伊藤哲司の「日々一歩一歩」

茨城大学で社会心理学を担当している伊藤哲司のページです。日々の生活および研究活動で、見て聞いて身体で感じたことを綴っていきます。

日記

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引っ越しいちおう完了

 ふぅ、やれやれ、バタバタしながらも何とか引っ越しをすませました。まだ車に積んだままの荷物もたくさんありますけどね。引っ越した先のアパートで、初めてシャワーも浴び、今宵は荷物に囲まれるようにして床につきます。終の棲家ではもちろんないけど、しばらくはここで生活します。どうせなら、自分の気に入った空間をつくりたい。水戸での棲みか、22年目にして5カ所目となります。

あいにくの雨だけど

 ……引っ越し作業、続行です。太平洋側広く荒れた天気とのことですが、幸い水戸はそんなに大降りでもありません。小雨になったすきをぬって荷物を運び込んだりして。それにしても本当にいろいろなものを抱え込んでしまっているんだなということを痛感します。できるだけ断捨離の心で、この際本当にすっきりしたい。明日は晴れそう。なんとか完結させます。

これから引っ越し

 わけあって4月から水戸でのアパート暮らしになります。今朝、その鍵を不動産屋で受け取りました。今日から3日かけて、少しずつ荷物を移して新年度に備えます。洗濯機と冷蔵庫、それに電子レンジも、先日購入し、自分の車で運びました。荷物をできるだけ整理して、捨てるべきものは捨てます。心機一転、いいかたちで新年度を迎えたいと思っています。

ベトナムから無事帰国

 娘と息子、両親、それに姉家族4人、全員無事に今朝帰国しました。こんなメンバーでそろってベトナムに行けるなんて、以前は考えてもいませんでした。「大学生になる前にベトナムにもう一度行ってみたい」と呟いた娘の一言が、この旅のきっかけでした。年長の両親の体調次第でもありましたが、どうにか保ってくれました。そのうえ、ハノイ市内やハロン湾の観光だけでなく、私が関わる研究所を見てもらったりすることもできました。思春期の息子は「お父さんって、そんなに偉かったんだ」と呟きました。たくさんの友人たちにも再会しました。娘を始め、みなそれぞれ楽しんでくれたと思います。それができたなら、少しは親孝行にもなったかなと。長旅ではないけど、「引率」はそれなりに疲れました。でも心地より疲れです。
イメージ 1  今回のハノイ滞在の最終日、両親と姉家族は別行動をとり、私は娘と息子を連れて、かつて住んでいた路地へと向かいました。1998年5月から1999年2月までの10ヶ月間、私はそこに住んでいました。娘と当時の妻も、6月から一緒でした。
 当時2歳だった娘も9ヶ月ハノイに住み、ベトナムの保育園にも通いました。まもなくベトナム語も子どもなりに話すようになり、ホーおじさんの歌をうたって踊るようになりました。そして3歳になって帰国をしたのでした。娘は多くのハノイの友人たちに愛され、可愛がられました。帰国後に著した『ハノイの路地のエスノグラフィー:関わりながら識る異文化の生活世界』(ナカニシヤ出版)は、その娘の記録でもあります。娘の存在が、私の路地でのフィールドワークを豊かなものにしてくれました。もっといえば、娘がいなければあの本もなかったかもしれません。
 朝起きて、重たい鉄のシャッターを開けると、斜向かいにメンさんの雑貨屋が見えます。娘は「バック・メン・オーイ!(メンおばさーん!)」と声をあげ、メンさんも「アカネ・オーイ!」と応じてくれるのが常でした。私たちのハノイでの朝は、そんなふうに始まっていたのでした。あれから16年近くの年月がたちましたが、今でもあのときの状況は、ありありと思い浮かべることができます。
 それは私自身がフィールドワーク、ないしは質的研究を行う原点ともなるものでした。なにせそれまで、フィールドワークの方法論は本で読んで知ってはいたものの、本格的に実践に移してみたことはなかったのですから。当時私は34歳で、講師から助教授になりたての頃でした。学生に戻った気分でおこなったベトナム語の語学学校への通学も楽しかったし、ハノイアムステルダム高校の校長に請われて3ヶ月ほどボランティアで日本語授業をしたのも楽しかった。今でもそのときの教え子のひとりとは繋がっています。
 2001年生まれの息子は、もちろんそのときはまだいませんでしたが、私と一緒に幾度かここに来ています。メンさんもきっと、娘と息子との繋がりを特別なものと感じてくれているに違いありません。大学に入る前にここを再び訪ねることができて、娘も満足そうな顔をしていました。
 今日は、東北アジア研究所日本研究センターのランさんらも合流してくれて、一緒に近所のブンチャー(焼肉つけ麺)の店に行きました。店の主人は私のことを何となく覚えてくれているようでした。家の近所のソイ(おこわご飯)屋のおばさんは、もっとよく覚えてくれていて、子どもたちの再訪を喜び、写真を一緒にと話すと、わざわざ髪を結わえ直したほどでした。
 次の機会はいつでしょう。娘や息子は、いつか1人でもここへ来ることになるのかな。帰っていける場所のひとつとして、これからも縁ある人たちとの関係も大事にしていきたいと思います。

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いとうてつじ
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