100系は最後に6両編成のK編成として使われた122ー5003です。
最初は1985年に100系試作車が登場、0系ばかりの東海道・山陽新幹線初めての新形式です。
X編成は2階建て2両で1両が食堂車になっていることが特徴です。
X編成はすべて国鉄時代に製造された車両です。
試作車のX0編成が小窓、個室が10号車にも(9号車1階の個室の仕様が決まっていなかったらしい)
あるなどX編成の量産車とは少し違います。 量産車は大窓、個室は9号車に集なっています。その後の量産化改造により10号車の個室は無くなり9号車1階に個室が集約されています。
G編成8号車を食堂車ではなくカフェテリアにして、2階をグリーン車にすることによってグリーン車が増えました。
1階カフェテリアは当初はパック詰め商品と飲み物となっていましたやがてバブル崩壊後あたりからは、弁当やお土産品といったワゴン販売と変わらない商品となりました。 末期の東海道100系こだまなどは車内販売のみとなっていました。
グリーン車や個室へのサービスとしてカフェテリアの商品をトレーに乗せるシートサービスもあったそうです。
V編X・G編成よりも2階建て車が多く4両になっています。 またX編成と同様の食堂車連結ですが、食堂車の内装はX編成よりも豪華になっています。
ほかの2階建て車両は2階がグリーン車し、1階が普通車指定席です。 衛星放送の放映やオーディオサービス一品料理の食堂車からのシートデリバリーといったサービスが登場時に行われています。
K・P編成は0系置き換えのために短編成化したもので、従来の普通車2-3列から4列に変更されました。
v編成をそのまま短くしたものとG編成の運転台ユニットを中間電動車に組み合わせて先頭車化されたものもあります。
座席はG・V編成のグリーン車の座席やV編成階下普通席、ウエストひかりの座席を4列かに当たって搭載しています。 展示車両はk編成なので2列シートの車内になっています。
x編成のほうはリニア鉄道館で展示されています。
当初はフレッシュグリーンの更新塗装でしたが引退を前に登場時の塗装に戻されました。
こちらも水曜どうでしょうで登場しています。
サイコロ3のグランドひかりや原付西日本のG編成個室、さらにはサイコロ6で熱海から東京まで100系に乗ったりしています。このほかにも何回か100系に乗ったようです。
私自身はK編成とP編成だけでした。 16両の100系は90年代後半から2004年頃(G編成がまだ残っていた)は見たことがある程度だと思います。
西日本には京都には展示されなかったもの博多総合車両所にて2階建て車両179-3009、168-3009の2両が保存されています。
これを含めれば西日本に保存されている100系は3両です。
しかし残念ならがx・G編成の2階だて個室車である149は1両も保存されませんした。 初めての2階建て個室車両で新幹線のアコモデーションということで考えれば大きな意味を持つ車両だけに保存されていたらなあと思います。
DD51 碓氷峠鉄道文化むらには試作車が展示されていますがこちらは量産車になります。
汎用幹線用機関車で貨物列車や旅客列車をけん引しました。
西日本では山陰地区を主な活躍場所になっていまt装でブルートレインをけん引する姿は出雲だけということになりました。
今はslやまぐち号の補機や非常時のピンチヒッター、工事列車や各種臨時列車の牽引用として残っています、。
DD51の引く客車は北斗星とはまなすで乗っています。
キハ81です。日本で初めての特急型気動車ではつかり44系と10系(2等車と食堂車は10系であった)を置き換えるために登場しました 故障が多くはつかりならぬがっかりと新聞に書かれたこともありました。
最後は紀勢本線のくろしおで使われました。 あとは奈良県を通るものも2年で廃止になったあすかに間合運用で使われたりもしました。
名古屋でキハ82が展示されています。
このほか1階には線路が本線上に通じているスペースがあり、車両を入れ替えることのできます。
行った日はカニ24とオハ25のトワイライのサロンカーそれに旧型客車が展示されていました。
サロンカーは乗客がくつろげるスペースとシャワー室があります。
日本海会席御膳を予約した人は食堂車では食べることができず(北斗星・カシオペアの場合は会席でも利用可能)lこのサロンカーか寝台で食べることになっていました。昔はここで会席を食べていた人もいたということになります。
モックアップではありますがw7系グランクラスが展示されていました。
2階にはアコモデーションや駅の関係機器、鉄道趣味や関西私鉄、鉄道公安官の展示コーナー、シュミュレーター、指令体験、それに鉄道模型ジオラマ、食堂があります。
少し早い時間でしたが食堂で昼食を食べました。
少し早いほうが混雑を考えると食べるの少し早めのほうがよかったです。12時とかの昼食時間帯は食堂がかなり混雑していました。
私はビールと懐かしの食堂車のハンバーグセットでした。これにキリン一番搾りをつけています。
私は都ホテルかなと思ったのですがすなおに考えるとJWの味ですね。 私自身は食堂車のハンバーグは北斗星のパブタイムで酒は男山でした。
1999年までに東京へ行ったことは何度かありますが1回くらいは新幹線に乗れば食堂車で昼食の機会があったと思うので少し乗れなかったことを残念に思いながら食べていました。
来館者が操作できる発車標です。
パタパタとも呼ばれる反転フラップ式です。
古いものなどであさかぜ、富士、さくらから多さ時代の白鳥、山陽新幹線開通前に走ったしおじつばめ(名古屋時代)、うずしおといった昼行特急も入っている感じでした。
子供は、ランダムでしたが、マニアっぽいのは過去列車の時刻の再現です。 富士の大分にしましたが展示物の発車標だと西鹿児島が似合っていると思います。 24系単独末期の自国の再現のつもりでやりましたので。
マルス端末 我が家には硬券からマルス券までいろいろあります。 最初期のマルスはないかもしれませんがマルスV形などの古いマルスによる発券のものは持っています。 寝台券や新幹線の指定席券などです。
鉄道以外の展示品の中にはジャルパックの看板もありました。
鉄道趣味についての展示もあり、トミックスやカトーの鉄道模型や時刻表(jtbなどの市販されているもの)や食堂車のメニュー再現や駅弁についての展示もあります。
車内アコモデーションコーナーよりレールスターの座席とクロ151パーラーカーの座席です。
700系の座席は昔座ったことがあります。 こだま運用でした。
151系が20系(電車)として登場したときはまだパーラーカーは存在しておらず8両編成でビュッフェと4列シート(22等級制では1等車、等級製廃止後はグリーン車となる)2等車しか連結されていませんでした・
伝説的な車両で1-1列のリクライニングシート、それに4人用の個室がありました。
つばめ、はとを客車から電車に変えたときに、こだまにも連結されました。 展望車の代わりです。
山陽特急であるしおじや山陽時代のつばめ、はとになった後、個室のみ残して開放室部分を普通車に格下げしたクロハ181になりました。
上信越方面の特急になった際に普通車に改造されました。
クロ151の座席は大宮にも展示されています。 現在151系関連は普通車しか保存されていないという状態なので、貴重な存在だなと思います。
クロ253もパーラーカーをお手本にしたと様な感じでしが普通車がボックスシートだったりいろいろと難要素もある車両でした。
3段寝台 20系のモックアップか何かだと思います。 3段寝台は24系25形登場以前の標準的な寝台で583系(含む581系)の場合は中央に通路がありますが、客車の場合は片方に通路があり、寝台の向きは枕木です。
24系24形や14系14形の場合寝台幅が70Cmと改善されたのに対し、52㎝と横幅が狭いものでした。
21世紀に残った客車3段寝台はトワイライトの食堂車スタッフ用の寝台で残っています。
98年以前ならば出雲の3段寝台になっています。本科2階にはオロネ25のテーブル兼、洗面台も展示されていました。オロネ25の西日本車は300番台しか存在していないので、たぶん、JR九州か東日本からもらってきたと思います。
2階にはこのほか自動改札機などの駅務機器展示や、貨物コンテナに入れた形で貨物の展示、関西私鉄コーナーもありました。
JRの博物館で私鉄の展示をしているのは珍しいのではないのかなあと思います。 他のJRの博物館では私鉄については触れないことが多いので。 ジオラマにも私鉄車両がいます。
この後は扇形庫編をやってそのあと帰宅、観光編をやりたいと思います。