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「オレたちはここに7人家族で暮らしてたんだ。でも原発は、人間関係をバラバラにするんだね」と菅野さん。「怒っているのは楽だけど、前に進まないとダメ」と奥さんも。お二人の話には、3年経ってもまだ何とも落ち着かない気持ちと怒りが込められていて、しかしそこには期待や希望の光もないわけではないように感じました。あの震災と原発事故がなければ、菅野さんともこうして知りあうこともなかったでしょう。しっかりと太い縁があらためてできました。 それにしても雪雪雪……。たどり着くまでも大変でしたが、帰りはもっと大変。東北道が通行止めで、磐越道の小野ICからようやく高速に乗れました。ワイパーとフロントガラスへの着雪による視界の悪さに悩まされ、途中スリップして立ち往生している車も3台見かけました。今日初めて使った新品のタイヤチェーンは、日立市あたりのいくつものトンネルで雪のないところを走ったら、見事に切れてしまいました。それでもどうにか事故もなく帰着。雪道の運転が、ちょっと上手くなった気がします。 片道約6時間と、いつもの倍近くかかりましたが、帰り着いたときには心は満ち足りていました。最後まで嫌な顔せず同行してくれた娘には、「新聞や本でわかることもあるけれど、やっぱり現地に行ってみないとわからないことがあるからな。だからお父さんはこうして足を運ぶんだ」と話しておきました。記憶に残る旅になりました。 菅野さんのところには、これからも幾度も通うことになりそうです。 |

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