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『意外〜ッ』
バス停の表示に 思わず顔を見合わせた
海抜0メートル もしくは 以下と 思っていたからだ
猪名川の右岸に位置する バス停
周囲は 住宅地 東に隣接するは 競馬場
猪名川左岸に 渡ってみる
橋上からは すぐ北の 飛行場へ発着する 機体の大きさが
密集する住宅群の風景に 吸い込まれたり 飛び出たり
まこと不思議なミクスチャー
川面に視点を移すと その高低差から
土手は かなり高く盛られている気がする
なかなか広い 川幅 近くて遠い対岸
弥生時代 ほぼ全期間に及ぶ 大集落跡
暮らしやすい土地だったようだ
田能遺跡資料館には さまざまな地域からの物資が
この集落に 流入したことを記す展示
その中には 奈良宇陀地方からの 辰砂も
昭和40年に発見され 発掘調査後
市民からの保存を訴える声から 保存運動が 全国に波及し
国の史跡に指定
大型の鋳型跡の発見により この地域で
青銅器の製造が 行われていたこと
碧玉の原石も 出土したことから 碧玉の制作も 行われていたという
先進のクリエイターや 高度な技を持つ職人たちの
日々練磨の 様子が 目の前の光景にシンクロする
高床式倉庫にみられる 鼠返し
古代から 生物との共存には 苦心していたのだなぁ
『ホントにこんな所でよかったのかなぁ・・』
『ウン ものスゴく 旅した気持ちになれたから』
キラキラ 童子のような 歴史を重ねた瞳に ホッとした
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史跡
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枚岡展望所から望む 大阪 快晴 でも遠景は霞んでる
空気を孕んで膨張した 電車の音が モクモクと上がってくる
なにかと 目印に便利 あべのハルカス
天保山の橋までが 目視の限界 ここからさらに10分ほど登る
生駒山西方の霊地 神津獄の頂上に設置された一大磐地 元春日
登ってみると
意外な光景 新しく整えられた 伝説の地の様相に 落胆
新しい石碑は読みやすくていいが 何も無い方がよかった・・
神武天皇 御東征の際
国土平定祈願のため 天児屋根大神 比売大神の二神を奉祀
それが 枚岡神社の起源で
後の孝徳天皇時代に 神津獄の霊地から 現在地に移されたと
石碑に記されている
二神が分祀された 春日大社の源泉が
こういう位置にあることが 興味深い
石碑の奥の木立の 隙間からは
生駒山山頂の 鉄塔群が 間近に見える
手が届きそうなのに 一気には到達できない 別尾根
一度下らないと 山頂には 届かない 複雑な山のひだ
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藤原京の聖地 神体山 三輪山山麓に鎮座する 大神神社のすぐ北に
元伊勢と よばれる 桧原神社があるように
平城京における聖地 神体山 御蓋山山麓に鎮座する春日大社にも
元春日とよばれる 神社がありました
枚岡神社の空気感を 味わってみたくなりました
写真は 枚岡神社の斎館
狛犬ではなく 鹿
拝殿
4祭神 本殿
若宮殿
枚岡梅林からの眺望は 大阪平野が一望
雲が厚く 霞んでいたことが生み出す 不思議な光景を目に・・
水墨画のような 都会のビル群が 雲海の上に連なるようで
モノトーンの 神秘的なシルエットに 目が釘付けになりました
「雨振りそうだから・・ここで降りようよ」
「エーッ せっかくフラットなブーツで来たのに 登らないの?」ションボリ
でもさすが 山登りスペシャリスト 的確な判断
帰り路 雨が降りはじめました
ちょっと心残りな 山の中の本宮 だけどイイ光景に出会えて 満足
階段の隅で 直立した 樹木の種子が見送ってくれました |
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地下に埋もれた 古代史の舞台を 掘り起こしていく作業 研究の様子が
専門家でなくても 興味を持って
見学することができる工夫が 随所に 凝らされていて
開かれた大学の 懐の深さが 感じられる
映画でも メイキング映像を 観ると
より一層 作品本体への 関心が深まるのと似ていて
展示を見たことで 今まで 空覚えだったことが
刷り込まれていく ウレシイ実感
新聞やネットで 見たことのあるものも 実物と対面すると
こうも違うものかと 驚かされる
ネットの写真では やはり質感までは 伝わらない
みることで 自分の中の点が 繋がっていく 量が変わる
日本の古代史を 知る上で マストな 国外の歴史
百済滅亡と 白村江敗戦の パネル展示も興味をひかれた
天智天皇の指揮下 国家存亡をかけ
地の利を生かした
知恵と巧技 防衛施設の工夫の詳細からは
その危機感が リアルに伝わってくる
自分たちの国を守るため 大和の地から
交通や通信の ない時代に
これだけの 防衛策を 考え 指揮していたことに 驚かされる
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まさかこんな場所に
平成の世の 人々の生活と 共存するように
住宅地に 包まれるような 整備された公園の一角
漂着したUFOみたいな 古墳時代の痕跡
国指定史跡 平城京北部 奈良山丘陵に 位置
高松塚やキトラ 同様 横口式石槨
内部に凝灰岩の切石で できた唐棚があったので
石のカラトと 呼ばれているそう
やはりここも調査時には 既に盗掘されていたという
それでも 漆の破片 金銀の玉が 出土
周辺には 瓦作りのための窯跡跡が あるけれど
明日香ほど 古墳はない所
1月16日 朝刊1面を飾った 明日香村で 新発見のワクワクする記事
見つかったのは 小山田遺跡で 最大級巨大方墳
石のカラトは 方墳の上に 円型が乗っかった 上円下方墳
中大兄皇子の父 or 蘇我氏
何重にも 重なるオーガンジーのカーテンを 1枚1枚 めくっていくように
歴史は 少しずつ 茫洋としたイメージから
輪郭を 浮き上がらせ
無数の 点と点を 繋いでいく
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