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光の瞑想を、ちょっと手直ししました
光という表現もどうしようかと思いましたが「慈悲」とか「愛」とかね、今風の表現はどうかととも思案しましたが、ロゴもつくちゃったし、まあ、いいかと
瞑想の方法については、書いていることは原則論であって、個人個人、効果の有る方法は違ってきます
時期もあるし、階梯もあります
ま、一般論ということで
普段は感覚器官によって切り取られた、自分の脳内世界を自分自身であると思い込んでいるのですが(つまり我執)、実際の自分自身は感じられる前の「至高の心」そのものなのです(これが悟り)
心の重点を、私利私欲に置けば、迷いの世界が深まり
利他公益に置けば、「至高の世界」に直結する、と単純な理屈です 実は、「至高の世界」に気づけば、「死」の意味も変わる、ということですね
光の瞑想の模式図 |
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