Peaceful Castle

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『聲の形』

同名の漫画を原作とした映画です。

映画館で視聴しました。


原作の方は、話題になったときに1巻だけ読みました。

主人公の小学生時代の話ですが、非常に内容が濃く、面白かったのを覚えています。

映画では最初の20分から30分ぐらいに相当しますが、やはりこの辺りが面白さとしてはピークでした。

しかしその後のシーンも十分に面白く、かつ考えさせられる内容でした。

話題の『君の名は。』も先日映画館で見て、全編通したときの面白さはそちらの方が上だったと思います。

『聲の形』は上映時間が長く、途中少し中だるみもありましたが、『君の名は。』は最後までまったく退屈せずに見ることができました。

しかし、あまりテーマ性がないので、「面白かった」とか「三葉ちゃん可愛かった」ぐらいしか感想がありません。

一方『聲の形』は、色々と考えるところがあるのでここで書いてみます。


先ず、小学生時代、石田母が西宮母に謝罪しに行く場面で、石田母の耳からピアスがなくなって出血していたのが気になりました。

原作を読んだときは気づきませんでしたが、この描写は原作にもあるようです。

そして、私も疑問に思ったのですが、これは

①石田母が自ら謝罪の意味を込めてピアスを引きちぎったのか

②西宮母が復讐のためにピアスを引きちぎったのか

議論があるところのようです。

作者のインタビューによると、

「将也が気づいていないことは取りあげない」

「読者の方にいろいろと想像してもらえれば、と思います」


とのことなので、正解はなく読者の解釈に委ねられています。

個人的には、上記の①②の折衷案のような感じで、「西宮母が石田母の同意を得て引きちぎった」ような印象を受けました。

石田母が最初から、自分の耳を傷つけて詫びを入れるというような、極道的なけじめのつけ方で事態を丸く収めようとしていたとは考えにくいです。

西宮母としても、最初から暴力的な手段で復讐してやろうと思っていたのではないでしょう。

少し前に2人が口論しているシーンがありましたが、

西宮母「お金だけで解決できると思っているのか」

石田母「思っていない。どんな罰でも受ける」

みたいなやり取りがあって、お互いに引っ込みがつかなくなったのではないかと推測されます。


どちらにせよ、個人的な道徳観に基づけば、この場面で第一に罰を受けるべきは石田母ではなく、将也本人だと思います。

将也本人の耳を傷つけるのさえ構わないと思いますし、せめて自分の行為で傷ついた母親の姿をはっきりと認識させるべきです。

少年法さえなければ、将也が硝子にした行為は、強盗致傷として警察沙汰にすべき内容だと思います。


あと、気になったのは、将也以外のいじめ加害者である、植野と川井の心境です。

植野は自分が加害者であることをはっきりと認めていますが、川井は消極的だった分、関与を否定しています。

そして多くの視聴者にとって、川井の方が道徳的に強い非難に値すると考えられている気がします。

自覚のない加害者がいちばん始末に負えないからでしょう。

ただ、実際に自分のクラスでいじめが起こった場合、川井に似たポジションでやり過ごすという人が大半を占めるのではないでしょうか。

植野のように積極的にいじめに加担する人も、佐原のように止めようとする人も、数の上では少数派であるように思います。

私は幸いにもいじめとは無縁のクラスにいましたが、もしいじめが起こった場合、確率的にも性格的にも川井のような自称傍観者、実質加害者のような位置に収まるような気がします。

川井に対する嫌悪感は、少なからずそうした自己分析に基づくところから生じているのではないかと思いました。


最後に、植野については、観覧車の中で硝子に対して小学校時代のいじめを釈明する場面が印象的でした。

①硝子という異質な存在の転入によって、それまでのクラスの平穏が壊されてしまった

②植野は硝子のことを理解しようとしなかったが、硝子の方でも植野をはじめとしたクラスメイトを理解しようとしていなかった

というのが主な内容です。

その場面を見た瞬間は、「加害者のくせに被害者面するな」とも思いましたが、後からよくよく考えると、そんなに単純ではないとも思えます。


いじめを大きく2つに分けると、暴力をふるう積極的なものと、関わりを避けて無視をするという消極的なものがあります。

前者は将也が硝子に対して行っていたもので、当然許されるものではありませんが、植野がしていたのはどちらかといえば後者の消極的なものです。

そしてその理由について、植野は硝子が空気を読まず、自分やクラスの皆の負担になっていたことを挙げます。

ここで疑問に思いますが、小学生はクラスの全員と仲良くしなければならないのでしょうか。

進学していくにつれて、また社会人になれば、合わない人間とは関わらなくてもよくなります。

小学生にもコミュニティがあり、そのコミュニティにだれを入れてだれを入れないかを選ぶ権利は、当然あるはずです。

また、無視はよくないと道徳的には考えられますが、一方で「こいつとは関わり合いたくない」と思う自由もあるでしょう。

子どもは学校を選べませんし、クラスも選べません。

その狭い範囲の中で、せめて自分が関わるコミュニティの範囲ぐらい、決める自由があってよいのではないかと思います。

特にこの作中の例では、硝子という異質な存在が転入してきたことは、植野たちクラスメイトにとってまったく管理不能な事態でした。

もし自分の子どもがあのクラスにいたら、願わくば佐原のような優しい子であってほしいという親も中にはいるかもしれません。

しかしそれが原因で今度は子ども自身が傷つけられ、不登校になってしまうぐらいなら、川井や名前すら紹介されない第三者であってほしいと願う親が多数を占めるのではないでしょうか。

そして、将也のように積極的に危害を加える子どもは弁明の余地もありませんが、もし自分の子どもが植野のような消極的な「いじめ」の中心にいた場合、まったく弁明の余地はないでしょうか。

多様性教育の目標は、硝子の転校という最悪の結果からもわかるように失敗に終わってしまいましたが、その責任を特定の生徒に押しつけるのは酷だと考えます。

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ちひろ
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