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藤井哲子 ART & MUSIC & 奈良
ART&MUSIC 出展告知 奈良まほろばソムリエ活動記

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時々立ち寄りたくなる 他のホテルでは 決して
味わうことのできない 博物館のような空間  

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鬼薗山を12m 切り下げられた台地に建つ 奈良ホテル

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ロビー奥の廊下の壁に 掲示されていた 高浜虚子の
国民新聞の社員として 奈良ホテルに宿泊した際の 
瑞々しい感動が綴られた report記事が 面白い
遠かった 高浜虚子が 一気に 身近に感じてしまう

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時の移ろいに 心うるおう 贅沢

国内で2つ 国策で 創建された
もうひとつ   リニューアルされたとはいえ
東京ステーションホテルでの 滞在と
なにかしら 共通する 重みのようなモノを 
感じずにはいられません

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玄関正面にあった ホテルのショップも リニューアルして移動
見やすくなっていた
廊下壁面には 皇室との歴史が 綴られ
近世日本の 歴史が 物語られる 多くの展示物が並ぶ
1885年 ルイヴィトンケースにも 奈良ホテルの意匠
世界の目利きたちの 嗅覚に 改めて驚かされる

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アインシュタインも 奏でずには いられなかったのでしょう
巨匠の指から 発信された音って
どんな 音色だったんだろう
思わず 昔語りしそうな 華奢なアップライトピアノ 

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甘みと酸味 ほんのり 上品 1月限定ケーキ
借景は  春を待つ 山焼き終わった 若草山

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古の元興寺の 勢い感じる 南側の光景

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何層もの 歴史が積み重なった 奈良ホテル
今回一番 確認したかったのは このアングル
かつての城郭 鬼薗山城跡としての 姿が 重なる
今は 静かな趣たたえる 景色が
中世 筒井氏 越智氏の 戦乱の舞台 

平安時代 今昔物語には 狐と狸の巣窟のような山と 
記述されているのが また興味深い

多くの 経験という引き出し 持つ人が 魅力的なように
たくさんの 表情持つ土地も 惹かれるモノがある

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秋季特別展 近世奈良の開幕ー多聞城と郡山城

多聞城や郡山城から 出土した瓦が 展示
奈良市埋蔵文化財調査センター展示室
エントランスで迎えてくれたのは 郡山城跡出土の
どっしりした立派な丸瓦 そういう破片から 全体像を想像していく
考古学は ゼロから楽曲を構築していく作業と 似ています

城郭の分布図に 城のマークが多いこと こんなにも抗争が
続いていたことに 驚かされると共に 
各地に残る 環濠集落が築かれたことが 頷けました

鬼薗山城跡に建つ 奈良ホテル
展示されていた記述 発掘調査写真は 興味深い
1444年 陣屋が建てられ 1455年落城 58年廃城
今は静かな 憩いの場所が 重ねてきた歴史は 想像以上に厚い
そしてその東 西方院山城築城は1479年 しかし3日で落城

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多聞城からは 瓦製建物
多聞城以前に当地にあった 寺院に関わる遺物だそう
城域は 聖武天皇陵や 光明皇后陵まで含む 強引さ
今は 厳重に宮内庁が管理しているけれど 
松永久秀が大和入りした1559年は 築城し放題だったのですね
御陵を管理していた 眉間寺も 移動させられ
築城までの 歴史の複雑な層が 垣間見える展示でした

奈良散策の醍醐味は そこに見えているモノだけでなく そのまだ
奥にある 何層モノ歴史を 紐解いていく面白さにあると思います

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石垣に孕みや変形が目立ち 崩落の危険が高まったための
北西角を中心に  解体  積み直し 補充による  復旧整備工事

準備工事 解体工事を終え 石積工事に着手した段階で開かれた 見学会
天守台の 石垣内部  工事の過程を 見られる貴重な機会

タイミングよく 担当者による説明時間に 遭遇

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天守台を 取り巻くように 築石
ガムテープに 元あった場所が細かく 番付されています
さらに 墨書 チョーク書きして 間違いのないように
組み上げていくという 根気の要る作業です

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『まさかこれも転用材ですか』
『そうなんです!下向きに積まれていたので はじめ気づかなかったんですが
解体して裏返してみて 驚いたんです』   

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足場にあがらせていただくと 
作業がさらに間近に 目に飛び込んでくる
石垣の バランスを 保つ 築石 裏込め 盛土の 技術

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足場の上での 説明に 見入る
『あの丸いのが 五輪塔ですね その右の小さめの丸いのも 転用材ですね』

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『逆さ地蔵』近づくと 本当に逆さまに積まれていて 可哀想
でも 御性根抜いてあるので ただの石なのだそう 
築城当時 石が貴重だったことが 伺える光景 だけど積み方だけでも
もう少し なんとかならなかったのかなぁ・・

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素人の私でもわかる!明らかに 色・質感の異なる石
羅城門跡から転用ですって・・
転用は 五輪塔 宝篋印塔 墓石 石仏など その数  日本トップクラス
大和大納言 秀長・・・なんという凄まじさ

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天守台そばからでも 十分いい眺め
秀吉 秀長 家康 官兵衛 利休は さらに高い天守から・・
それはさぞ 良き眺望だったことでしょう 

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埋め戻しに使う 裏込石に 墨で 
未来の人へ メッセージ  書かせていただきました
次回 解体修理は400年後 10世代後だそうです

過去を紐解き 未来に繋ぐ 解体修理だけに留まらない 
壮大なる歴史リレーの 一齣に 参加

調査 作業に携わる方々の exhibition  メイキング映像を
生で観たような 感覚でした

犬山城

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国宝四城中 古さNo.1

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2004年に 犬山市が管理するまでは
全国唯一個人所有だったとは 驚き

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いちばん 体感したかったのは
ここから 岐阜城を 目視できるかどうか
当時は ここから岐阜城の動きを 常に監視していたそう
ガイドさんに 方向 確認して 一眼レフを 取り出す
重い望遠レンズも やっと出番 写ったかどうかは あとの おたのしみ
電灯  パソコン  スマホ  カーナビの無かった時代を 想う
もともと人間が持っている 勘みたいなモノの 凄さを 感じる

天守内 資料館には 小牧・長久手の戦い絵図が 
屏風に 俯瞰的に  記されていた
 
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兵の多くが 伊勢出陣  城主不在  絶好のチャンス
このタイミング逃さず 舟で
木曽川を渡って侵入した  池田興津の 奇襲は成功
倒した城主 中川定家は 織田信雄の家臣
その日  家康が 兵を率いて 清洲城到着
ヒャーなんて 間一髪なんでしょう

この時代の 様々な情報掌握   想像するだけで
神経ピリピリ
1584年 秀吉が入城  
家康との間の にらみあいの 序章

岩村城跡

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残る 一ヶ所  日本三大山城

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1番高所にある 岩村城

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本能寺の変の 80日前に 信長が 宿泊した地

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歴代城主の中には  森蘭丸も 

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