道標のない旅

東京を離れて田舎暮らし、ひとり呟く

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粉雪舞う蓬莱橋から
冬鳥達のドラマを垣間見た

新春早々、粉雪が降りしきる蓬莱橋を一人で渡った。ふと川岸を眺めると、岩場でじっと川面を睨み続ける一羽の白鷺を見つけた。寒さに震えることもなく、ひたすら獲物が現われるのを待っていた。数分間も身動き一つしなかった。今も、虚空な白鷺の姿が脳裏に蘇る。橋脚の近くではニ羽の白鳥が長い首を何度となく水中に突き刺していた。白鷺も白鳥も厳しい環境下で、必死に獲物を捕まえ、命の営みを保とうと一生懸命だった。数分間、冬鳥達の姿を目の当たりにし、思わず目頭が熱くなった。春までにはまだ長い時間が横たわっている。
誰に頼るでもなく、生物は自分の命を繋ぎ、そして子孫を残そうとする。途中、北風が強まりも雪も横殴りとなった。すると白鳥が蓬莱橋上空へと舞いあがった。私は雪の中に消えゆく白鳥を見送って、再び、バス停へと急いだ。普段は何気なく通りすぎる景色の中に、冬鳥達の逞しさをあらためて痛感した夕暮れ時だった。

「春の粉雪舞う中で、新たな桜との出逢い」

松尾芭蕉は奉公した頃のことなどを思って「さまざまの 事おもひ出す 桜哉 」と詠んだという。自分の苦労した修業時代を桜に重ね合わせた松尾芭蕉らしい一句である。そんな折、福島市が貴重な桜の品種である「モニワザクラ苗木」を配布するという募集を見た。早速、私は応募し、その結果を首を長くして待ちわびた。幸運にも応募者全員にモニワザクラの苗木が配布されることになった。今月上旬、春の粉雪が舞う四季の里内で、待望のモニワザクラの苗木を手にすることができた。今回の福島市のご好意には心より感謝する次第である。家に帰宅すると、いち早く花が咲くことを期待し、モニワザクラを畑中央に定植した。足踏みした春の影響で、桜の蕾はまだ堅いままだ。けれども、数年後、白い花びらが最後にはピンクに染まるモニワザクラの姿を思い浮かべては胸が踊るばかりだ。時代が変わろうとも、人々の桜に対する思いは変わらぬ、と、私は松尾芭蕉の一句をあらためて心の中で読み上げた。

誰もが貧困を脱け出し、幸福という「青い鳥」を追い求める権利がある

今、市民は忍び寄る「貧困」に恐れを抱きつつ、もがき苦しみながら日々の生活をやり過ごしている。言うならば「貧困とは出口の見えない森である。一度、人が、その森に迷い込むと出口を見つけることは容易ではない。また迷い込んだ人に手を差し伸べる人すら見当たらない。人は森に迷い込んだまま未来を諦めてしまう.」。つまり、貧困とは単に経済的な困窮を意味するだけではない。時には人の精神状態を不安定にしたり、また自暴自棄にしたりする。そして貧困は人から夢や希望も奪ってしまう.。もはや個人の力では貧困から抜け出すことが困難な人々が年々増加している。
確かに、貧困という言葉は使いたくない。しかし、貧困をなくす努力を怠れば社会はますます脆弱化する。その意味では、早急に貧困に苦しむ人々を救済する社会的セーフティーネットの構築を求められているのではないだろうか?誰にでも貧困を脱け出し、幸福という「青い鳥」を追い求める権利はあると思う。

by手嶋純

最近の原油高騰により、ガソリン、灯油から食料品に到るまでの価格が上昇し、消費者の生活を逼迫させている。特に、エタノールなどのバイオ燃料に注目が集まったため、その原材料であるトウモロコシやサトウキビの食料市場の投機的な動きが顕著だ。それらの投機的な動きを察知した生産国や商社などが食料としてよりもエネルギー資源として生産・供給する姿勢を強めた。
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確かに、エタノールなどはバイオ燃料の貴重な資源だ。そして原材料のトウモロコシやサトウキビは大量生産が可能な農作物でもある。しかし、バイオ燃料にばかり人々の注目が集まり、そもそもの食料としての価値を軽視するような風潮も強まっている。バイオ燃料は地球温暖化対策の有効な資源である。
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しかし、人々の生命を支える貴重な食料が投機的に扱われるのは本末転倒ではないだろうか? またトウモロコシやサトウキビを大量生産するために貴重な熱帯雨林が伐採されている、と報道されてもいる。今こそ、世界的に食糧需給とエネルギーの生産・消費のバランスを考慮した有効な対策が望まれる。

by手嶋純

東京消防庁は来月から、救急隊員が現場で救急搬送の必要のない患者を選別する「トリアージ(患者の選択)」制度を試験的に試みるという。確かに、社会の高齢化もあり、搬送の遅れが患者に重大な結果を招くケースが増えている。そのため、軽度の患者や救急車をタクシー代わりにしようとする通報者には民間搬送の利用を求めよう、それが新たな制度の主旨のようだ。ある医療関係者はトリアージについて「現場で救急隊が判断する、というのも責任が重いのではないか」と懸念を示す。つまり、実際には、病院に患者が来て検査をしないと重症度の判定をできない、それが実態ではないだろうか。超高齢者社会を迎え、緊急医療は大きな過度期を迎えいている。確かに、軽度な症状で救急車を呼ぶのは慎まなければいけない。しかし、交通手段が乏しい市町村では、患者の容態が悪化した場合、救急車が最後の切り札となる。最近は、市町村でも、高齢者の一人暮しが年々増えている。深夜に患者の具合が悪くなった場合、救急車に救いを求めることも事実である。それらを考慮し、救急車の有効な利用方法を見出して欲しいと願う。

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