ゲイの女性化修行

私はゲイです。男の人しか愛することが出来ない。パパが私を女性化したがってます。でもパパが好きだからがんばっちゃいます。

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母は後妻

私は小学校5年生のころに、母が後妻であることを知りました。父は前の奥さんと死別して、姉たち二人がまだ幼かったこともあり、母を後妻として迎えたそうです。最初のころは父の両親とも同居でした。上二人が女の子ですので、末っ子の男の子である私は、おじいさんに特に可愛がられました。父にはそう可愛がってもらった記憶がありません。仕事が忙しかったということもあるのでしょう。父に遊んでもらった記憶がほとんどありません。長女とは8歳、次女とは6歳離れていました。姉たちと、また姉たちの友達の女の子と一緒にままごと遊びやいろんな遊びをよくしました。おじいさんが時々私だけを連れ出して、公園でキャッチボールをしたりしてくれました。女の子のような遊びばかりしていてはいけないというのがおじいさんの口癖でした。近所に同年代の男の子がいませんでしたから、おじいさんの努力もむなしかったのかなと今は思いますね。おおきくなっても私が男らしくならなかったのはこういうことも原因かと思います。

私は、3人姉弟の末っ子です。上に姉が3人、着るものはよく姉のお下がりを着せられていました。赤だとかピンクのブラウスやセーター、さすがに下はスカートというわけでなかったけれど、小学校に入ってからもこれが続きました。友達に女みたいだと、よくからかわれて。家に帰って母に男の子らしい服着たいというと、「可愛いからいいじゃない。」といわれました。なんとなく可愛いといわれたことがうれしくて、「じゃあ、こういうのでいいからたまに新しいのを買ってよ。」というと、なんと母は、あるときピンクのワンピース買ってきました。「あなたが女の子に生まれてくればよかったのにね。」といわれて、そのときは意味があまりわからなかったけれど、今思えば姉たちは父親似で、私が母親似だったからかもしれません。そのワンピースやその後買ってもらった新しい上着やスカート。それを着せて車で母がいろんなところに連れて行ってくれたこと思い出します。そのとき私は女の子として振舞っていたようです。小学校の低学年のころのことですが不思議な思い出です。

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