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・ 『親らん』の求めたものーーー、 ・宇宙の存在を在らしめている法則の中には、『一つの高度に美しい合理的秩序の表現者』とでも言うべき、宇宙の存在意識と結びついた――[精神]の姿が現れている。と言う、 ・生命原理としての―― 『自然の法則』に対する感謝の祈りが---, 『南無阿弥陀仏』の名号のなかに捧げられている。と言うことを、 『親鸞聖人』は説かれている。 ・その宇宙の中に存在の姿があるのだから---、 ・人間の行動が受けている、「運命的」なものとして現れている、『因果的』な拘束を、私たちが認識する時――。 ・人は、生きているのではなく、生かされている。ということにきずかされると言うことを---、 「如来の本願力」という形の中で『親鸞聖人』は語られた。 ・このような「本願真実の世界」において、自己を発見し、自己の存在のゆくえを見出した。 『親鸞聖人』は、 ・次のょうな教えを説かれることになる−−−、 人は知恵や能力、努力だけでは, 決して心の安らぎには達しない。 その無力さを知り、 自然のあるがままの姿で、仏の手に身を委ねたとき−−−、 初めて人は救われる。 ・上の文章は、私の人生のよき道しるべとなっています。
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はじめまして、こんなやり取りが出来て、深めていけるといいですね、又読ませて下さい。4月20日で67歳になる、男、晴海おじさんです。よろしく。
2010/4/13(火) 午後 11:32 [ 晴海 ]
[ 晴海 ]さん、コメントと有難うございます。
・人は、人を通して成長発達するのだと思っています――。
このブログは、私自身の――魂を練る助けともなっています。
・(魂を練る助け)カルマの法則(業)の意味する――輪廻転生の道の役割は、そこに示されているのだと思います。
2010/4/25(日) 午前 5:14 [ 親らん ]
訪問いただき こちらまで導きがありました。
ありがとうございます。
どうかこれからも精進なさってください。
2010/5/30(日) 午後 9:39
アクセスありがとうございました。これからも宜しくお願いします。梅雨入りですね。笠間市に親鸞上人のおられた山河の風景を見に行きたいです。其処でどのような生活を過ごされていたのでしょうかね。知りたいですよ。
2010/6/14(月) 午後 8:55 [ 清水太郎の部屋 ]
ご来訪に感謝申し上げます。
私も気付く機会を得て、しかし中々理解出来ずに只今勉強中です。
傑作!
2010/6/15(火) 午後 4:18 [ ishinsya ]
「もりっこ」さんコメント有り難うございます。
−−−凡夫の所行を断ち切ることのできない。不真実の我が身が、自己を見失ったとき?、・自分をあるべき姿へと引き戻してくれる――親鸞聖人の教えを身近に感じることのできる。環境に生れ出ることができたことを天の神様に感謝しています。
2010/6/23(水) 午前 8:08 [ 親らん ]
[ 清水太郎の部屋 ]さん、コメント有り難うございます。
・頼るところを、如来の本願力の中におかれていた親鸞聖人。は、いかなることが起ころうとも---、不幸に気を萎えさせることなく、いつも心は平和と、愛に満ちていたのだと思います。
2010/6/23(水) 午前 8:09 [ 親らん ]
[ishinsya ] ]さん、コメント有り難うございます。
・私も、同じです- - -。
2010/6/23(水) 午前 8:10 [ 親らん ]
はじめまして。
他の宗教と比べるのはよくないのかもしれませんが、人に安心を与える「救済の宗教」として、親鸞の教えは究極のものではないかと思えます。私が何者であろうと、たとえ清らかな身ではなくても、仏の慈悲はとどく。忘れずにいたいことです。
2010/6/27(日) 午後 11:12
「ルーフ」さん、
その通りだと思います。
ただ、親鸞を隠れ蓑にして、罪業を正当化する人がいるのは悲しむべきことです。がー―。
・コメント有り難うございます。
2010/8/15(日) 午前 10:54 [ 親らん ]
人生教訓:浄土は極楽のみに在らず、浄土は十方にあり。by豊臣秀次
2011/1/25(火) 午前 0:41 [ RJ35 ]
今 必要な事{一つにつながるみんなの気持ち }
「ひとつになろう日本」 {頑張ろう!日本}ですね!
御訪問感謝 今後とも何卒宜しく!
Today is the first day of the rest of you
2011/3/23(水) 午前 10:26
Yahoo!メッセージ・サービスは素晴らしい、2009/11/18に声が掛かりました。
「豊饒の海」四部作を遺して旅立った三島由紀夫を、称えるのは自由、しかし割腹した上に首を斬り落とさせた三島が、‘豊饒’を語ったのは、欺瞞としか云いようがありません。豊饒が虚言で汚されヘドロの海と換わったのに、読み惚れる自由とは別に、読んで判ったように思う人が、それを理解したとは信じようがありません。
自己・陶酔を、他に向けるのは、三島も陥った知の欺瞞、陶酔はクダンの自己に向けるもの、他人へ向けた以上、自我の放棄を宣言しなければ、三島どうように割腹するしか道がないでしょう。太宰治の非難は無用のタダの無駄です。
2011/3/26(土) 午後 0:26 [ georgeyuma ]
私は、太宰治を非難したつもりはないのです。が?ーーー、
太宰治に戴しての問いかけとしてのコメント「2010/3/7(日) 午後 8:58」と「2010/3/8(月) 午前 4:20」
http://blogs.yahoo.co.jp/tetueifukami/23849830.html
がーーー?、
私への嫌悪感を生み出す原因となっているのでしたら、お許し頂きたいと思います。
其のうえで、
もしーー、
宜しければ、
この件に関連する記事が在りますので、
(ゲストブック>2010/3/10.水曜日)
http://blogs.yahoo.co.jp/tetueifukami/GUEST/23853563.html
に立ち寄ってみてください。
追伸、
私達の「自我」が意味するところの個性は、大いなる愛の源、http://blogs.yahoo.co.jp/tetueifukami/20915549.html
と結合することなのだと思います。
2011/4/10(日) 午前 5:59 [ 親らん ]
{PAL is my family}さんコメント有り難うございます。
2011/4/10(日) 午前 6:42 [ 親らん ]
私たちが見失ってきた美しい国、日本の心(A・アインシュタイン博士の愛した国・日本とは「何かということ---」 )に立ち戻った。
{一つにつながるみんなの気持ち }
{頑張ろう!日本}でありたいですねーー。
2011/4/10(日) 午後 9:00 [ 親らん ]
どんなきっかけであろうと、行き着く先の気付きが
大いなる源にたどり着けたら、これ以上の満足はありません。傑作ポチ。
2011/6/17(金) 午後 9:05
親鸞、難しいですね!!
親鸞で知っていることは、悪人こそ救われる とか言っていたことですかね。
仏教では、手塚治虫のブッタを読みました。
駄目ですかね!!
2011/9/29(木) 午後 10:01 [ はっぴー ]
{人は知恵や能力 努力だけでは,決して心の安らぎには達しない。
その無力さを知り 自然のあるがままの姿で 仏の手に身を委ねたとき−
初めて人は救われる〜本願真実の世界」『親鸞聖人』有難う!
2012/1/16(月) 午後 2:18
親らん様。この欄で失礼します。1月16日のご訪問有難うございます。なぞ、謎、私は誰、の書庫をどうぞ。
2012/1/16(月) 午後 11:33