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すみません すみません・・・
もう報告がいつも溜まってしまっていて・・・
このところの支援活動に関して、近日中に、まとめて報告をアップいたします。。。が、
とりあえず、今日の活動を
午前中 米沢で行われている福島からの避難ママさん達との交流会のお茶会に、代表大谷が参加。
ママ達は、母子だけの生活に疲れています。
ここでの情報共有や、同じ年代の子を持つママ同士のおしゃべり、地元の人との交流が、たのしいひと時に。
お子さんから目を離しても、続き間の和室ではお子さんと遊んでくださる託児スタッフがいるので、
少し気を抜いて、おしゃべりに専念することができます。
先週は、私はお子さんと遊ぶ係をさせていただきました。
3歳の女の子から「お姉ちゃん〜」と呼んでいただきました(笑)
午後は、支援者さんとの打ち合わせのため、電話会議。
この手の打ち合わせや、相談等は、代表も私志村も随時行なっています。
19時からは支援者の集いに、代表参加。
山形では、隣県の県外被災地支援に関してと、山形県内の避難者さんに対する支援に関しての両方の議題があり、時間を分けて話し合いを進めていきます。
問題ばかりが山積みですが、問題を共有しあい、話し合いを続けていくことで、
それそれの活動者との信頼と連携プレーが生まれ、今後のよりよい活動へと繋がっていきます。
ここ山形にいると、首都圏及び以南にいてはわからない情報が入ってきます。
被災地はまだ復興を遂げてはおりません。
ボランティアさんがまだまだ必要なところがいっぱいあるのです。
これからでもまだ遅くありません。
ボランティアに行くことをためらっていらっしゃる方がいらしたら、
ぜひ、ご自身の目で、その耳で、肌で、東北の今を感じとりに、足を向けていただけたらと思います。
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日記
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以前、ブログアップしてつもりでおりましたが、
手違いにより、アップできていなかったことを、本日になって気付きました。
お世話になっております皆様方への報告が遅々として進まず、
大変申し訳ございません。
取り急ぎとなりますが、2011年3月から2012年3月末日までの収支をお伝えいたします。
詳細をお知りになりたい方は、個別にご連絡をくださいますよう、お願い申し上げます。
収入の部
助成金 日本財団 2011年 4月18日 \1.000.000−
山形県社会貢献基金 2011年12月16日 \ 150.000−
赤い羽根共同中央募金会 2011年12月 9日 \ 800.000−
借り入れ金・寄付金 \3.824.000−
合計収入金額 \4.974.000−
支出の部
支援物資購入費 輸送費ガソリン代 チラシ作成費 消耗品費 等
(詳細をお知りになりたい方は、直接ご連絡をお願いいたします。)
借り入れ金返済
3月15日総会 決算額 ¥4974.000−
平成24年度への繰越金額 0円
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6月6日 東松島市矢本グリーンタウン仮設住宅
今年3月23日に、集会所が火災により全焼してしまいましたが、
住民のみなさんや、様々な方の協力・支援により、新しい集会所が元気に復活しました。
この仮設は、およそ570世帯の方々が住まわれている大規模仮設住宅。
建築当初、仮設入居者がようやく移り住み始めた当初から、コミュニティー創設支援をさせていただくため、
炊き出しやカフェ・サロンなどを開催してきました。
今回ももちろん、TOHOKU ALL FOR ONE のメンバーと一緒です。
淹れたてのの珈琲 アイスコーヒー
お茶 紅茶 ココア オレンジジュース
アップルジュース
そして、山形のお菓子。
山形のお菓子は話題作りのきっかけにと、
いつもご用意してきてくださる榎森さん(山寺・立石寺 華蔵院の若住職さん)です。
なんと集会所には、電子ピアノと立派なアンプが入っていました。
大谷哲範、本領発揮。急遽、カフェの中でのBGMを生演奏で担当。
お茶飲みは、東北人にとっては、なくてはならない時間だそうです。
山形でもこの時間は大切にするそうで、
お茶は一杯だけで終わらせず、必ず、2杯目を注がなければいけないそうです。
なので、カフェをお手伝いしてお話を伺ったりしている私も、しっかりお茶とあんみつをいただいてまいりました。
以前の集会所よりと広さは同じなのですが、トイレや台所スペースが変わり、窓も増え、使いやすく、明るくなっていました。
仮設入口もお花で美しく彩られていましたよ。
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葉っぱ塾 http://blog.livedoor.jp/happajuku/ を中心に行われている週末保養プログラム。
第二回目の試行が、6月2日・3日に行われました。
上記写真は、森の中で、木が水を吸い上げる音を、聴診器で聞いているところの図です。
静か〜にしていないと、聞こえないものなので、何人の方が聞こえたかは疑問ですが、
それでも、真剣に耳そばだてているこども達。
参加者の大人もスタッフも、みんな真剣に聞いていました。
自然の中に入ると、誰もがピュアなこどもの頃の心に戻っていくものですね。
週末保養プログラムに参加されたご家族は、今回は4家族・14名。
2日の午後1時に集合し、参加者&スタッフの全員で、空気神社に参拝。
空気神社は、Asahi自然観から徒歩で5分くらい上がった場所にあり、
周りは、若緑のブナの葉が美しく茂り、とても心地よいところ。
この日はちょうど、空気神社のおまつりがあり、地元の小学6年生の女の子たちが巫女さんに扮し、
神楽舞を披露してくださいました。
一日目の夕方は、男性陣は、こどもの外遊び隊としてずっと外で一緒に遊び、
女性陣は、参加者の一部のママさんと一緒に、夕ご飯作り。
この夕ご飯を作っている時が、意外と、いろんな話が飛び出すのです。
今回はこの時間の話がきっかけで、お話が止まらない状況になりました。
今回は、宿泊での参加だったのですが、
晩ごはんが終わり、蜜ローソク作りの体験時間の時も、話を聞きたいという参加者さん、スタッフさんがいらっしゃり、ひたすら質問が続き、話しをする。
夜の解散時間後も、再び呼び出しがあり、話す。話す。話す。。。
翌日、昼の解散時間まで、ひたすら質問に答え続け・・・
。。。ずっと公開カウンセリング&講座を行い続けた感じでした。
女性にとって、話をする時間って、ホントに大事なことなのだな〜〜^^と、つくづく感じました。
すごく嬉しかったのは、この時間を通して、関わった方々が、すべての枠を超えて、友達になったこと。
それぞれの方に、それぞれの事情があり、悲しみや辛さがあるのです。
それは、福島から参加した方に限らず、スタッフとして参加された方にも、誰にも。
誰かが自分の痛みを話すと、みんなが真剣にその悩みに対峙する。
そこに、なんらかの気づきの種になるような話を落とすことで、本人が涙を流し、ラクになる。
そこにいた人たちみんなが、一緒になって涙を流し、「よかったね〜!ラクになれたね〜!」と共感する。
気付いた方は、一瞬で表情が明るくなり、やわらかくなります。
それを、周りの人も感じるから、なおさら嬉しくなって、
みんなで、『よかったね〜よかったね〜!!』って、喜び合うのです。
だから、そこにいた人達は、年齢も地域も超えて、本当のお友達になっていく。
心を拓けば、時間等必要なく、友達になることができるんだね
そんなことを感じさせていただけた今回のプログラムでした。
私とは別の場にて、フィールドワークをしていた男性陣は、
どんな時間を過ごしていたのかというと、詳しくはわかりませんが、
参加しているこども達&お父さん方とすっかり仲良しになっていたので、
外遊びを通して、きっと素敵な時間を過ごしたいたのだと思います。
二日目には、ネイリストの寺西裕美さんが参加され、
3名の女性のハンドマッサージとネイルを行なってくださいました。
女性はやはり美しくなることの好き
あっという間の一泊二日でしたが、天気に恵まれ、
放射線の心配のないところで、のびのびと走り回るこども達の顔がイキイキとして、
何よりも嬉しいことでした。
・・・やっぱりね、お母さん達の中には、「ここの線量はどれくらいなのですか?目で見るまでは信用できない!」とおっしゃっる方もいて、とても神経質になっていることが伝わってくるのです。
そんなお母さん方の表情や声が明るく変わっていく時間。
たったの一泊二日の短い時間であっても、心と体を解放させられる場が存在していることの大切さを
心から感じたのでした。。。
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毎晩1時を過ぎた頃に、携帯にメールが届く。
どれくらいの月日が過ぎたかな。。。もう半年近くになるだろうか。 『やっぱり今夜も眠れないよ。。。
お薬も効かない。
夢を見るのが怖い。
病院の先生のところに行くのもイヤだ。
生きてる私を呪う声が聞こえるの。
今夜もだよ。。。』
こんな内容のメール。
そして、3回、4回と、メールのやりとりをする。
安心した彼女は、どうやら携帯を握りしめたまま眠りに就いているのだろう。
次の日の朝、
『昨夜はごめんね。途中で寝ちゃったみたい(^^ゞ』とメールが入る。
彼女からのメールは、その朝のメールと、夜中の何通かのメールだけ。
日中、彼女はそれでも、仕事に出掛けている。
彼女の心の消えない傷は、飼っていたペットを殺してしまったせい。
もちろん、彼女が殺したわけではない。
津波が、彼女と彼女の命ほどに大事な犬を呑みこみ、
彼女たちの絆を引き離してしまったのだ。
本当は、ペットや犬なんて書いてほしくないだろう。
それくらい、彼女にとっては大事なこどもだった。
私にはその思いがよくわかる。私にも、そのように大切な猫がいたから。。。
誰よりも特別で、誰よりも愛する存在。
彼女は、津波に呑まれ、犬が入っていたキャリーを手放してしまった。
どこを探しても見つからない。
ただ、なぜか、流された家のあった場所に、犬の首輪が残っていたそうだ。
自分のせいだと、嘆き続ける彼女。
頭では、そうじゃないこともわかっている。
でも、心がついていかない。
誰に言っても、理解してもらえない。
「たかが犬のことに・・・生きていることに感謝しなきや」と言われると訴えてきた。
最初に彼女と話をしたのは、9月の終わり頃だったと思う。
学生時代を東京で過ごした彼女は、再び、地元を離れ、東京に向かった。
東京の知人からの紹介で、私のところに連絡が入った。
誰だって、大切な存在を失えば痛みは深く、その悲しみにくれる。
けれど彼女の痛みは、それを超えているように感じた。
まるで、魂の慟哭のように。。。
はじめのうちは、ただただ彼女の話を聴いていた。
彼女が話したいことをすべて話しつ尽くすまで、何度同じ話をしても、ずっとそれを聴き続ける。
話を続け、信頼を築いていけば、相手の心の中に、なにかの変化が生まれる瞬間を見つけることができる。
そのタイミングを見極め、ある時から、毎晩、彼女の心の深い部分に語りかけてきた。
『もし、あなたが反対の立場だったら、あなたは愛する存在に、呪いの言葉を伝えるの?
痛かった、辛かった、怖かった・・・て、ずっと、愛する人を悲しませることを伝え続けるの?』
彼女の言葉を待つ。
「私なら、ずっと見守っているよ・・・って言うし、そう思う。。。。でも・・・」
彼女の言葉から『でも』が消える日まで、とことん付き合う。
とことん付き合って、どれほど経ったかなあ〜〜〜
昨夜、メールが入った。
「夢にね、Tちゃんが出てきた。顔をぺろって舐めてくれた。ありがとうって言ってくれた。
あの子の思いを、私の勝手な思い込みで捻じ曲げたらいけなかった。
大好きだよって、愛してるよって、伝えられた。ちゃんと伝わった。Tちゃんも私を大好きだって言ってくれた。」
そんな内容のメール。
『でも』 が消えた日。
彼女の中に、消えることのない愛が宿っていることを信じているから、続けてこれたこと。
人の中に、輝く光があることを信じているからこそ、続けることができる仕事。
「仕事」 仕える事 と記す。
お金をもらうことだけが仕事というわけじゃないと、私は思っている。 yuri
* 長くなりましたが、自分の気持ちの変化を伝えることは、誰かを救うことになるはずだから、
伝えてほしいとの意向があり、こちらに書かせていただきました。
読んでくださってありがとうございました。
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