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ノスタルジー漂う 煉瓦積み
布引水路橋 (砂子橋) 明治33年
6年間 神戸の学校に通学していたのに
雄滝まで登るのは 初めて
至るところに 情景が詠まれた歌碑
先人たちの 言葉を
ひとつひとつ 味わいながら 雄滝へ
今でも営業されている茶屋
でもこの日は お休み
はらはらと 風にたゆとう 白い布のよう
遥か上の方を ハーブ園まで行き交う ロープウェイ
横道には 滝山城跡への道
松永久秀が改修した 造形って
如何程のデザインだったのでしょう
次回 登って見たい場所また 見つかりました
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兵庫walking
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詳細
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一歩足を踏み入れただけで 木に包まれているよう
尾根に沿って ハーブ園行きのロープウェイ
滞在時間 2時間半 充実の展示 解説
西岡棟梁の ノートは 散逸することなく
ここで 保管されてよかったと思います
一部公開されていましたが なんと美しいことでしょう
その緻密さからは 愛を感じます
凄い人のノートは 芸術品ですね
法隆寺や 薬師寺の修復に 当時の道具まで復元されて
向き合われたとは 精進潔斎のような覚悟が感じられます
薬師寺西塔への印象が 変わると思います
熱い人には 魅了されます
左官の久住さんの 熱意は こちらに
天日の風雨の影響も 空調の影響受ける室内も
どちらも 崩れない 気の遠くなる手作業 版築壁
板を使って 一段ずつ作り上げるなんて
木は いいなぁ
凄い仕事を目の当たりに 打ちのめされましたが
聖なるモノを 見たような気持ちに
コーヒーとシフォンケーキ
お茶しながら おさらいタイム |
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どっしりとした走り 近江鉄道とも似た 神戸電鉄の走り
昔の名残と 新興住宅地が 入れ替わり立ち代わり
兵庫県中部へと 低山分け入ってゆく
義経の奇襲を想像膨らませながら 鵯越を過ぎ
無人駅 木津駅(兵庫県)下車
明石川に沿って 1キロほど歩くと
クッキリとコントラスト描く 地層がむき出しの
木津フレクシャーとよばれる断層に 到達
丸い石と砂混じりの赤い層と
緑帯びた 硬そうな岩盤層
自然がつくる 模様の大らかなこと
頭上に 史跡 磨崖仏
室町時代に彫られた 六地蔵と 阿弥陀如来
何人もの道行く人の安全を 見つめたことでしょう
磨崖仏の上に 登ってみる
鵯越に出て 一ノ谷で平家を打った 義経が通った道
福原へ 平清盛も 使った交通の要衝
明石川水系 加古川へも リンク
しかしこの広々とした横長の面
描き手にとっては たまらない 自然のキャンバスだなぁ
栄まで電車移動 ランチは 嬉しい ジャズ喫茶
なんだか 学生時代に 戻ったような 気分
かつては パラゴンが鳴っていたというから
マスターすごい!
その音で 聞いてみたかったなぁ
880円でエネルギーチャージ
熱さ感じる ご用意いただいた資料
ジャズ聴きながらの 後半散策 ミーティング |
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シーボルトが スケッチした 日本三奇の
1つといわれる 御神体の浮石
あまりに大きくて 写真で 全貌を語るのは困難
どれほど緻密な計算がなされたのか
匠の勘なのか
このバランスで 屹立していることが 奇跡的
岩盤の表面は 線刻の痕跡なのか 古代人のWordなのか 多彩
膨大なる 石工力
由緒書きには 御祭神の作とある
益田岩船にも感じる共通点 拝殿
大きな岩盤が くり抜かれたことによって
築造されたことが よくわかるアングル
すぐ向こうには 採石場
所属する美術団体に かつて
石切場の風景を 丹念に描き続けておられた画家がおられた 確か この辺りのご出身 ご年配の方だったけれど
お元気にされてるかなぁ
屯鶴峯との違いは
地層の色 鉱脈の香
秦氏 物部氏との 繋がりが興味深い
横たわる 先人たちの勘 パワー
コミュニティバスを 待ちつつ 神社のある頂上を かえりみる
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準備されていたのは 勢至菩薩の衣装
衣装をつけ お面を装着して初めて感じること 多々
小さな穴から 見える範囲の 想像以上の狭さ
その感覚は 自分が 肉体から分離され
魂だけの存在になったかのような 不思議な感覚でした
當麻寺練供養の 大胆な振付 お能の演者
激しいダンスこなす ディズニーランドのキャラクターたちの
鍛錬の積み重ねの 膨大なことを 思い知ったのでした
練供養 回廊の高さ
堂々たる簡素 国宝の本堂 柱の印は何を意味するのか・・
左 釈迦堂 右 羅漢堂
格子越し見える 釈迦 文珠 普賢 釈迦三尊像
四天王像 十六羅漢 安置される天井には 草花の絵
奥の院への 閼伽井橋
心洗われるような 鳥の声 水の音
眼病に効験著しいと言われた 地蔵堂の下から 巌窟を通って
湧き出ていた 仏前に供える清浄水 霊水
すぐそばを 豊富な水量 勢いで流れる 太山寺川
なのに今は 湧き出ていないというのは 寂しい
奥の院エリアの最奥が
先に対岸からの別ルートより拝観した 磨崖仏
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