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藤井哲子 ART & MUSIC & 奈良
ART&MUSIC 出展告知 奈良まほろばソムリエ活動記

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曾祖母の思い出

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今年は 必然と思いたくなるような 不思議な めぐりあいが多い
今春 作品テーマにした “邂逅” を 実体験し続け 
今なお そのテーマの肉付けをしているような気分です

これまで 曾祖母の出里の 詳細を知る機会は なかった
6〜7才の冬だったと思う 他界した曾祖母と もう少し思い出があってもよかったなぁ・・
ふとそんなことを 思っていたら 突然チャンスが訪れた
曾祖母の出里から 法要のご案内
血縁があるとはいえ それまで会ったことのない遠いご縁の人たちとの 
顔合わせを 楽しみに思う気持ちと 一抹の躊躇の気持ちが入り交じる中 
なにかしら温かな風に 後押しされるかのように 向かった

曾祖母の ハッキリとした思い出は ワンシーンだけ
まだ現役の社長だった祖父の家は いつも多くの人が出入りしていて 活気があって
初孫である私に 丁寧に接してくれる人が 常時いた 
曾祖母は 9人いる子供の末娘の家に滞在している日々も多かったこともあり
何度も 祖父宅には行っていたのに 顔を見ない日も多かった
せっかく曾祖母がいても 従業員のお兄ちゃんや お姉ちゃんに
仕事の合間に遊んでもらえることの方に 興味の矛先が向いてしまって
いまとなっては曾祖母の方を あまり見ていなかったことを 心惜しく思う
そんな初曾孫の私を 曾祖母は きっと遠巻きに見つめていてくれたのだろう・・・

曾祖母は決して とっつきにくいような人ではないのに
自分の方から 歩み寄って話しかけてくるようなことはなく 
その血を引く私も 自分からは 決して寄っては いけなかった
その日も 遊びにいくと 
奥の間から 顔を出して ちょっと離れた位置から 投げかけてくる視線があった

いかにも 着こまれた時間が作る柔らかさと キチッとした印象を併せ持つ和服姿は 
もしかしたら結城紬だったのかなぁ・・・
曲がった腰の上に 後ろで組んだ手を ちょこんと乗せ 90度顔をこちらに向けたポーズ
私の記憶の中の曾祖母は 清々しく身ぎれいだった

その日の曾祖母は 珍しくソワソワしていた
帰り際 曾祖母がトコトコと私のそばに寄ってきて ポチ袋を私の手に 握らせてくれた
普段 あまり現金を子供に持たせる家ではなかったので 
おこづかいをもらうことの喜びが
さほど実感としてなかったこともあり
お正月でもないのに・・・という戸惑いの方が 大きくてきっと
どうして? 今? ひいおばあちゃんが私に?が同居する 複雑な顔したのだと思う
せめてもっと 大喜び顔 できたらよかったのになぁ・・・・・・と思う

だけど確実なのは 曾祖母の思いがけないアクション
近寄ってきてくれたことに驚き ただそれが嬉しかった ということ

でもそのあとで 祖父が『おふくろが お金を要求するようなことなんかないのに
可笑しいなと思ったら こういうことやったんやな・・・ハッキリ言えばもっと渡したのに』
子供心ながら・・・祖父のその言葉 消しゴムで消したい気分だった
それが 数少ない曾祖母の 最後の記憶

ペラペラしゃべることなく バタバタ無駄な動きをするわけでもなく
強さとしなやかさを秘めたような とても静かな人
いまにして思えば・・・まさに 憧れるところの・・・語らなくとも 存在感ある女性

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代々医業を営む 家系で育った 曾祖母の里の 敷居を初めてくぐった
世代を越えて長く家業を継承していくことは 大変なこと
迎えられた素の笑顔は 長い歴史の空白を ひとっ飛びに跳躍させてくれた

誠実に生きてこられた歴史が 滲むお屋敷の中で 厳かに法要が営まれた
こういった血脈の歴史の一端を 曾祖母から直接 聞きたかったものだなぁ・・・
だけど こういう引き合わせ・・・は いかにも 曾祖母らしいといえば らしい

目にみえないところで 脈々と受け継がれてきた 情操 情感 感性の源流

直接 曾祖母から受けることのできなかった 私の中で空洞化していた
長幼の序なる洗礼が ここにきて 突然降り注いできたような気がした
もしかしたら これがあの日の ポチ袋の 本当の中身だったのかなぁ・・

 読経を聞きながら・・・・いまここに生かされている という奇跡
連綿と続く命の営みを 愛おしむ そんな気持ちが次々に 沸き上がってきて
貴重な時間となりました

曾祖母の里が 寄贈に関わったという 工芸美術館を見学
その中の 香道のお道具類の とても繊細に施された装飾が 印象的だった

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近くの海岸公園に建つ像の後ろ姿を 眺めていると
所縁の神社よりもむしろ 多くを語っているよう

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いただいた 老舗のお菓子と 着物をほどいて 手づくりされた袱紗
作り手の こころ・・・が 伝わってくる

No.1360 駆けぬけた季節

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窓枠に 切り取られた   意外に のどかな  風景  
思わず 身を乗り出す   緩やかに連なる稜線   
固定概念の中にある ひがしーにしの  垣根が  取り払われる刹那

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ノスタルジックな 駅舎
都内に こんな場所が あったのだなぁ・・・ゆっくり 散歩してみたいな

時間の流れが   都心とは  別世界
漂う  土地力
いいようのない  懐かしさが  じわじわ 湧き上がる

初夏のような 陽気   かの人の歩調に 季節も合わせたのかなぁ・・・
今年は 季節も勇み足   こんなに早く  歩んでいかれるなんて・・・
わずか4年ほどなのに  たくさんの記憶の断片の花びらが  連動  次々 ひらいていく

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 淡いパステルカラーに埋め尽くされた   しめやかで あたたかな 気
『わたしは やるべきこと やりましたよ  ちょっとお先に  次へあゆみますね 』
そんな  爽やかな声が  笑顔とともに  聞こえてきそう
 もう少し  お話 させて頂きたかったな・・・
おしえて頂きたいことも  たくさんあった
古都散策を 楽しみにされていた・・

投げかけてもらった機会は  必ず  その時に  受けとめなければ・・
肝に 命じながら・・
お別れを  終え  あとにした空間

ぬけるような蒼空 春の陽気が  まるで 何もなかったかのように 包みこむ

自分自身が   あたかも  自然回帰したような  感慨
ただただ・・・今朝も   
見果てぬ前へと・・・あゆむだけ

No1182 久々の母日記

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『 こんなとこに いてたらアカンよ 早く自宅に帰って 元の生活を 』
『 もうすっかり 元気ですね 家で普通に生活された方が 回復につながるのと 違いますか?』
母の お見舞いに来てくださった方々からの 励ましの数々は 本当にありがたい 
 
『 すみれちゃん れんげちゃん なに ぐずぐずしてんの?!』 
そんな声さえ 聞こえてきそうだった・・・・今日この頃
 
母も父も そうした追い風に 実際 元気付けられ 奇跡的に ここまでこれたのは 感謝したい 
だけど  どうも 年を重ねると   そういった励ましの   有難いハズの言葉に 
テンション上がりすぎ    オーバーヒート   想定外のフォローが加わる
はやく はやく・・・・ と 父に急きたてられる 慎重派の娘たちの心情は 板挟み 
とても  複雑なのでした
 
パパのその気持ち 痛いほどわかる だけど
目の当たりにする現実と 平行線をゆく 冷静な判断を下す プロたちの眼
確かに 一見普通に いますぐにでも 元の生活ができそうに見える だけど 
プロたちは 24時間 見ているわけで 多くのデータももとにして下されている判断を
すみれ れんげ姉妹は 見逃すわけには いかなかったし
実際 姉妹の気になっている点とも 一致していた
 
ありがたい 励ましの声 だけど 思わぬ方向に ブレる2人の 心を
どうバランス調整しながら どう前に進めていけばよいか
それが 最近の 抱えていた問題だった
 
急激なペースアップを 気にしながらも これも 2人の生きる力なんだと 理解し 
一泊外泊から 二泊へ 徐々にステップアップをと 思っていた矢先
母の外泊許可申請を 自分でできるようになった父は 一足飛びに三泊を 予約してしまっていた 
ウーン いくらなんでも それはどうなの?・・・・と 言っても もうブレーキは効かない 
赤ちゃんじゃあるまいし 一部始終監視するわけにも いかない
 
一人の介護は 一人だけの問題ではなくて もはや常に2人セットで 考えないといけない 
あくまでも 自立のための支援をと すみれと れんげは 何度も考えを確認しあいながら
干渉しすぎも 窮屈だろうと・・・・・まぁ 2人が 楽しい時間を 過ごせるならと 
祈るような気持ちで 見守っていた
『  言っとくけど  その三日間   私たちは  サポートできないよ  』
『 何も迷惑は かけんよ   ママは元気だし    買い物も  料理もできる 』
『  でも 無理は絶対  禁物よ  』
『    だいじょーぶ  』
 
車移動から 電車 バスへと 徐々に ハードルをクリア
私たちはノータッチと   言いつつも     ほおって置けるハズがない   気になって   
リクエストされていた ホテルでの 食事を予約しようかと 思った矢先
『 頭が クラクラする・・・ 』 と 外泊二泊目を 急遽中断 逆戻りした
 
やっぱり まだ 普通には ほど遠いんだ・・・・・・誰もが 確認した
 
母が 弱ると 一気に 楽天的な父も 弱気に転落するから 困る
心の ちょっとしたバランスが 血気さえも一変させてしまう
そんなんで 仕事現役続行できるのか?!
幸い 意識障害とかはない 急激な血圧上昇と 軽い熱中症だったようだ
 
すみれ&れんげ VS パパとママ  攻防は続く
時に キビシイ事も ハッキリ言う姉妹 でもそれは 場当たり的な 甘い言葉ではなくて
本当に どうしたら 一番 2人が 幸せな時間を過ごせるのかを 考えてのこと
だけど   たとえ  愛ある苦言でも  重なれば    愛する娘の言葉も 鬼の発言に思えるんだろうな・・・
『 私たち  ソンな役回り・・・』時に   気丈な妹の弱音

助けてもらう 助けてあげる 親VS子供 といった スタンスではなくて  
ただただ・・・・・・人として 
自立できることの 幸せ 心の平安を  取り戻す手助けをしたいのだ
だれかが抱えた重いモノを    根本から 救える術なんて   私には持ち合せていない
救いは・・自分自身の心の  あり様ひとつ  のような気がする
だけど  その歩調に    寄り添うこと  心を受け止めること ならできる     
だから それを精一杯   実行したいものだと   妹とスクラム組んで
蛇行しながらも 奔走継続中

追記   決して煩わしい という感覚では  ないのです
          こんなに濃い   両親との時間が 与えられているということ
          妹との   密な 繋がりを  与えられているということ   
          まさに    人生の荒波の中を  共に   生きている気がします
 
写真:見舞ったあと 肉食女子のサガが 思わず湧き上がり 肉店へ
   玄米茶と 葡萄ジュースを一気飲み   熱中症予防
 
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目覚めたのは 6時 新聞をとりに ドアを開けたら 
門扉の内側に 紙袋が・・・・
あっ ご近所の あの方だな・・・・と すぐに察しがついた
先週末 展覧会の案内を ポストインしていた 方だった
 
紙袋の中には 写真の 2種のパンと 梅ジャム
朝早くに 届けてくれたんだなぁ・・・・ 早速 朝食に 頂いた
 
その方とは 不思議なご縁で 展覧会や コンサートには よく来て下さるのだけれど
会場では 挨拶程度で 特にプライベートで ゆっくり2人で会話したこともなく 
生活スタイルも 全く異なってるし 趣味の共通の何かがあるのか ないのかもわからない 
なのに なぜか大勢でいる時に その方が 話された言葉の断片が 残っていて
その時は 私とは 一見接点が なさそうな 言葉の断片が 
時を隔てて 繋がっていく・・・・みたいな 不思議な感覚が いま あるのだ
 
その方は ずっと 以前から 
クーラーは使わない マクロビオテックな食 車には乗らない 自転車か徒歩スタイルを 
貫いておられ その生活スタイルの差に ある種のリスペクトを 抱いていたのかもしれない
 
添えられていた さり気ない一筆箋 
書き慣れた その方の文字のくせに漂う ノスタルジック
おめでとうとか 頑張ってくださいとか そんな言葉は ひとつもないのに
展覧会を 楽しみにしてくれている お祝いの 気持ちが ほんのり
 
朝はやく 手作りしてくれたことが  ことのほか嬉しい
 ジャムと相照らし合わせることを よく考えておられるんだろうな
ハイジが 毎日美味しそうに食べていたパンって     きっとこんな感じなんじゃないのかな
よけいな味のしない シンプルな旨味の パンと
 
ご主人の畑で収穫されたという いかにも健康な土壌で育ったような
とてもクリーンな甘酸っぱさが 上品な梅ジャムの風味に 
凝縮されていて 今日も一日 いい時間が過ごせそうな 予感がしてきた
お心遣いに 感謝
 
 

No1064 母のコイバナ

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いつだったか かつての 法要のお席で 一度 お会いした 父と同年代の男性の
私を追う 愛情にも似た なんともいえない 不思議な視線を 思い出した
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
昨夜 親戚のお通夜に お家代表として でかけた
母の手術と 葬儀が同じ日なので 失礼することを 伝えることが 昨夜のミッション
 
斎場に到着した時には 既にお通夜としての行事は 終了していて 人影なく 斎場スタッフの案内で
ひとりで お参りさせて頂いていたら 
控室で 食事中の 親戚の おにーちゃん(かつて)が はぁはぁ肩で息しながら
『 あーっ やっぱり 哲ちゃんか すぐわかったわぁ モニターに女の人が映ってたから・・・・』
『 ご無沙汰しております・・・』
『 よーきてくれたなーお父さんや やっちゃん(母のこと)は 元気か?』
『 ウーン それがですね・・・母が入院中で 実は 明日手術なんです 』
『 えーーーっ そんな大変な時に 来てくれたん?そーかそーか ありがとう
 遅ならしたらあかんけど みんな食事してるから ちょとだけ 顔出してもらえるかな 
 そうそう 会わせたい人が おるから ちょっと来て・・・ 』
 
大盛りの お寿司が並ぶ 会議室のような控室の ありとあらゆる視線が 一気に こちらへ
 
『 やーよう来てくれたねー 』 しんみりしてるのかと 思ったら 笑顔 笑顔
『 ちょっと 奥まで来て 紹介したい人が いるから 』 案内され 一番奥へ
 
『 ほらほら この人が やっちゃんの娘の 哲ちゃん』
『 こちらはね ◎家の 哲ちゃんって言って 男だけど 同じ字で 哲ちゃん 』 へへへ・・・・
 
なんだか みな 異様に ニコニコ 同じ 哲という名前の 男性とは 初対面で
しかも そこそこのお年なのに なんだか 妙に表情が 少年のようで ハニカミ王子?!
何なん?これって? 妙だな・・・・と 思いつつ
 
『  埼玉に住んではるんやけどね はるばる 来てくれはったんよ 紹介しとくわ 』
『 はじめまして 長女の哲子です 埼玉って お聞きすると・・・・
 去年 埼玉県立美術館に 出展していたので なんだか 身近に感じます』
『 あーーーっ そういえば お噂 いつも聞いていました 絵を描いてるって 確かに聞いてました 
 そうですか・・・・あなたが・・・・』 ニコニコ
私の知らない 遠い親戚の方も 私のこと ご存じだったんだ・・・・と 何かを 引きずりながら 
帰路に・・・付いた時 ふと かつての 母の話が 鮮明に 蘇った
 
母には 幼い頃から 遠縁にイイナズケの男性が いて 
母は 決して その人を 嫌いではなかったし 優しい人だったそうだけれど ある理由があって 
その呪縛から解放されたくて その人との結婚を 拒んだのだと 聞かされたことがあった
それまで 従順な 母が 唯一 親のいうことを 聞かなかった事件だとも 聞いた記憶がある
 
男性は 母が 父と結婚したことを とても 残念に思い 落胆したという
でも その後も ずっと 母を思い続けていた というのは 有名な話で・・・・
 
その後 周りのすすめで 男性も 家庭を持ち 子供に恵まれたという
 
そしてその 生まれた男の子に 想いを 込めた という話
 
『 あなたが 娘に名付けた 哲子ちゃんの 哲を 僕も息子に つけました 』
 
今日の母の手術 成功したら きっと この コイバナ 
脳への いい刺激に なるだろうなぁ・・・・聞かせて やりたいなぁ・・・・
 

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