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霊能力を追求してると陥りやすい罠について えーっと、能力ってことですね よく言われる事ですけど、霊能力があるからといって善い人とは限りません 人格や人柄と、体力や走る速さなどの能力が違うのと同じことです 体力があるから、走るのが速いから、必ず善い人である、などということはありません 霊能力は、つまるところ、個人の感覚であり、感性です いろいろ霊感に基づいて断定的に、あれがいい、これが悪い、パワーがある、これは穢れてる、と講釈しますが、それは、元を正せば個人的感覚に過ぎません 個人的感覚ですから、根拠は特にありません そう感じた、というだけのことです で、その感覚が鋭い、後で考えると当たっている、結果そうなった、などの積み重ねで、霊能力がある、という自信になってきます 感覚とか感性を大事にしてると、脳の古い部分にアクセスするようになります 動物的というか、よく言えば普遍的な部分、悪く言えば原始的部分 野生動物に人間から見れば不思議な感覚があるのに似て、人間の脳の深層に不思議な感覚を司る部分があるのかもしれないと考えています なんだかんだ言っても、どんな能力でもあるにこしたことはありませんが、つまり「霊能力」は原始的な感覚なのかもしれないということ これが顕在化して、脳の表面的な意識でコントロールされたのが「霊感」と総称されているのではないかと思います でもって、「霊能力」だけを追求しているってことになると、原始的部分だけとのアクセスが肥大化して、つまり、人間性が動物的になります 極端に言えば 僕は、拝み屋さんがよく「キツネ」「ヘビ」を拝むのは、そのへんのことがあるんじゃないかと思ってます 「キツネ」「ヘビ」はまっとうな神様の使いなんですけど、どうも、伝統的に、神様に頼むってアプローチでなく直に眷属である彼らとコンタクトするようになるんですね で、自分も欲まみれ、眷属さんも欲まみれになっていくってパターン 業界では「仕事は速いが後は野となれ山となれだよ」とか言います 「キツネ」が大脳辺縁系、「ヘビ」が脳幹系かな まあ、決定的に、「智慧」が欠如してる つまり、動物的 人間の脳の内部には今でも恐竜時代と同じ部分が隠されている 爬虫類時代の脳幹の上に旧哺乳類時代の大脳辺縁系が,その上に人間特有の大脳新皮質が増築する形で巨大化してきた これは、現代のスピリチュアリズム全般に言えることですけど、その対象とする、いわゆるマーケットがですね、「願望成就」「現世利益」なのですよ ヒーリング、パワーストーン、前世療法、占い、パワースポットetc 手っ取り早く自分の欲望を満たすための、従来の常識を越えたスパーツールとして期待されてるわけです あるいは、従来の方法で解決できない問題の、解決への「抜け道」ですね それで、スピリチュアリズムは、現実逃避の傾向もあるんです だから悪いってことでもないんですけど、そこに、社会性というか共同体意識がですね欠如してくると、また、どうしても、欠如しやすい宿命をもってるんですけど、どうもうまくない 自分さえよければ後はどうでもいい、自分だけ救われたい、自分の願望だけ満たしたい、具体的根拠の無い決めつけ、などなど、他人を顧みなくなる カウンターカルチャーとか自己中くらいならいいけど、反社会的、カルトとだんだん行ってしまう可能性も秘めているってことです 「願望成就」「現世利益」というチャンネルからだけ、物事に取り組むと、どうしてもそこに行ってしまう、陥りやすい罠、なんです 市場経済とか商業主義が社会の主流になってきている現代で、スピリチュアリズムがもてはやされたとしても、欲望に奉仕する道具であることが限界になって、極めて利己的な欲望成就法になりがちです 「願望成就」「現世利益」は「苦痛」の解決の為の道筋ですが、罠に落ちない為には、この「苦痛」の原因を解消しようとするアプローチが、本当は必要です そこに気がつけば、智慧の重要性も感じられてくると思いますよ |

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