伊藤哲司の「日々一歩一歩」

茨城大学で社会心理学を担当している伊藤哲司のページです。日々の生活および研究活動で、見て聞いて身体で感じたことを綴っていきます。

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中国への旅(6)

イメージ 1  今回の旅の実質的な最終日、2008年5月12日に派生した四川大地震の被災の中心地、?薙川に行ってみることにしました。昨日までと同じドライバーの運転で、成都から東北方面へ高速道路で進んでいくと、途中までは普通に通行が可能でしたが、途中のトンネルが片方しか使えなくて、午前中は成都から?薙川方面への一方通行になっていました。午後は逆向きになるとのこと。トンネルの出入り口付近がかなり地震で壊れていたりして、すでに地震から5年もたっているのに、傷跡の大きさを感じさせます。
 しかし高速道路を降りて?薙川の街へ入っていくと、そこは素晴らしくきれいで新しいたたずまいが広がっていました。そこはすべて震災後に新たにつくられた街で、もともとの?薙川の街は全壊して普通ではもう入ることができないようです。正確な地理関係が掴めなかったのですが、震災前の街は放棄され、その代わりの街を新設したとのことです。そしてそこは、観光化が意図されてさえいるようでした。このあたりはもともと少数民族の人が多いとのことで、私たちもチャム族の人たちが経営する小ぎれいな新しいレストランで、民族料理の昼食を美味しくいただいたのでした。
 新しい博物館――そこには震災関連の展示もありました――を見学し、街を少し歩いて、手作りの靴などを売っていたお婆さんに話を少し聞くことができました。70歳代のこのお婆さん、震災後にどうしたわけか戸籍を剥奪されて何の政府からの支援も受けられないでいると言います。以前に、そうした不満を新聞記者の前で話したら、名前も一緒に新聞に載って、それでまた嫌がらせの電話がかかってきたのだとか。真偽のほどは確かめられませんが、ありうる話だろうと同行している留学生も思ったようです。事実だとすれば、本当に理不尽な話で、トップダウン社会の歪みであると言うべきなのかと思います。
 そんな?薙川の街から成都にとって返す途中、映秀鎮という地区の●(さんずいに「施」)口中学校に立ち寄りました。地震で大きく倒壊した校舎がそのまま「遺跡」になっていました。校舎と学生寮がほぼ全壊し、亡くなった子どもたちもいるというところが、壊れた姿そのままに見学ができるようになっていました。正面には「2008.5.12」というあの日の日付が書かれ、地震が発生した午後2時28分を指し示す時計のモニュメントがしつらえられていました。校舎をぐるりと囲むように「遊歩道」がしつらえられており、四方から間近に壊れた校舎の様子を見ることができます。
 震災の記憶をこうしたかたちで残そうということについては、理解できないわけではありません。むしろ震災の痕跡を残すことについては、私も基本的に賛成です。ただ、そのすぐ隣には新設されたとてもきれいな街並みや商店が並び、ここがひとつの「観光地」として再開発されつつあることがわかります。?薙川の新しい街もそうですが、震災後に巨額が投じられて、見た目には本当にきれいすぎる街に生まれ変わることの妥当性はどうなのか、その点にはやや首をかしげたくなる感じがないわけではありません。末端まで支援が必ずしも行き届いていない現状を垣間見るに、「文化の違い」だけではすませられないものも感じます。
 その倒壊した中学校の震災遺跡とヨーロッパを間焦らせる街並みの両方を見下ろせる高台に、このあたりでの震災犠牲者の名前が彫られた石碑が続く場所がありました。この死者たちはいま、この街の変貌ぶりを、どんなふうに眺めているのでしょうか。

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いとうてつじ
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