宗達が認められるきっかけとなったそうです。非常に繊細で、毛の一本一本の細部にわたり、彩色豊かに描かれています。杉戸から今にも飛び出してきそうな勢いです
 
訪れる人もマバラですので、ゆっくり鑑賞していましたら、13時前になりました。あわてて、持参のおにぎりを食し、その足、5分で京都博物館南正面の天平会集合場所に駆けつけました。
 
次報は、博物館、三十三間堂の仏像群の紹介です
 
  

閉じる コメント(0)

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事