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舎利礼のページに霊鷲山の話を加筆しました
http://www.chohoji.or.jp/sharirai.htm 仏舎利を礼拝供養することには絶大な功徳があり、その功徳をインド全土に広めるため84000もの数に分骨して立派な塔を建てて礼拝できるようにしました その塔は今でもインド全土にかなりの数が残されていますが、実際に仏舎利が確認できた塔は数か所だけです
仏滅後、仏教の最終的根拠は仏舎利となりました アショカ王は、この仏舎利を分布してストゥーパを各地に起てましたが、その第一塔はどこにあるかご存じですか 霊鷲山の、釈尊の香室の上の山頂です 法華経で釈尊は、常に霊鷲山にいると明言し、滅度の後も衆僧と共に霊鷲山に出現すると説いていますが、その香室の背後の山頂を利用して、山全体がストゥーパの様な感じでアショカ第一塔があるのです
法華経に見宝塔品というのがあって、宝塔の中にお釈迦様と多宝如来が並んで座って説法するのですが、法華経が説かれた霊鷲山にアショカ第一塔があることから、仏舎利信仰が進化したものであることを窺わせますね
法華曼荼羅図 絹本著色 (中央部分) 江戸中期(18世紀) 長保寺蔵 |
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2011年02月13日
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