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藤井哲子 ART & MUSIC & 奈良
ART&MUSIC 出展告知 奈良まほろばソムリエ活動記

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長い間 ずっと気になりながらも 
タイミングがあわず  やっと 
第八番を 観ることができました
第一番公開は 1992年

ひとと自然とのかかわりを 見つめ撮り続けておられる
龍村仁監督の信念が 深い所にまで
浸透する作品でした

映画は 3人のストーリーを 主軸に構成
「樹の精霊に出会う」能楽師 人間国宝の梅若玄祥さん
「樹の精霊の声を聴く」中澤ヴァイオリン製作者 中澤宗幸さん
「心に樹を植える」牡蠣養殖業の畠山重篤さん

冒頭は  私も行った 芸術の神 天河大辨財天社
知っているだけにすーっと引き込まれるように 
観入りました
辨財天社の宝物庫に 600年眠り続ける阿古父尉を
写しとった能面打 見市泰男さんの 
樹に向き合う姿は  まるで神事

ヴァイオリン製作者の 樹への想い
牡蠣養殖を通して 樹の大切さを想う心 
簡単に言葉では 表現できない感覚
映像は そういった部分を よく伝えていました
商業的ではない 難しいテーマを 
地道に積み重ねておられる姿勢 信念
上映style  熱量の大きさ 凄いなと思います

雨も気になり 早足に会場を出たら 同館で
絵画展も開催されているとの表示
なかじまゆたか作品展も鑑賞させていただきました

羊と鋼の森 映画鑑賞記

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調律を 美容室に行った時の感覚と重ねるように
なったのは いつ頃からだろうか
最初は 親の思うまま が 次第にこんな感じがいいな に
絵が その人そのものであるのと同じで
奏でる音も その人そのもの
単にピッチだけの問題ではない
自分色に近付けるための  不可欠の裏方さん

調律の時間 静かに視界に入らない角度で 
じっと 音が微妙に変化していく様を 伺っていた
調律が 終了した時の 音質が
調律師によって 異なることが 不思議だった幼少期
あの頃は 音質のリクエストに沿ってもらえるとは
知らなかった

調律が完了した直後の 試奏は いつもドキドキした
キュッと締まった硬さを 無愛想に感じることもあった
それを 自分に馴染ませていく過程が 面白かった
まさにピアノは 生き物 
そんな ハッキリとカタチにできない感覚を
表現しようとした作品

ちなみに 今の私の演奏アイテム デジタル楽器においては
ピッチが整い過ぎている硬さ 生真面目で乾燥した音に
命を吹き込むこと 輪郭を和らげるための
隠し味 隠し音を 添加することによって
音の自分化に 挑んでいます

写真は 某ピアノ発表会会場
指導者には 指導者の数だけ指導法はあるけれど
生徒さんの完成度の甘さが 自分の尺に合わず
これでいいのだろうか  違和感を拭えなかった

たとえ演奏会ではなく 発表会であっても
アスリートに例えるなら 試合本番
舞台上に滞在する時間は 誰もが主役
その時に ピークをもって来られるよう
照準を合わせる 誘導がもっとできなかったかなぁ
もっと輝かせてあげたい!
想定外のことが 起こった時 どうするかの訓練が
もう少し行き届いていたら
舞台映えする 弾き方にシフトしなきゃ 
日頃のレッスンで もうちょっと 細かく準備すれば
心惹かれる 演奏がいくつも 生まれたのでは 
うずうずしてしまった

ひとりひとりの 紹介コメントも
指導者の 読み合わせ準備も 大事なことで
折角のいいアイデアが 生きていないことが
たまらなく 歯がゆかった 次回を期待したい

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6年前 犬島精錬所跡で 異次元を思わせる 不思議な  解体現場に  遭遇した
不思議の理由は  作業している人たちの雰囲気が
あまりに  自分の中の概念から かけ離れていたのと
解体している建造物が 芸術的だったからだ

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日本の戦後の風景と  アジアっぽい異国の地の香
 ノスタルジックな 光景が 合体したかのような造作が
島の景観に  よく溶け込んでいた
バラックっぽいけど  退廃的ではなく
まるで 饗の後のような 陽の余韻が漂う不思議感

そこでの解体作業  まるで芝居のワンシーンのように
リズムを帯びていて  こんな面白い アートな
解体現場があるんだ・・と  尋ねずにはいられなかった

『これー何か 特別な建物だったのですか』
『劇場です  昨日ここでやってました この屋台村も一部です』
『今日の公演は』
『昨日が最後だったんです 次回は なにも決まってません
僕たち団員が  劇場作りからスタートして公演終わったら
 解体して劇場の資材すべて 釘一本残さず 更地に戻すんです』
『えぇーっ 劇団員さんが 自ら?』
『そうです』
『で どんな作品だったのですか?タイトルは』

『台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき』です

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以来  一度観てみたいと チャンスをうかがってはいたものの
神出鬼没のような 公演活動されていて  見逃してばかり
今回  平城宮跡での公演  しかも
『台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき』がベースにアレンジされた
作品で最終公演だという  これはなんとかして 観たい  ても
気付いた時には既に 遅かりし  無情の 即完売に ため息

しかし  今までの経験上
完売後   当日券で ギリギリ入れた 演目は
音楽 芝居ともに  琴線にふれる  心の核に響くものばかりだった
絶対観れるあては ない  だけど信じて出かけた

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早めに来たのに 当日券ワク 20 を はるかに超える列
さすがに今回は無理かなぁと思いながらも  
心引きつけたのは 維新派スタッフの対応
足を運んできた人々に 丁重な説明  準速な誘導術
本当に 隅々まで よく練られていると思う

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お席の前の空間の 最前列に誘導され座って 鑑賞
野外公演に備えて持参した 山行き goodsが 威力を発揮
怒涛のような インターバルなしの あっという間の2時間の異次元旅

こんな  新しい演劇  表現が あったとは!
いったい 台本どうなってるんだろう
どんな練習されてるんだろう  刺激多々
見せるとか  聞かせるとか  そんな様々な既成概念を 
はるか通り越したところにある   体感
かつて都だった 平城宮跡が その特異な体感を
ロケーションが さらに外へと 果てなく 拡張していた

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異次元の旅から 現世に帰還 見慣れた大極殿も 異なる様相
長いこと ひっこんでた 鳥肌が 久方ぶりに 出現
脚本・構成 松本雄吉  音楽・演奏 内橋和久
この機会が 最終公演だとは 残念な限り

小来栖の長兵衛

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 演目は 岡本綺堂の戯曲  
小栗栖の長兵衛
敗走中の 明智光秀が 伏見区小栗栖で竹槍で刺されたという 
歴史ベース 現代的コメディタッチの 歌舞伎

2年ぶり  香川照之さんの 歌舞伎鑑賞
滑舌達者に さらに磨きがかかり 歌舞伎ならではの
緩急浮き上がるアーティキュレーション
細かな 早いフレーズも 驚くほど  クリア  
元々の演劇達者に   加えて  達者な歌舞伎俳優さんの
側面を観 大きな勇気をいただく体験

 学生時代   教授の言葉が重なる
『譜面通り  早く弾けるだけじゃダメなんだ!
ffも ppも ツブ 揃えて  そして歌う!』
右手と左手  薬指と小指が  
他の指と同じように コントロールできるには
要  アスリート並みの トレーニング

お芝居の世界も 共通していますね
周りの 経験豊かな役者さんたちとの  
セリフのかけ合い  間合い  流れ  リズム
好コンビネーションからは  中車襲名以来の 努力を
周囲が認めた空気も 伝わり 
精進重ねられた過程が 想像させられ  心に響く

幕の向こうから  伝わる香川照之さんの 波動
『生涯かけて精進』
私も  作品がそう語れるように 
心 引き締め
  次に向き合いたいと  誓わずにはいられませんでした

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和ONの   お仲間でもある  大塚彩王さん率いる劇団の公演

2012年3月  『貝の火』公演    2011年10月『つなみ』公演で
共演させて頂いた 劇団スタジオQ本来の公演を  初めて拝見

本来なら  いきなり共演ではなく  先に  互いの仕事を よく理解しあうために
劇団の仕事を知っておきたかったけれど   突然  降りてきた  夢のようなチャンスを
逃す無念は回避したく・・・リスク承知で  信じて いきなり共演  の試みに挑んだ  
なので  順序は逆だったけれど   その分  冷静に鑑賞できた

これが   本来の大塚彩王さんの演出だったのだなぁ・・・
ミュージカル   ファンタジー  伊賀忍者  的要素  巧みな引き出し
役者さんたちの   個性をうまく引き出した   セリフ 掛け合い  パフォーマンス  
采配が  光っていた
それにこたえるように  各キャストが  レスポンス
みえない心の繋がり部分   そこへ至るまでの  小さな時間の積み重ねが   伝わる  
ジャズのインタープレイのような
信頼で結びついた  家族の姿のような 
ビジュアルの華やかさ  パフォーマンスのリズム感  エンターテイメント性も加味しながら
僧侶としての大塚さんの側面が   地下の深いところから   滲み出てくるような脚本

劇中の  雷鳴サウンドに関しては   一考
雷鳴を  自然界の雷として意識せず   心の衝撃として位置付けるなら
私なら・・・・どんな 表現にするか・・・

照明デザインの原案者  8月に他界された  照明デザイナー市川亞夫さんへの
オマージュが   たっぷりと練りこまれた内容で   その熱い意思は
確実に   引き継がれていたのを   感じずにはいられなかった

開演前   客席におられた  市川夫人と   お話することができた

『ジーベック公演のような舞台は   長い間  照明の仕事してきましたが  初めての内容で
   主人も 練り上げられないまま本番を迎えて 体調も悪かったこともあり 残念がっておりました
   あと2〜3回 ご一緒できたらなぁ   もう少しイイ   アイデアが浮かんだだろうに・・・って
   とても残念がっておりました   ずっと演劇専門でしてね  演奏者が出てくるような舞台は
   経験がありませんでしたのでね   もう少し時間が 欲しかったですね』

市川氏から   学ばせてもらったことは  大きい
たった1回の公演だったけれど 最後の最後で ご一緒できたご縁に 感謝したい
命尽きる時まで   前を向いていけるよう  弱い心を  少しでも磨いていけたらと  思う
ありがとうございました

写真;樹齢400年の松

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