伊藤哲司の「日々一歩一歩」

茨城大学で社会心理学を担当している伊藤哲司のページです。日々の生活および研究活動で、見て聞いて身体で感じたことを綴っていきます。

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台湾の旅(4)

イメージ 1  今回の旅の目的のひとつは、日本語を話す年長者の方たちに会って、過去の話を聞くことです。今日は、留学中の本田さんがすでに足を運んだことがあるという中部の山間地にバスで行ってみることにしました。台中からバスとタクシーに乗り継ぎ、美しい湖の風景が広がる観光地の日月潭と埔里の街を経て、清流部落というところに入りました。そこは台湾の「原住民」であるセデック族が暮らす地域なのでした。「川中島」という日本人がつけた名前もあるその地域には、日本植民地時代に建てられた警察署跡なども残っていました。そして本田さんが以前にも会ったことがある春子さんという日本名(中国名は「黄端香さん」)の年長の女性宅を訪問しました。
 春子さんは、1940年生まれ。かなりしっかりとした日本語を話します。彼女自身は学校教育の中で日本語を習ったわけではなく、お母さんから日本語を教わったのだそうです。漢字はもちろんカタカナも読めるそうですが、ひらがなはわからないとのこと。その春子さんが、子ども時代の話をいろいろと熱心に語ってくれました。
 セデック族といえば、日本植民地時代の日本人支配に対する反乱を起こした霧社事件(1930年)が知られています。春子さんは、その後の生まれですから、もちろん直接その事件のことを知っているわけではなく、両親から後にあれこれ教えてもらったそうです。追いつめられて母親の両親は首つり自殺をしたということも話してくれました。日本人のなかにはずるい人もいたけれどいい人もいて、「山の娘」を嫁にもらい、しかし敗戦で引き上げていくときに妻となった「山の娘」を置いていってしまったとか。父親にはいい日本人の友人もいて、日本の敗戦後に日本に安全に返すために、「山の着物」を着せて日本人であることを隠し、引き揚げ船が出る基隆の港まで送っていったとか、そんな話も春子さんはしてくれました。
 「日本人への恨みはないよ」と語る春子さんは、自分で布を織り、鞄やスカーフなどの民芸品をつくっています。同行した仲根さんらはそれがたいそう気に入り、春子さんが長い時間をかけてつくったのであろうお土産品をいくつも買っていました。嫁入り道具だったという足踏みミシンもまだ使っているとのこと。今となっては骨董品とも言えるミシンが、かつて幼いころの私の家にもあったことを思い出しました。壁に貼られた子ども時代の春子さんの写真は簡素な着物姿で、まるで日本人の子どものよう。自分の母の幼いころの白黒写真を見ているかのようでした。
 霧社事件については、「セデック・バレ」という映画になり日本でも公開されたことを初めて知りました。全体的には対日感情が良好な台湾ですが、やはり日本の植民地時代がもたらした負の部分があるということでしょう。これまでありに無知で、まだまだ知らないことが多すぎるなと、しみじみ思います。日本に戻ったら、その映画をぜひ見てみようと思います。

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いとうてつじ
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