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小学6年の冬の日 中学入試の願書提出期限を目前に
母が 信じられない事を言い出した
受験校を変更すると 言うのだ
学校見学も済ませ 準備を整えて臨戦態勢だった
張り詰めた感覚が よなよなと緩み その時点で
もう受験を終えたような 気持ちになった
あの日の何か確信を持ったかのような 母の
妙に自信めいた動きに 反論してはみたものの
強靭な盾に 跳ね返されるように 事は進められた
面倒を苦ともせず 担任の先生に 再度
内申書を書いてもらい 健康診断書まで 病院で
書きかえてもらいに 母は 猛進した
まるで 何かに突き動かされたかのように そうして
母は ギリギリで 私の知らない学校に 願書を提出した
合格時よりも 期限に間に合ったことに対する
喜ばしい母の顔を 忘れることができない
中学校入学式を待つ 春の日
幼い妹と母と 神戸電鉄に乗って 祖母のお墓参りに出かけた
そこは 法要が行われる代々のお墓があるお寺とは別で
祖母の生まれ故郷に 祖母だけの単体のお墓があった
大きな墓石の傍らに 遠慮がちに立っていた
少し表面が風化した小さな墓石の
様相が 当時の複雑な状況を 物語っているようで切なかった
祖母の生まれ故郷へ向かったのが この神戸電鉄
新開地 鵯越と景色が一変することに なにか昔話の世界が
広がっているようで車窓に 目が釘付けになった
でもまだその時点では 祖母が 阪神間に数ある
女子中の中で 私と同じ学校に通っていたとは
想像もしなかった
生まれて間も無く実母を失った母は
母親の出身校はおろか 多くを知らされてはいなかったし
お墓参りさえも 表向きには許されてはいなかった
このお墓参りの際 訪れた先の
遠縁のおばあちゃんの 思いがけない一言
「よかったわね おばあちゃまと同じ学校に行くのやね」
思いがけず 事実が 判明した
「えーっ!知ってて 決めたのやなかったの?」
驚愕した おばあちゃんが おもむろに奥の部屋から
はいからさんみたいな髪型に 袴姿の女子学生の
古い1枚の写真を取り出してきて 見せてくれた
「手芸が得意でね マンドリン弾いて そりゃこの土地から
遠い学校へ行ったのだからね 志 高かったはずですよ」
縁とは こういうものなのだろうか
腑に落ちないでいた 進学先に対して
納得できた瞬間だった
神戸電鉄に乗るたびに 会ったことのない祖母を想う
祖母の女学生時代 神戸電鉄はまだ開通していなかったはず
神戸のどこかに 下宿していたのだろうか
でも その頃と この周辺の土地は もしかしたら
あまり景色は 変わっていないのかもしれないなぁ
そんなことを思いながら 祖母の育った地を越え
初めての粟生駅に着いた
神戸電鉄 粟生駅から 初めて乗る 北条鉄道に乗り換え 終点の 北条町まで 鈴虫と共に
小さな命が 放つ
さわやかなサウンドに包まれながらの
心温まる ひととき ローカル線の おもてなし
スズムシ列車は あっという間に
散策スタート合流地へと 導いてくれた
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乗り物
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名古屋までの車窓は あまりに盛りだくさん
何度みても飽きることなく ワクワク
まだまだ発見はないかと Dで構える
歴史を 早回ししているような 面白さと
高速状態での 地形の配置を 感じるのがたまらない
暑いなぁ 省エネかなと思っていたら
空調不良お詫びのアナウンス
さらには トイレが使えない車両もあるとか
経年劣化が 生じてるのかなぁ
あとで気付いたことだけど 選りに選って
もはや主流ではない700系に乗ってしまった
そういえば大阪地下鉄の新車両は
いたるところ すごいポテンシャルを誇る
とにかく この日は 色々あった
予約していた列車が 中国地方の大雨で
10分ほど遅れるとアナウンス 実際には15分遅れ
すでに新大阪以遠発の次発が 先に到着していて
遅れている新大阪発の 当列車の発車を
待つ という複雑な状況にいた
とりあえず先方に 遅れますメール
乗車した直後車内では 外国人客が 電車を乗り間違えたと
乗務員さんが対応に追われていた
どこで何に遭遇するか わからない
いつも ここ天竜川を通過するとき 想う
地殻変動によって 接合された 人が全く
太刀打ちできないスケールの大きさと 神秘
かつて激動の歴史を秘めた地点に 身がピリッとする
ほどなくして 空調が回復したとアナウンス
到着も最終的には3分遅れまで挽回
12分取り戻したことになる
N700に遜色なく よくがんばったものだなぁ さすが新幹線
浜松辺り 熱海辺り スピード感あったけど
285kmのうち いったいどこまで 出ていたのか
そしてどの地点が 回復運転ポイントなのか
ピッチャーの投球速度が 出るように 新幹線も
瞬間最大速度を テロップで出して欲しいなぁ
この2日後 久しぶりに38度の熱に朦朧とした
がんばった700系も 熱にうなされてなければいいけど
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mini鉄旅 TAKETAKEきっぷ 1日乗車券買ってwakuwaku
初めて乗る 阪堺電車
降りてみたくなる駅名 ズラリ 沿線案内図
見えてるのに 地下からしか 到達できない 始発駅 天王寺駅前
線路 道路 住宅が 密接 共存 住吉鳥居前 細いホーム ステージみたい ちょっと緊張 ガタゴト揺らぎ 程よいスピードから流れる街の景色
楽しみながら 終点駅 浜寺駅前
乗り換えるたびに 異なる趣の車両
レトロだったり モダンだったり
景色の見え方も変わってきて いつの間にか遊園地気分 道路に 大きな石灯籠 復路 宿院
利休や 与謝野晶子縁の地 剣先船も 行き来していたのでしょう
大阪市と 堺市を 分かつ大和川
車窓 大和川の向こう 二上山
東天下茶屋 ホームの端っこ
明治時代 大阪馬車鉄道株式会社の跡を記す 石碑
軌道上の客車を 馬に牽かせていたとは ビックリ
馬を操る人は 別当と呼ばれていたのだそう
地域の生活に すっかり溶け込んだ鉄道は
同じ市民権を持つ 生き物みたい |
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車窓の楽しみは 天候に 大きく左右される
快晴の元旦 早々 ドッキリする遭遇 立体的な富士山
雪が 山頂からの 尾根筋の 起伏を明確にし
日光の角度で 陰影も 大きなコントラストを 醸し出す
側火山 宝永山の 窪みが こんなに大きいとは・・
ごっそり 抉られていて 少々ショッキングなシルエット 思わず見入る
全体が黒い夏や 雲がかかっている日には 味わえない感覚
富士山の 南東斜面の様子が 明確に伝わってくる
南海トラフ地震に誘発されたとも言われる 宝永地震
大きな地球の営みの 痕跡
前回 ビルの谷間から 1回しか確認できなかった名古屋城も
なんども確認できることが わかった
街中から 見え隠れする ペパーミントグリーンの天守が
なんだか 可愛らしく思えてくる
夜は 車内の映り込みで 車窓めぐりは 楽しめませんが
清洲城は 夜の方が クッキリ
あまりの忙しさに 怒涛のように 時間が経過した12月
記憶が鮮明なうちに・・と 焦る心を鎮めて
はやくペースを取り戻して また 色んな楽しいことに
向き合いたいものです
今年も 良い年でありますように
どうぞよろしくお願いします
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