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ナメクジウオ

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脊椎動物はナメクジウオから進化したと、ハッキリした結論が出ました


「また、ヒトの遺伝子の9割がナメクジウオにもあることも、今回、わかった。 」

と言うことです

5億2千万年の間に、1割程の遺伝子が「進化」してナメクジウオから人間になった、ということになります

まあ、あと5億年もすると、今の人間は、かなり、変わるのであろうと思われますね

哺乳類の先祖ということだと、モグラじゃないかと言われてますので、イメージ的にはナメクジウオのほうがファンタスティックでしょうかね

どっちにしても、感情的には受け入れにくいね


 
 
それで

いろいろ、エラソーなことを言っても、ウンザリしても、もとを正せば、ナメクジウオなんだし、5億年もすれば、すべて様変わりしてしまうんだし、細かいことはどーでもいいじゃないかと、言いたい




 

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パンテオンの中心

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パンテオンの中心部分は空間になっていて、そこに「人間」が立ちます

「人間」が中心です

確固とした「人間」が、多種多様な神々とおつきあいする、という考え方になるのでしょうか




これが逆だとどうなるか

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超越的な存在が様々な姿を見せ、それを「人間」が理解の範囲で解釈する、という考え方でしょうか

見る角度によって、神であったり仏であったりする、と

これは、でも、神々が全て同一起源であるという前提がなければなりません
まあ、神様にも都合があるでしょうから、根っ子は一つなどと勝手に決めつけても受け入れられるかどうかはわかりません

それに、何と言っても、でたらめな神様がいたら困ります


まともな神様達に、
「ミソもクソも一緒にするな」
って怒られそうです


ですから、「人間」中心がスジだろうと思いますよ



こう言うと、すぐ、「人間」はそんなに大したもんじゃないとか、思い上がりとか、言われそうですが

「人間」のそのまた中心をですね、考えてみてください


生まれ生まれ生まれ生まれて、生の初めに暗く
死に死に死に死んで、死の終わりに冥(くら)し

弘法大師 秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)


実は、生まれる前のこと、死んだ後のこと、全くわかりません

生まれる前のことを覚えている、死んだ後のことを知っている、と言う人もいることはいるのですが、弘法大師でさえも「わからない」と正直に言ってるのですから、ここは無理をせず「わからない」でいいと思います

で、始まりも終わりもよくわからないのが人生なのですが・・・

人生は、厳然として、今ここにあります

わからないけど、ある
わからないなりに、やっていけてる


で、パンテオンの真ん中に立つと・・・

わからないけど、中心になっている

中心に何があるか、わからないけど、全ての神々が尊く、意義深く、仲良く輝いている

「人間」の中心に何かがあるとして、もの凄く尊いものがありそうな気がしませんか?

 

フィロソフィー

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この墨流しは、なにかに似てませんか?



この3年くらい特に、不思議な感覚をカミングアウトする人が増えてきた

何かの天体配置の影響とかいろいろ言うけど、多分、心の連鎖反応かなぁ

人に指摘されると、今まで気がつかなかった事に気がつく
それ意外、考えられなくなってしまう

今まで気にしなかった、遠くから聞こえる音楽が、急に気になるような



スピリチュアルという言葉は、けっこう普通に使われるようになったし、高野山大学にはスピリチュアルケア学科もありますから、変な意味はないけど

スピリチュアルは、宗教とか、精神世界全般をひとくくりにするような概念にはならないと思うよ

つまり、スリピチュアル・イズムは心霊主義ですから
霊からの教示を尊重する、という立場なわけです

だから、江原さんなんかは、しごく真っ当な、スピリチュアリズムです

国連レベルで言うと、スピリチュアリズムという言葉は、イスラム諸国が持ち出してきたらしいですから、ま、江原さんの立場は彼独特だということなんですけどね

イスラムのスーフィーは、これは、非常に興味深いです
普遍的なものを感じますね

それにしてもイスラムは、原理主義からスーフィーまで、幅広いわぁ
これはこれで、たいしたもんです


さて、

一般に日本で言うスピリチュアリズムは、教義としては、シルバーバーチに行き着いて、その発想の元ネタはインド文化だろうなぁ

輪廻、カルマ、前世、オーラ、チャクラ、霊との対話、石、香、占星術、多神世界、霊的階層、瞑想など、全部元々インドにありますからね

それで、シルバーバーチは、インド的な発想を取り入れた、キリスト教文化の修正、あるいは、改良だろうね

一見辻褄あってるんだが、要するにオリジナリティーは無いです

こういうのを、昔風に言うと、狐狸と言うんだな



それでですね、古代ローマでは、ギリシャ的多神世界があったわけですが、キリスト教やイスラムや、諸々、各地の土着の神など、寛容の精神で尊重していたわけです

カトリックが破壊活動をする前までは

パンテオン(万神殿 紀元前25)が建造されて、元々は世界各地の神々が肩を並べて祭られていた


今では、カトリックが全て追い出して、キリストだけにしてしまいましたけど



ま、それで、古代ローマの寛容の精神では、諸宗教を仲良く尊重して、いわば現実的な対応をしてたのです

じゃ、その古代ローマ世界をひとくくりにするような概念はなんだったのか、ということですね

それは、フィロソフィーじゃないですか

少なくともスピリチュアリズムじゃないですよ


霊感があるということで、御自分の身体感覚を大事になさる方達がですね、日本の神々を大事にしてくださったりしてるのですけど、これつまり、日本固有の土着の神様達です

世界各地いろんな土着の神様がいらして、自分だけが一番偉いと思ってたら、まあ、喧嘩になるだろね

それで、特定の教義に行き着くような、なんとかイズムはほっといて、やはり、フィロソフィーでなければ、仲良くしてくことは出来ないですよ

哲学というと難しくなりすぎるので、智慧と言っておきます




トランスパーソナル心理学もその試みの一つではあるでしょうけど、心身問題の解決をしないと、方法論がフラフラするんじゃないですか

比較宗教という学問もあるんですが、研究に取り組む姿勢ですね
つまり、フィロソフィー
これを、もっと明確にしたほうがいいと思うよ

世界の分類整理は、だからどうした、と言われてお終いってのがほとんどですからね




そんなの関係ない、と思ってるあなたは、どうか御自分のおうちの宗旨を大切にしてください
それで充分間に合いますから

あの、仏教は、始まった時から「慈悲と智慧」と言い続けてますんで、そこんとこよろしく

 
 
精神世界にはいろんな考え方がある



「輪廻転生」もそのうちの一つ

これは、インドなどには仏教以前からある、古い古い思想

最近といってももうだいぶ時が経つが、山川紘矢さんが「前世療法」を翻訳して、日本では新たな展開が始まった

飯田史彦さんの「生きがいの創造」は、ほかにもアメリカで出版されたいろいろな本などを例に出して、とにかく、文献的に輪廻転生を語りつくした

日本では、輪廻転生といえば、仏教思想の話になってしまい、なんら新鮮味はないけれど、アメリカはキリスト教国ですから、輪廻転生を肯定する話をすればものすごい偏見と攻撃にさらされる

だいたいアメリカ人は精神分析が好きで、分析してもらうと病気もよく治るらしいけど、退行催眠という、いかにもアメリカ的手法で、文化的説得力を獲得した

で、実際に前世があるのか、ないのか、になったら、医学的に言えばどっちでもいいことらしく、治療効果がある、という事実にだけ着目するらしい

ヒプノをやる人に聞いたことがあるけど、退行催眠で思い出したことは、臨死体験のような現実感はないらしい

ビミョーなのです

証拠探しとかあるけど、やっぱり、ビミョーですね
チベット仏教など、かなり大がかりにやるけど、ちょっとどうかなと思いますね

医療として、限界をハッキリ認識してやらないと、おかしなアンカーを埋め込まれたり、悪意のある霊的な操作されたりの、危険はあるよ





「臨死体験」は死後の世界を見てきた話だけど

これって、生き返るってことは、死んでないわけで、ほんとうに死んじまったらどうなるかは、これは、いつまで経っても結論はでない

それでも、救急医療の発達で、医療水準の高い先進国では臨死体験の報告は増え続けるでしょう
実際、似たような話が多いらしいし

生き返って、お話ができることは目出度いが、ほんとうに死んでないので、残念だよ

やっぱ、ビミョー




「チャクラ」の覚醒もネタ的には古い話で、古代インドの文献もある

チャクラの覚醒だけ先行してやると、未熟な運転手が乗ってる車に、いきなりバリバリにチューンアップしたエンジンを載せるようなもので、走る凶器を作り出しかねない

断食や滝行などの練行苦行で肉体をいためつける修業は、肉体の危機を回避する為、チャクラが覚醒しやすくなるが、精神集中を誤ると気違いになる可能性が高い危険な修業ですよ

肉体的な生命力が弱まってると、心が剥き出しになって、性根が定まってないと、つまらぬ存在に憑依される危険がある

チャクラだけさわると、失敗したときが、おおごとになる

ぶっこわれた奴を何人も見たよ

チャクラの覚醒を教える、CDとか本とかいろいろあるけど、悪魔が喜んでいることでしょう
悪意を志して覚醒すれば、悪魔になるよ

なんの準備もなく、してはいけません

否定はしませんが、お薦めはしません
神に守られてなかったら、気違いか悪魔だよ

チャクラの覚醒を求める、という性根がですね、物欲しそうな感じで、動機が純粋だとしても、悪意のある霊に憑依される可能性が高いね





「ハイアーセルフ」や「インナーチャイルド」の瞑想

アメリカの交流分析から出てきたのかなあ、思いつきが

僕は、精神分裂の平和利用じゃないかと思いますね
よく言えば

心の状態が、かなりややこしいことになりますよ

なにも好き好んで、分裂することはないと思うよ

これは、多重人格や統合失調症の人がしたら、洒落にならんよ
よく考えてみて

悪魔のせいで犯罪を犯したって説明する奴がいるけど、
「ハイアーちゃんが善いことしたんで、僕を誉めないで」
なんて言う人ないわな

誉めて貰うときは、ハイヤーちゃん黙って引っ込んでて、ってまあ、勝手なお調子者ですね

悪いこといいません、ハイアーちゃんもインナーちゃんも、なくてやってける人になりましょう



「ヘミシンク」とか、脳波をいじるやつ

あれ、どっかの進学校でやってるらしいね
成績よくなるって

それで、大々的に導入する事業計画をたてた奴がいたが、心がネガティブな状態の時は、ネガが増幅されるらしい

没になったんではないかなー

ポジかネガか見分けるテストをしてからやるとか、いろいろ言ってたが、うまく行ったのかな

脳波測定では、善意と悪意を見分けることは出来ないのでしょうねぇ

ま、ポジの時だけおやりになることをお薦めしときます
わかりずらい話ですけど

ビミョーな時はおやめになったほうがいいと思うよ



「見える系」「聞こえる系」

「天使」が見えるって人がいるけど

天使のかっこがコレって決まっていたら、速攻、悪魔にまねされるよ

かっこじゃないからね

ここんとこが、わかってない人が多いんでびっくりするよ

「見える系」「聞こえる系」の人は、「愛の感触」が感じられるかどうか、よっく感じてね
わからなかったら、まとめて、無視したほうがいい

いい奴かもしれないけど、間違ってたら地獄行きだよ

それで、禅宗などでは、一律、「見えたら無視」ってことになってる


天台の好相行は、阿弥陀さんが見えるまで、一日三千回、立ったり坐ったり礼拝をし続ける行ですけど、あれはちゃんと先輩が本物を見たか確かめる

見えたら先輩の部屋まで報告に行くんだけど、足音でわかるらしいよ
喜びが隠せないのですよ、足音にね

後ろに出るやつはダメとかいろいろある
それと見えるだけじゃないのよ、グーと引っ張られるらしいよ
仏さんがこっち来いってね

「見える系」「聞こえる系」は、どうしても、自信が無くなってくるもんですけど、「愛の感触」を頼りにすれば、自分で見分けはつきますよ

光が見えた、声が聞こえた、天使がいる、など、「愛の感触」がわからなかったら、まとめて無視しちゃってください

ガツガツと神秘体験を求める人は、まあ、このへんがね、正気を失ってるよ
単純に言って、ほとんどの人が見えない聞こえないものが見える聞こえるのは、病気ですからね
心に不安感があるのなら、お医者さんに行かなきゃならないよ

で、「愛の感触」があれば喜びがありますからね
これで、見分けてね




「占い」や「ヒーリング」など

確信もって良心的にやってる人が多いけど、見えない事・聞こえない事でやってるんだから、結果で勝負するしかないのよ

いろいろ講釈の多いのは感心せんね
驚かすことになるからね
良心的にやってるようで、先ず、脅しから入る奴が多いんであきれるよ

医療行為は最近は説明責任って重要視されるけど
占いとヒーリングは結果ですよ

講釈の多い奴には悪意を感じるね

何度も書いてるけど
ちゃんとヒーリングできるってことは
カルマの付け替え
マッチポンプで、病気にしておいてそれを治す
など、ふつうに出来る人達ですからね
(その位のこともわからないヒーラーは、プロはやめたほうがいいね)
ま、人柄が大事ですね

そうそう、ヒーリングしてる時の目が怖い人
結構あるよ
有名な人でもね

目元見るのも、見分けるコツかもね



「レイキ」は、僕は人には勧めません

細かく区切って金を取るシステムを作っていること
エネルギー自体に定価を設定する考え方
商売上手ですが、見えないものですから、金儲けの為の嘘が平気でまかり通ることになりやすいです


伝授が独り善がりで錯綜してること
セクトの囲い込み
悪いけど、伝授がなくてもエネルギーは感じられます
決まったセレモニーが必要というのは、初心者向きの考え方ではないでしょうか
これだけ錯綜した伝授も珍しいというか、伝授の名を借りた権威の集中ではないかい
サナートクメラが笑ってるぜ


霊的存在を無視してること
お考えはどうであれ、こういうことはなんらかの霊的な守護が必ずありますが、感謝したほうがいいですね
西洋的文化の文脈で言えば、実体は「悪魔との取引」と一緒ですよ
エネルギーがどこからくるかもわからず、受け入れを宣言するんですからね


宗教ではないと、かなり、こだわること
身体感覚だけを拠り所にしてると、道徳観、慈悲、愛といった価値観から逸脱しやすくなり、人間的に脱線しますよ
愛というのは、自己犠牲ですからね、そんな根性あるのかな


歴史が浅いので、本当のところ、エネルギーが、この先どう作用するか不透明なこと
実際やってる人の間でも、長続きした人の例は少ないのです
不特定多数への施術を御自分で人体実験なさるんなら、やめたほうがいい、と言っておきます
2年くらいは問題が起きませんが、体調不良になったら、もらった業が出てきますよ
ヒーリングはどうしても人の業をもらうからね


などなど

ま、おやりになるのを妨げませんが、カンカチにならないことです


おっと、僕に向けた念はそのままあなたに返りますから、いい念を向けてくださいね

Meditation of JIHI

菩毘に密教とはなにかと聞かれて、はたと困った

ZENでもないし、namuamidabutsuでもない
Meditationといえばそうだが、それだけでもない
buddhist practiceなんちゃったら、誤解されそうだし

esoteric buddhismなんて言っても、わからんのよ、一般人は
これは、学術用語ですからね
大学でこんな言葉習ったって一般社会じゃ通じないよ

山川先生は仏教のスーフィーだと言えばわかるかもと言ってました
(かえってややこしそうだが 汗)



ふーむ


buddhist yoga

いろんな 仏 と 人 を つなぐ と





「やってみたい」のだそうですけど

どうしますかね

・・・そういえば、高野山にいたときは、加行監督で、大学生なんかに教えてたんだけど
いやー、忘れてた、人に教えてたんだよなー、若い子に・・・僕も若かったか・・・


初心忘れるべからず、ですね
それで、菩毘に説明してみることにしました

英悟で説明してわかるかどうか(汗)



先ずMeditation物語り(単語をつなげた英語くらいはできるのです)
慈悲の瞑想

仏さんは根源とつながっている

慈悲によって、つながっている

慈悲とは、愛ある智慧、智慧ある愛

あなたの真心と仏さんが、つながる

目の前の仏像とあなたは、この世界にいる

仏像の根源は因果を越えたところにある

あなたは慈悲によって根源とつながる

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How to
かすかに微笑む(モナリザのように)

息を吸うとき 慈悲(love and wisedom)が体にはいる ありったけのイメージで思う

息を吐くとき 感謝しながら吐く
何も求めず、感謝を返す

あなたの中に元々ある、すばらしい心が、仏の慈悲に洗われて、輝く

自分が自分に目覚める それを「悟り」という

リラックスして

1分でも3分でも5分でも、15分,30分でもいいからやる

どこでもできる

疲れたらやめる がんばる必要はない

いつでもできる

Easy and Simple

結局、菩毘はこの瞑想をお堂で2時間近く一人でしました

感心したけど、変わったやっちゃ

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