仏教

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トンレン

トンレン
チベット仏教の瞑想法のことです

具体的にどんな物かご興味がある方は、wikiなどでお調べください
別名、慈悲の瞑想

他者の苦しみを、自分自身のこととして「引き受ける」系の瞑想です
ダライラマは毎日してるそうです

全く、なんの前提も準備もなく、してはいけませんね
修行の完成した、徳の高い高僧がする瞑想ですね

密教に三平等観があって
「我とホトケと平等
ホトケと衆生と平等
故に、我とホトケと衆生と平等平等なり
故に、真言行者座を立たずして一切の仏事を成す」
と、おおざっぱに言うとこうなるんですが

実際は
「我はこれ、本不生不可得なり
仏はこれ、本不生不可得なり 」と
本不生不可得を間にはさみます
ぶっちゃけ言いますと、どっちにしても、常人にすぐできる瞑想ではありません

知識として三平等観というものがある、と知っていただければいいのです
実際、日本でこの観法をしてるのは、高野山の、あるところの責任者だけです(言っちゃいけなかったと思う)
経験的に、徳が高くなければ出来ないことがわかっていますから、秘密にされています

おまけに言いますと、チベット仏教の瞑想を始めたら、チベットの霊界とつながりますから、もう帰ってこれなくなる可能性が高いですよ
チベット仏教については、世界的に最高の評価が与えられているのですが、中国共産党には負けたわけで、お忘れ無く
玉石混交で、本物もありますが、トンデモもかなり混じってます
ヒンドゥーのブラックが混じっているのです
ダライラマは、そこのところは解っていると思いますが、まあ、立場上言えないでしょう
それと、政教一致思想ですので、宗教上の質問をしたら、外務省に聞いてくれなんてのは、実際あります
チベット人がひどい目にあっているというのと、チベット仏教と、ごちゃごちゃにしたらいけない、ということです

僕の後輩に、ある、その道では有名なチベット専門家がいるのですが、日本人にない、宗教への真摯さに惹かれるんでしょうね
チベット人は、祈りで敵に勝つと、まっすぐに信じて、軍事力など全く顧みないなんてことを本気でします
結果、共産党に国を盗られましたが

そういえば、僕は大学で、リンポチェにチベット語を少し習いました
リンポチェというのは転生ラマのことで、坊さんとして転生を続けている高僧のことです
チベットには、実際、たくさんいます
僕の習った先生は、チベット語、ヒンドゥー語、英語、日本語がぺらぺらで、やっぱり、神秘的に頭が良い方でした

本当のことを言いますと、日本人でも、大きなお寺や、由緒あるお寺には、いるんですよ
わからんかな

イメージ 1

これは、ブッダガヤの近くで撮った写真ですけど
チベット仏教の小僧さんの遠足ですかね
こうやって、小僧さんから初めて、教育を受け、生涯独身を通し、修行を続け、お坊さんになります

日本の葬式しかしない坊さんは、勝てないと思うよ

で、ま、だから、チベットがいつも正しいか、というと、どうなんでしょうと
得体のしれないタンカなど、身近に飾っておかないほうがいいと思うよ




隻手の声を聞け

隻手の声を聞け
せきしゅのこえをきけ、と読みます
白隠禅師の有名な公案です
両手でパンと手を打ったら音がしますが、片手の音を聞け、というお題ですね

だからこれ、僕の図で説明すれば

イメージ 1
感覚器官で捉える前の,音になる前の音を聞けといっても聞けないから、まあ、解れと

いまでも、この公案で坐禅が修行されてます
隻手の声を聞く境地になったら、それは、悟りの境地です

僕は「光の瞑想」で、具体的な光をイメージしてくださいと言ってるのですが、だから、禅ではこれはやりません

白隠禅師で、全然まにあっていて、それで間違いないんですが、むっずかしいんですよ
常人では無理、と言っていい
無ーーーー。むーーーーーっと坐って、坐り続けて、延々と禅堂で修行しなければなりません
もう限界だと思えてきたら、それが、やっと入り口です
忍耐というか、申しわけないけど、今時、はやらないです

 
子供がテレビゲームをやっているのを見ていると、5回くらい同じボスにやられると意欲を無くします
自分でゲームをやってても、延々と単純作業を続けて、やっとこラスボスにたどり着いて、何回も同じところでやられたら嫌になりますよね
ヒットしているロールプレインゲームは、そこのところはうまく考えられていて、小さな成功を積み重ねて、達成感を味わいつつ先に進めるようになっています


それでですね、絶対的な体験の側からの語りかけというか、啓示なのですが、こちら側への働きかけを感じたら、接点が持てるのではないかと考えました
初めはかすかでも、だんだん強く
最後は、圧倒的な強さで
繋がりに切れ目無く、感じ続けます

イメージ 2

この光が、慈悲の感触、です

よく、この、超能力がほしいとか、魔力を身につけるとか、幸運を呼び寄せるとか、願望成就することか、精力絶倫になるとか、超人的な能力を目的に瞑想する人がいるのですが、この瞑想は趣旨が違いますからね
どうか他の所でお願いします

図で見ておわかりのように、感覚器官や脳で自分勝手なイメージをつくることから解放されて、感じられる前の(実相と専門用語で言います)世界とつながることを目指しています

この実相が、慈悲の極みであり、悟りであり、仏心であり、甘露の法味であり、曼荼羅であり、法界であり、Superpositionであるのですが、氷のように冷たいというんじゃなくて、圧倒的な慈悲の感触です
で、慈悲の感触を、一筋の蜘蛛の糸のように頼りにして、瞑想を続けたらどうかということなんですね


ちょっと端折った話をしますと、いずれ、ニューロフィードバックで、慈悲の感触を感じている時の脳の状態が解明されて、科学的な評価の対象になるんじゃなかろうかと思ってます

瞑想するとき「ほほえむ」というのを、僕は言っているんですが、これも仏教では一切言ってこなかったんです
修行の結果「ほほえむ」んじゃなくて、ま、作り笑いであってもいいから「ほほえむ」のです
どこか書いてある儀軌があれば教えてください、無いと思うよ

で、「ほほえむ」時には、エンドルフィン系がでていることが予想されますね
華厳経の修行の階梯で最初に「歓喜地」というのがありますが,喜び溢れる境地です
これですね、僕は、歓喜地の人を知ってますから
当然、五神通があります、他にもいろいろ超常的なことが起こせます
その経験からね、ま、いろいろ感じるところがありまして
瞑想するときに、ほほえんじゃえ、と

ちょっと、理屈だけで言っているのでもないのです


瞑想のコツ

「光の瞑想」をちょっと手直ししました

どうも、この瞑想のやりかただけ読んだのでは、成果が上がらない
というか、性根が入らない

そんな感じにずっととらわれていて、ややこしいことを言うならいくらでもできるのですが、シンプルに、単刀直入に説明するのはどうするか、考え続けていました

強く決意する、という表現にしましたが、これ、元ネタは大乗起信論です
「信をもって能入とする」という有名な言葉があるのですが、信じられない人が多いから、今の世相になっているわけで、あまり参考にならないと言ってしまえば終わりなわけで、まあ、参考にしつつ、別の表現にしました

まさに、決意こそがαにしてΩなのであって、重要度で言えば、決意が90%で、微笑むのが8%で、あとのテクニックが2%というところでしょう

決意して、微笑んで、背筋を伸ばし、静かに呼吸すれば、「光の瞑想」の一丁上がりです

「光とはなにか」ですけれど
僕の立場から言えば「慈悲の極み」のことです

「己を忘れて他を利するは、慈悲の極みなり  伝教大師」


瞑想の準備


執着はほどほどにし
神仏を信仰し
死んでも心はなくならないとわきまえて
因果はめぐりめぐって自分にかえってくると覚悟して
慈悲をこころがけ
智慧を深める
朝日を浴びてください
両手をいっぱいに広げて、「太陽の力と優しさが体に降り注ぐーー」とイメージしてください
まぶしいですが、目を細めて、太陽を見てください
太陽の姿を記憶してください
瞑想するとき、ふりそそぐ太陽の光を思い出してください

必ず「光になる」と強く決意してください (この決意で、光と繋がります)瞑想の成果が乏しいのは、この決意が十分でないからです
的の真ん中をはっきり意識してください


「光とはなにか」とか、「どうしたら光になれるのか」とか、考えるのは、後回しにしてください
時間をかけて考え続けるのが、瞑想的生活です
 
 

Superpositionの仏教的意味

すいません
これからの話は、かなり、わかりにくいです




量子論的には、観測されるまでは物質は粒子として場所を特定することができません
それをSuperpositionと言って、(最近になってようやくネットなどでこの言葉が見かけられるようになってきました)波動として、あそこと、ここと、重ね合わさって同時に存在している状態としています

仏教で言えば、唯識で言うところの所観で、つまり、感覚器官で感じる前の観察対象のことで
たとえて言うと

今、パソコンのモニターを見て、字を読んでますよね
ぱっと、眼をつぶります
その、眼をつぶっている間に、モニターは月まで飛んでいってます・・・

なわけはないのですが・・見てないんだから、わかりません
でも、そこにあったということも、見てないんだから、わかりません

で、そのモニターは、どうなっていたか、有るでも無いでもない、ま、見てないんだからわからない
それを、「空、くう」と仏教では言うわけです

観察によって、時間や空間が生じるのです
つまり、生や死も

考えようによっては、広大な「空」のなかにぽっかりと、あなたの意識が浮かんでいるようなものです


あなたは、今、見たり聞いたりして、生きているという素朴な実感を感じていますが、見ていない、聞いていない、広大な未知領域に囲まれているとも言えます
広大と言いましたが、時間も空間も無い(有ると断定できない)領域です

今、ぱっと眼をつぶってしまえば、眼の前のモニターも、あなたの左右の手も、Superpositionになります


記憶を例にとって話をします
印象深い瞬間というものは、昨日のことであっても、一ヶ月前のことであっても、ありありと思い出すことができます
古いことほど曖昧にはなりますが、きっかけさえあれば、ほぼ同時に思いだすことができます
これは脳の機能だと言う説明が、一応の科学的な説明なのですが、脳を解剖しても過去がでてくるわけではありません
富士山を思い出しても、解剖したら富士山がでてくるわけではありません
積年の恨みとか、秘めたる決意とか、頭蓋骨を割っても、発掘されることはありません
あたりまえですが

「記憶はSuperpositionに蓄積され、脳によって呼び出される」という仮説を立てても、それはそれで、説明がつきそうな気もします
仏教で言うと、カルマですね
過去の行い全て、それと、前世からの影響も受ける、という思想ですけど、成り立ってきます
過去にしたことすべて、消されずにSuperpositionの中に有り続けます(時間が無いんですから)
で、宿命や業からは逃れられないという思想にもなってきますが、逆に言うと、そこをなんとかするための仏教であるのです
(ちょっと脱線した話をしますが、「死」ですけど、今こうして生きてBlogを読んでいるあなたはSuperpositionの中では時空をこえて存在してます
つまり、死んでも消えることなく、時間を超えて今のまま存在し続けます
感覚的には全く理解不能ですが)


さて、では未来はどうなるのか

過去がSuperpositionなら、実は、未来もSuperpositionです
Superpositionでは時間と空間を特定できないのですから
過去と未来は同時に、Superpositionの中で重なり合って存在しています(ま、理論的には)

人間には自由意思がありますから、明日何をするか、これから自由に決めることができます
ですから、いかにSuperpositionであっても、そこに決まった未来があるわけではありません

でも、ワンピースのルフィーのように「俺は海賊王になる」と決めたらどうでしょうか
生まれ変わり、死に変わり、3000年後にはなるかもしれません
ところがですね、あなたのSuperpositionの中には、3000年後の海賊王がいるのです
「俺は海賊王になる」と決めた瞬間に、あなたの本当の心であるSuperpositionは海賊王になってしまうのです

ここのところを仏教では

「汝是當成佛。我是已成佛。 常作如是信。戒品已具足。」
汝は、まさにこれから仏となる
我はすでに仏となれり
常にかくのごとき信をなせば
戒はすでに具足している(梵網経)

平たく言えば、
「俺は仏になる」と決めれば、仏としての行いが出来る、と説いています

Superpositionに仏となった自分がいると、過去の失敗や間違いもすべて意味が修正され、仏となるための修業期間として再評価され、再生します
「俺は仏になる」と決めればですけど

もう少し具体的に言うと
ルフィーみたいにいつも「俺は仏になる」と言ってるってことでしょうか

実は、ほぼ全ての宗派で、毎日言っているのです
お経を読んだ最後に、必ず唱えます

「願以此功徳。普及於一切。我等與衆生。皆共成佛道
ねがわくばこのくどくをもって、あまねくいっさいにおよぼし、われらとしゅじょうと、みなともにぶつどうをじょうぜん

ですから、あなたが3万年後に仏と等しくなったとして、Superpositionには時間はありませんから、今、Superpositionには仏になったあなたが存在してます
極めてわかりにくい話ですが

僕は、仏教の基礎知識で軽く

「仏菩薩を尊敬し
八百万の神を尊敬し
イエスキリストを尊敬し
アラーの神を尊敬し
自分を信じる」

と書いてますが、自分を信じていいんですよ
「俺は仏になる」と決めていれば



「俺は仏になる」と決めてしまえば、どんなに時間がかかろうとも、あなたはいずれ仏となります
未来に仏となったあなたは、Superpositionには時間がありませんから、過去も未来も現在も仏として存在することになります
つまり、今Superpositionで、仏となったあなたが微笑んでいます
現在どういう境遇であっても、これは仏にいたる必要不可欠のステップです
過去の行いはすべて、仏となったあなたに生かされます
細かいことをクヨクヨ心配するのは無駄なことです


仏教では、これを円頓というのです
円、かんぜんで
頓、すばやい


ああ、仏となると決めるからには、仏としての振舞いを目指してくださいね

量子論と心

量子論をamazonで検索すると1500冊位の本があるのがわかります
マンガや絵解きもあって、これはこれで興味深いです

で、僕は、量子論と仏教哲学と接点があるんじゃないかと思っているわけですが・・・

端的に言って、お釈迦様は量子論を研究したから悟りを開いたんじゃありません
ま、関係無いと言えばそれでお終いですが、無くても間に合います


それでも、量子力学は案外身近なんですよね
たとえばパソコンのCPUで使われている半導体

この半導体ですが、電気を通したり通さなかったりするから半、導体ですね
なぜそうなるか、きちんと理解するには量子力学で説明しなければなりません
たとえば、今でも使われている江崎博士がノーベル賞を取ったトンネルダイオードは、まさに量子の不確定性原理によるトンネル効果(Quantum tunneling)を応用しています


平たく考えて、量子レベルで不確定性原理が成り立っているわけですから、結論的に言って、脳も例外では有り得ないわけです

これ、文章で書くと
「量子は観測されるまでは、霧状の存在(superposition)であって、観測された瞬間、収束して粒子になる」
つまり、あなたの知り合いのA氏は、面会するまでは、霧であって、面会した瞬間にA氏となる、てことらしいです

変ですが、この理論でダイオードや電子顕微鏡などが実際使われているんだから、しかたありません

現在のコンピュータの原理を発明したノイマンは、「原子の位置は心の中で決まる」と説いていたわけで、それを完全に否定することもなく今も研究は続行しています
いずれ、もっと研究が進めば、華厳とか唯識、空、といった仏教理論も理解が深まることでしょう

今のところは、仏教は空理空論ではない、とだけ言っておきます

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