オリンピックのメダル

平昌オリンピックで日本の女子カーリングチームが銅メダルを獲得しました。
嬉しいです。
本当に嬉しい。

テレビで勝利を目撃し、
選手・コーチ・トレーナーの喜ぶ姿を確認したら、
歓喜の余韻に浸るどころか、ぐったりしてしまって・・・。
夜具に潜り込み、たちまち寝てしまったようです。

今朝のニュース番組では、
高木選手の金2冠とともに大きく取り上げていただいていました。
私宛のメールやメッセージも大量に頂戴しました。
ありがとございます。
大変ありがたいことです。

岩手県二戸市でカーリングを始めて23年。
きっかけは長野オリンピックでの正式種目決定でした。
地域の中学生のために世界に羽ばたけるスポーツを体験させよう!
「目指せ!オリンピック」のスローガンのもとカーリング大会を開催しました。

青森県協会の人・もの・時間の提供をいただき、
地元の有識者の方々に協会設立を支えてもらい、
日本カーリング協会役員だった小林宏氏の助言で日本協会に加盟。

長野オリンピックでの男女5位入賞。
敦賀信人選手の熱い涙に日本中が震えたとき、
岩手のカーリングが大賑わいになると予感したのですが・・・。

それまで地元の子供たちが目にしていたカーリングは、
「オリンピックでやっていたのとは違う!」と見抜かれ、イベントへの参加者は激減。
3年でこの事業も終わりか!?と観念しました。

そんな時思い出したのが、
「何かあったら、常呂に来ればいいっしょ。」
長野オリンピックの応援席で、当時の常呂協会長の池知氏が掛けて下さった言葉。

藁にもすがる思いで向かった常呂町。
「本当に来たんかい?」
温かい言葉で迎えていただき、町長、教育長、協会長と面通しさせてくださいました。
様々な記事に出てくる阿部周司氏からは、「競技よりもコミュニティ」「大人より子供」と教示され、
小栗裕治氏には早朝から2時間のお説教で「履き潰される覚悟はあるか?」と問われました。

当時の常呂町カーリングホールは異次元空間。
子供たちが嬉々として遊び、
手を取って教えているのは背中に「JAPAN」の選手たち。
人口5000人(当時)の町で見た光景は、脳裏に焼き付いて離れません。

その常呂町から4人のオリンピック選手と3名の関係者をお招きして開催したカーリング教室。
本物への関心は私たちを突き動かしました。
やるからには本物を目指そう!

ただのおじさんたちが果たした日本選手権大会出場。
その辺のお兄さんやお姉さんが果たした日本選手権大会ベスト4。
たまたま時間のあった中学生たちが果たした日本ジュニア選手権大会の勝利。
目標を見つけ、日本一を目指した高等学校選手権大会。
世界に挑んだ世界ミックスダブルス選手権大会、世界シニア選手権大会。
遂に果たした、苫米地選手のソチオリンピック出場!
続けていればこそ、夢を使命に変えてこそ、達成できることがあります。

常呂町の草創期の人たちは、オリンピックを目指していたわけではありません。
もちろん当時はオリンピック種目ではありませんでした。
「町のため、みんなのため、自分のためにに楽しいことをしよう!」だったとか。
表彰式の選手の笑顔を見ると、今もその思いに変わりはないのだと感じます。

あの時衝撃を受けた常呂町カーリングホールの風景。
今の私たちは、ほんの少しだけでも近づけているのかな?
もう少し頑張って、みんなを楽しませることが出来ればいいな。

阿部さんと小栗さんの言葉が浮かんできます。
「小さな町だけど、カーリング場には笑顔が詰まっているのさ。」
「草鞋のように履き潰してもらえ!本望だべさ。」


岩手でカーリングを始めて23年。
長野オリンピックから20年。
日本協会の役員になって13年。
スポンサー様、メディアの皆様にお世話いただいて6年。

こんな喜びの日を迎えることが出来て幸せです。









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夢から使命へ

それは夢を語ることから始まりました。
そして今、地域の人々と語り合う時がやってきました。

カーリング場整備本格検討へ/二戸市 市民理解が課題



私たちが進めてきたカーリングによる「まちづくり」「人づくり」「情報発信」。
皆さんで議論していただける機会を得ることが出来ました。
「何故ここでカーリング?」
22年前にカーリングを始めたとき誰でも思ったことでした。
長くは続かない活動だろうと誰もが思ったことでしょう。
「目指せ!オリンピック」
このスローガンを唱えながら子供たちと楽しんできました。
その子たちが既に家族を持つようになり、
地域への愛情を持ち続けてくれているのが嬉しい。
「建ててどうするの?」
使い倒します。
練習して日本一を目指します。
市民の皆様にカーリングで遊んでいただきます。
全国からカーリングと二戸を楽しんでくれる人たちをお招きします。
日本選手権大会を開催します。
パシフィック・アジア選手権大会や世界選手権大会を誘致します。
「出来る訳無いでしょ!」
22年間、そんなことは一度も思ったことはありません。

ある時から、「夢」ではなく、「使命」になったからです。

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ああ、岩手山

岩手県スポーツ指導者協議会会報部会の集まりで盛岡市です。
7月発行の紙面について打ち合わせを終え、観光地小岩井農場を訪ねてみました。

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一本葉桜と岩手山、薄曇りの中でもとても美しい姿を見せてくれました。
いまならゆっくり見ることが出来ますよ。

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菜の花も綺麗です。

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白い柵も綺麗です。

くれぐれもわき見運転には気を付けましょう!


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2017年5月19日5時19分
自宅から3キロの折爪岳登山口をスタート。
頂上までは舗装道路で8キロです。

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今日の目標 「頂上に立つ」
登坂プラン 「徒歩も可、何が何でも頂上に立つ!」
目標タイム 「3時間で登頂、4時間で帰宅」
持ち物 「水、スマホ、パンク修理用具、バナナ」

気合十分で登り始めましたが・・・、
いつまでたっても上り坂、あたりまえだけど上り坂。
先は長い、とペースを落としてみたらどんどんスピードが落ちてしまい・・・。
序盤から「押し」です。

その後も、乗っては降り、押しては乗り、あがいて、もがいて、また歩き・・・。
自転車を杖にして歩いているかのようです。
やっぱり無理なのかな?この山は車で登るべきかな?
いやいや、歩いてでも這ってでも頂上を目指すのだ!
少しずつ少しずつ高度が上がり、木の狭間から岩手山が見えてきました。
(写真は展望台からのもの。登坂中は写真なんて撮れません!!!)

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何も考えず、登るだけ。
口から出るのはヒーヒーという喘ぎ声だけ。

あれっ?今通ったのはオートキャンプ場?
おおっ?山の家が見える。
頂上と展望台の分かれ道じゃないか?

もう少し、もう少しだー!

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スタートから1時間22分。
登り切りました。
自宅の海抜は107メートルなので高度差745.2メートル。

60歳になって最初に成し遂げた事。
自転車で(徒歩含む)折爪岳頂上を極めましたー!

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展望台に愛車「金と銀」を運び上げ、岩手山との記念写真です。

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ついでに私もツーショット。

さあ、60歳台に突入だ。
何が出来るかわかりませんが、未知のものへのチャレンジも続けてみます。
皆様、これからもよろしくお願いいたします!

写真はすべて2017年5月19日のものです。

浪岡 正行





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友人から譲ってもらったマウンテンバイクでサイクリングをは決めたのは2009年のことでした。
その後中古車のみ買い換え、走れる距離が伸びていくのを楽しんでいたのです。
3キロ走ってヒイヒイ言っていたのが、やがて5キロ、そして10キロ。
10キロ先まで行くと帰るのには20キロ。10キロは30分、20キロは1時間。
景色を楽しみ、街の変化に驚き、新しい発見に心躍らせました。

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2011年の大震災のときは、自己を奮い立たせるために八戸まで45キロ。
調子に乗って盛岡まで80キロ。
変になったのか?と思われながら青森まで135キロ。
八戸からフェリーに乗って、苫小牧から札幌まで65キロ。
愛知、静岡、新潟、旭川・・・、JRに持ち込んで旅もしました。
自転車って凄いなあと思いながら、暮らしの中で小さな達成感を得ることに満足していました。

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でも、折爪岳だけはサイクリングの対象にはなりませんでした。
私の若い友人には、頂上まで30分台で登り、さらに二つの山頂を制覇する猛者がいます。
信じられません!

この山は自転車で登るものではないのです。
登れるものではないのです、おじさんでは!

ん?あの時のおじさんどうしてるんだろう?
今の自分の年齢ぐらいだったはず、自転車で登ってたっけ。

やってみよう。
60歳になった日にやってみよう!
山の水を飲みに行こう!!

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続きます。

写真は2017年5月19日のものです。

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