|
今夜は、米沢にて、『絆の晩餐』と銘打った会に参加してまいります。
米沢に避難中のママとお子さんを集めての晩餐会です。
一緒にテーブルにつかせていただき、みなさんのお話を伺いながら、
こころがほんわりと安らぐような時間を提供させていただけたらと思っています。
代表の大谷は、今夜は、晩餐会のバックで静かにやさしく流れる音楽を
生演奏でお届けするつもりのようです。
個別セッションの他にも、このような場に赴いての活動が増えています。
わたし達にできることは、ほんの小さなことかもしれませんが、
人と人とのふれあいを大事に、ご縁を紡いでいきたいと願っています。
夕方前には出発。
そろそろ、支度を始めます。
|
日記
[ リスト | 詳細 ]
|
今朝のNHKのあさイチで、『被災地の家族は今』というテーマの放送がされていました。
全国放送であるこの番組を観ていらっしゃる方はどれだけいらっしゃるでしょう。
『痛みはやわらぐことはあっても、消えることはありません』
そんな言葉を、何度も耳にしました。
同じような体験をした人同士が集まり、自分の話を語り、お互いの痛みを知ることで痛みがやわらいだという方もいらっしゃれば、
どんなに同じような体験であっても、同じではないと、痛みの比較を行ってしまう方もいらっしゃいます。
10人いれば、10通りの人生があり、10通りの考えがあるでしょう。
だから、たしかにみんなが同じようにとはいかないかもしれない。
けれど、違い探しを続ければ、そこに新たな痛みが生まれてしまうことが、
往々にしてあるのですよね。
時の流れの中で風化していくことを懸念するあまり、
そこに気持ちを留めておくことで、心の傷を深めていくこともあるのです。
痛みが消えることはなくても、やわらいでいくことがあるならば、
それでもいいように思う私です。
いづれ、痛みへの確執は緩やかに消えていのかもしれないから・・・。
先週、3.11の津波で、共に逃げていた親友を亡くしてしまった
ある女の子(Mちゃん)と、たくさんたくさん話をしました。
彼女は、親友が亡くなったのは自分のせいだと思い込み、自分を責め続け、
PTSDによるパニック障害とうつ等で心を病んでしまっていました。
家を出たきり帰って来ず、携帯にも連絡がつかないという親御さんのSOSがあった深夜11時過ぎから一晩経った早朝、彼女から私の方に連絡がありました。
泣きながらの電話でした。
一人きりでいるのかと思っていましたが、隣には、転居した先で出来た新しい友人が傍にずっと寄り添っていてくれました。
話を聴いていくうちに、実は、彼女の心の痛みは、親友を死なせてしまった自責の念だけでないことがわかりました。
新たに出会った素敵な友人との関係が深まることにより、亡くしてしまった親友への
申し訳なさとともに、親友は私のことを恨んでいるのではないか・・・という勝手な妄想に取り憑かれていたのです。
それが、大きな心の負担になっていることがわかりました。
「亡くなった親友さんのお名前は?どんなことが好きだったの?部活は?など、
大好きだった友達はどんな人だったのか、もう一度、彼女自身が優しい気持ちで、正しく親友のことを思い出すことができるようアプローチしながら、じっと彼女の話を聴いていました。
彼女はゆっくりと、その親友の話をしてくれました。
バレー部で頑張っていたこと。
明るくて活発で、正義感が強く、人情味が厚くて、涙もろいこと。
アニメでもドラマでも、すぐに泣いちゃう人だったこと。
自分のことより、仲間のことを気遣える人だったこと。
彼女自身が、親友のことを話していくうちに、ちょっとずつ何かに気付いていくのです。
そう、親友は、人を恨んだりする人じゃなかったことを・・・
「○○ちゃんは、あなたのことが好きだった?」と質問したら、
彼女は即答しました「はい。」と。
「そうなんだね。そんなに素敵であなたのことを好きな人が、今は、この世から離れて光の世界に生きているんだ。彼女は、あなたに何を伝えたいって思うだろうね?」
もう答えは自分の中で出ていたのでしょう。
その質問に、彼女は大泣きという形で答えを返してくださいました。
寄り添い続けてくれていた新しいお友達ともお話をしました。
彼女は言ったのです。
「私が、Mちゃんと知り合えたのは、もしかしたら、その親友さんのお力添えなんじゃないかと思うんです。だから、ここにはきっと、三人の友情が集まっているはず。」と。
なんて素敵な女性でしょう☆彡
その彼女にも、Mちゃんと出逢うまでに、辛い経験や悲しい出来事があったようでした。
どんな人の人生にも様々なドラマがあります。
自分の囲いに囚われ、殻の中に居続けることで、自分自身を狭め苦しめていき、
いずれは、自分が大切と思っている人までを巻き込んで、不幸の連鎖を生み出してしまう。
不幸の連鎖を断ち切るためには、まず、自分自身を許すこと、そして、過去と和解していくための一歩を踏み出していくことなのだと強く思うのです。
|
|
いつになっても、問題は次から次へと溢れてくる。
震災初期から、今後起こるであろうメンタルトラブルや、
世の中に蔓延する可能性のある問題に関して、
警告と同時に、対処の仕方を支援者の方々に伝えつつ、
心に痛みを抱えてしまった方々に寄り添い、向き合ってきた。
メンタルトラブルはこういう形で起こるであろうと、具体的な話もしてきたので、
理解に至る人たちもいたけれど、右から左へと通り抜けていった人たちもいただろう。
頭ではわかっていたものの、本当の理解にまで至っていなかった人もいたはず。
わかっていなかった人の中には、いつしか自分もその轍にはまり、
誰かを攻撃したり、人と人の和を壊したりしながら、さらに自分をも追い込んでいくのだ。
まるで感染症のように、心の病が飛び火して広がっていく様を感じている。
一体どうなってしまったものか・・・
どこかが壊れてしまっている世界を、日々感じながら、
それでも、いつか和合へと向かう未来が来ることを信じて、
今、できることを、ただ淡々とやり続けていくことだけなのだと思ってもいる。
まだやれていないことがあるし、まだやれることがあるはずだから・・・。
人の心はカンタンに壊れてしまうものだけれど、
ほんの少しのきっかけで、大きな気付きに出逢うこともある。
自分の心が変わること・・・それこそが、人生の中の本当の奇跡なんだと思う。
そんな瞬間に、たくさん出会わせていただいてきているからこそ、
人の心の奥底に眠る本物のチカラを、私は信じている。
暗闇の中にあったとしても、そこに必ず光はあるよ
|
|
どんな人にでも 悩みはあり 痛みはあるもの
大人になると忘れてしまうけれど
実は こどもの頃の方が些細なことで傷ついたり、くよくよと悩んだり、
悲しくなったりしていたはず。
私は小さな頃からの記憶がしっかりと残っているタイプだからか、
こども達の小さな胸に抱えた痛みに敏感に反応するみたい。
大人の立場から物事を考えるのではなく、
自分がこどもだった時のことを思い出してみるといいんだよね。
************
親御さんのこども時代の話を聴きながら、隣にちょこんと座っている
小学1年生の男の子の様子に目をやる。
まだこんなに小さいのに、しっかりと背筋を伸ばし、じっと正座を続けている。
時々、「はあ〜」と小さく呟いて背中を丸めると、お母さんがすかさず、
息子さんの背中に手を回す。もちろん、話を続けながら・・・
だから聞いてみたの。
「○子さんも、こどもの頃にずっと正座をして過ごしていたの?」って。
「母が厳しい人だったので・・・」と。
「正座するの好きだった?」と聞いたら、
「嫌いでしたよ〜!しびれちゃうし疲れるし。でも、ちゃんとしないと母が怒るので・・・」とのお答え。
「ということは、息子さんも同じ思いでいるかもしれませんね。自分がやられてイヤなことでも、家族間連鎖、世代間連鎖が起こってしまうものなのですよね。」と私。
・・・・・
おかげさまで、お母さんは息子さんの心の問題がどこから来ていたのかに気付くことができました。
素直なお母さんでよかったです。
避難しているからとか、パパがいないからとか・・・そこに理由を見出して、事を大きくしているのは、ママさんご自身だったりする現状があります。
こどもさんは、ママがそばにいてくれて笑ってくれていて、日常が楽しければ、
そんなには心に翳を落としたりしないもの。
パパとの物理的な距離も、『次に会う楽しみ』へと転じてしまえば、こども達に心に大きな影響を及ぼすことはなかったりもします。
ママが「パパがいないから大変!」とか「パパがいないから可哀想」とか、そんなことばかりに気が向き過ぎて、ついついそんな言葉を口にしてしまうと、
こどもはその思いや言葉を拾って、「そうか、パパがいない自分は可哀想なんだ」と思い込んでしまったりするのです。 気がつけば、人は変わるきっかけを手にすることが出来るもの。
認識しないと人は変わることが難しい。
他の人を変えることは出来ないけれど、自分自身を変えることは出来るものです。
幸せになるためには、まずは自分から幸せの種を見つけ、育む努力をしてみましょう。
人生を楽しむためには、自分の心を豊かにする訓練が必要なのです。
|
|
ブログアップが前後しますが、5月18日に鶴岡社会福祉協議会で行われた
「ひなん女子会」にて、メンタルケアを目的としたお話&ワークをしに行ってきました。
参加者は、山形に避難してきた方ということで、福島からの方と宮城からの方が混じっての会となりました。
それぞれ問題は違っても、今まで暮らしていた故郷を離れて暮らしているということは、変わりませんので、問題の枠を超えての繋がりを持つことの大切さを感じていらしたように思います。
どうしても、まだ起こっていない未来への不安にとらわれてしまうのが人間というものかもしれませんが、先取り不安に襲われてると、『今』というその時間に目を向け、その瞬間を大切にする豊かさを忘れてしまいがちになるものなのです。
そんなお話を交えながら、人として今を生きる上で、どうあると『しあわせ』を感じやすくなるのかなど、ワークを交えながらお話をさせていただきました。
以前、鶴岡で行ったおはなし会の時に参加してくださった方も、また参加してくださっていたり、新しい方との出逢いもあり、良い時間を持たせていただきました。
短い時間でしたが、実りある出会いをいただいたと感じています。
『援助する側、される側という枠を越えた人と人との繋がり』
常に大切にしていきたいと思っています。
|




