大分急行鉄道公式ブログ

架空鉄道、大分急行鉄道の公式ブログです。 なお、出会い系と疑われるコメント、記事に関係はないもの予告なく削除する場合があります。

大分急行鉄道

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現在、大分急行ではホームの案内は〇番線案内で行っています。
もし、それが西日本で一般的(近畿では号線 番線 乗り場が混在していますが)〇番乗り場を採用していたらということです。
今は九州では現状番線を使っているのは大分急行と直通先の太陽電鉄が使っている感じです。
そのため両社の直通列車はどっちの管轄駅でも自動放送でも駅員の案内放送、車内の自動放送や車掌の放送で番線を使っています。 これが、大分急行だけ〇番乗り場だったら、直通列車であるふない、おおよどは駅の自動放送では小倉、延岡を境に、大分急行側は〇番乗り場、体表電鉄側は〇番線になります。小倉、延岡は太陽電鉄ホームなので〇番線になります。
直通しないりょうほうは小倉駅の自社ホームにとまるので〇番乗り場です。
 車内放送だと列車ごとに違う感じです。博多ー小倉間では車掌の越境乗務を行っていますので、大分急行担当列車の場合は太陽電鉄の区間であっても到着するホームや接続列車がどのホームを発着するかを案内する際に普通〇〇行きは(発車時刻)、〇番のりばです。と案内しています。
太陽電鉄の担当列車の場合は大分急行内であっても〇番線です。
一方寝台特急のくにさき(定期臨時)の場合は車掌交代が行れますので小倉駅到着時の放送の場合、上り列車では大分急行車掌の乗務なので〇番乗り場、下り列車では〇番線ということになります。
しゅれいは太陽電鉄の車掌が小倉―延岡でも通し乗務なので大分急行区間でも車掌は番線と案内します。
この場合はくにさき以外は、駅自動放送と車内放送でホーム案内が番線、乗り場と異なることになりますね。
私は大分急行鉄道は九州の鉄道であるけども〇番線案内を採用しているという設定が気に入っているで、○番乗り場案内に変更ということにはしませんが、〇番乗り場の案内に変えたら、結構これはこれで面白いことになります。
 大分急行鉄道は、太陽電鉄と直通運転を行い博多ー大分、大分―宮崎で特急列車を運転していますが、もし、直通が無かったら?というのを考えてます。
 夜行列車は当然なかったです。昼の特急列車も線内運転で他社には直通しないことになります。
そのため、24系はレストラン列車でオシ24とオハ24が使われるだけで、寝台車は静態保存と保留車しかないとう状態です。 そのためオロネ15もオハネ15-2000のマレーシア譲渡車も現実通りマレーシアへ行っています。
昼の特急レ社では、小倉ー大分はふないの愛称はつかずりょうほうだけになります。ふないに相当するものが速達タイプ、途中で行橋 中津 豊前四日市 宇佐大分空港 杵築 別府にとまるものが主要駅停車タイプとして運行されています。
福岡市へ直接は行かないので、ソニックとにちりんシーガイアといった、日豊本線の特急列車を使わずに行くには、小倉までりょうほう、小倉駅から太陽電鉄の特急列車もしくは、新幹線、西鉄の高速バスのどれか乗り換えるか、福岡方面への高速バスが走っている都市の場合は高速バスに乗るかということになります。
大分急行の特急で福岡市にいこうとうとすると、直通もしくは福岡本線があれば乗り換えなしで行けますが、
そのどちらもなければ小倉での乗り換えでが必須ですので、乗り換えがいる分不便になったと思います。
博多へ行かない分乗客が減っているということも考えられますね。
3700系は交直流の振り子式として作られましたが、直通がなければ直流専用となったでしょう。
もちろん、先頭車はクロハということになります。 
太陽電鉄から乗り入れてくる特急車両も走らないことになりますので、多彩な車両が走る両豊本線ですが、線内運転だけになるので その分多彩さは減ります。 
 延岡方面は延岡止まりになるかそれとも佐伯ー延岡は作らなかったどうかはまだ決めてはいません。
佐伯止まりの可能性は高いと思います。  どちらにしても乗り換えが必須です。佐伯発着の速達りょうほう号ができていると思います。 
太陽電鉄に乗り入れる唯一の料金不要種別である、北空急行にも変化が出ます。 
北九州空港線の北空急行は線内の種別になります。5000系は登場しないでしょう。
現状の北空急行は博多ー小倉間で太陽電鉄の急行と同じ停車駅で走り、小倉ー北九州空港間は城野、大急下曽根、朽網空港口に停まり、北九州空港へ至るという経路です。
これが線内でアクセスの速達列車になりますが、本数は変わらないと思います。
車両は、既存の形式が北空急行に使われます。鉄道でのアクセスは福岡方面からは、小倉での乗り換えが必須ということになり。北九州空港リムジンバスが唯一福岡市から乗り換えなしで行ける手段という現実と変わらないことになります。  
5000系は全く別の車両にで古い車両の置き換え用の直流専用車になっていたでしょう。

高速バス関連

 グループの大分急行バスがやっている高速バスにも直通がないと影響が出ています。中津ー福岡の高速バスはふないとのグループ内競合を避けるために運転されてませんが、福岡から直接客を運べるということで直通がなければ運転していたと思います。
名前はなかつ号です。
経路は東九州道ー九州道ー福岡都市高速という感じで椎田南から一般道を経由する感じになります。
東九州自動車道は中津の市街地に最も近いのが上毛スマートインターチェンジで、大型車通行不可で、中津インターや豊前インターを使うとなると遠回りになりますので、そうなると椎田南から高速道路へという経路を選択しました。
停留所は中津駅前ー博多バスターミナルー天神バスターミナルです。
西鉄と大分急行バス 大分交通による3社共同運行です。大分急行バスの沿線である福岡県の豊前地方を通ることから大分急行バスもかかわっている感じです。
福岡から中津への路線は以前実際に運行されていました。 しかし日豊本線の高速化によって行橋ー中津間が短縮となり、現在、福岡ー行橋線として運行されています。 
東九州道が整備されたことにより 福岡ー行橋線とは別に設定された感じです。
このなかつ号は本数がそれなりにあります。 ふないがないことや、東九州道が整備されたことによって本数が結構ある感じです。 宮崎方面のバスは大分県3事業者(大分交通 亀の井バス 大分バス)と宮崎交通とJR九州バスの運行のため大分急行バスはかかわっていません。 これは直通していなくても変わらないところです。


大分急行城野工場

大分急行の車両工場が決まっていないので設定付けしました。
名前は城野工場です。
大分側には車両工場がないのでここが唯一の車両工場です。 
豊前鉄道の車両工場の引継ぎという歴史を持ちます。
はじめは豊前鉄道の地名なしの車両工場という名前でした。
今の城野工場という名前になったのは昭和に入ってからです。
豊前鉄道開通当時の検査受け持ちは蒸気機関車と客車とでした。
1971年に大分急行鉄道となった際、旧大分交通の車両の整備や検査も行うようになりました。 
合併前は大分交通、豊前鉄道のそれぞれの会社で整備を行っていました。
大分交通所属の車の場合は杵築車庫や中津車庫でそれぞれ整備、豊前鉄道の車両は城野工場と下曽根運転所(現下曽根車両センター 福ソネ)で整備という感じです。
城野工場で行う整備は重要部検査と全般検査で各車両基地では交番検査と仕業検査が行われます。
ここでは車両改造工事も行っています。
改造工事の一例を出すとオシ24の12系併結化改造、3000系のリニューアル改造です。
24系の大規模改造は車両メーカーや改造実績のあるJRの車両工場でおこないました。
B寝台の個室化や、それまでシングルデラックスだったものをロイヤルにするといった大改造です。
すべての大分急行の鉄道車両がここで検査を受けることになるので、回送列車はいろいろな車両を見ることができます。全検のときの回送で24系とEF66という本州でしかありえない組み合わせを九州で見ることができます。
この時は結構撮影のファンが沿線に多くなります。 
また鉄道の日は城野工場は下曽根車両センターとともに公開されています。 シャトルバスも下曽根車両センター城野工場という形で両会場を結んでいますが北九州市には一般路線バスが存在しない大分急行バスの車(行橋営業所所属)を北九州市内までもっていく形になります。 


24系の方向幕。

大分急行鉄道の客車で34両最多両数を誇っているのが24系25形です。
そのうち元九州車方向幕は70番と71番にくにさき 東京と くにさき大分を追加しているだけで、それ以外はJR九州で寝台特急の運用についていた時と変わっていません。

 
イメージ 1

一方行先表示が大幅に変わったのが大分急行の24系では34両中12両が該当する元JR西日本車です。
もともとの方向幕は黒地のJR西日本車ですが大分急行では同一の編成を元JR九州車と組むことになるので方向幕を元JR九州車のもととに合わせるとともにくにさきの表示を追加しています。
幕回しには時間がかかりますが、富士 東京 やあけぼの 青森といった国鉄時代の行先が見ることできます。
トレインマークも同様です。 大分急行の24系の運用は臨時くにさきとして東京と大分の間を走るだけですがかつては富士 はやぶさ 出雲、あさかぜ(25形100番台の品川車は新製当初から後にJR九州車となる車両は熊本転属まで共通運用であった。)なは や日本海と銀河(元西日本車)として使われていた車両の集まりなのでかつては函館や鹿児島まで走っっていました。 
幕自体はかつて運用で使われていた列車の幕からはくつる ゆうづる あけぼのといった当時運用されていなかった上野発東北方面の寝台列車のものまでさまざまです。他社駅では東京駅到着時とホーム入線時の幕回しの時に限られますが見ることができます。 幕回しの時は鉄道マニアが結構撮影をしていたりします。
 昔はled化とか幕をくにさき 東京 大分と 回送 団体 試運転 臨時だけににしようかという話もありましたが国鉄・JR時代の行先を残そうということで残りましたね。

臨時くにさき号の運用

臨時くにさき号は指定期間の初日と最終日を除く期間中に毎日運転になっています。
臨時くにさき用の24系は電源車も入れて11両で1編成を組み、この編成が3本、合計で33両(なお、臨時くにさき号に使われないオロネ25形0番台が1両と定期くにさき号のトラブル時のアダプターが2両で24系全体としては36両所属しています)が臨時くにさき号の運用についています。
初日は最初に東京行き列車が運転されます。この列車が2日目の九州行き一番列車になります。
その後は、2つの編成で東京と大分の間を往復します。
そして、最終日の朝に東京へ着いたものが下りの最終列車として九州へ向かいます。
これに機関車は東京ー小倉と小倉ー大分でそれぞれ必要になります。
富士やはやぶさの場合は2つの列車を共通運用でやるので編成でいうと5本(予備も含めて)でしたが1の列車で東京ー大分の運用、毎日運転の定期列車ではないので3本でも足ります。
機関車の運用は東京ー小倉の運用を太陽電鉄の電気機関車が、小倉ー大分はうちのEF89(EF510の新区分番台に設定を変えると思います。)がそれぞれ担当しています。 
小倉駅で機関車の付け替えが行われています。
大分急行の機関車は定期貨物としてJRに乗り入れ北九州貨物ターミナル駅から国東駅までの貨物列車 通称国東貨物が1往復運転されます。この運用は予備1両の2両で足りますが臨時くにさき号運転時に2両必要になることを考慮してEF89は3両ありますが予備が無くなることになるので先代の貨物用で車籍が残っているEF81またはDE10の重連が万が一の時のピンチヒッターになります。
保存機のEF66や乗り入れの特急型気動車を牽引するEF69は直流専用なのでデッドセクションは超えることができません。
列車の仕立て整備などは、東京と大分(坂ノ市車両センター)リネン類(シーツ、カバーや浴衣)の交換や食堂車の食材の積み込み 車内清掃を行います。 またタンクへの給水(シャワーやトイレ、洗面台、それに食堂車)も両車両基地で行います。
食堂車の食事などの調理は食堂車でせず駅の専用スペースや車両基地の専用スペース・委託業者(大分急行にはないのでビュッフェの委託業者がやっています。 機内食のやり方になっています。 ただ臨時くにさき号の食堂車では車内での本格調ができる設備はのこっされています。 車両基地公開などのイベント時は本格調理を食堂車でやっています。 
私個人としては1993年以前の富士やはやぶさのように調理師を乗せて車内で調理するやり方にしたかったですね。 メニューも昔の富士のものするという感じでしたが直通する関係でできなかったので新東電鉄の線内運転の特急でやっています。
大分ー東京 東京ー大分なんで1泊分をリネン室に1泊分をセットした状態で持っていくのは2泊分ということになります。  
新品のリネン類の積み込みは大分のみで行います。 古いやつは袋に入れられ電源車の荷物室においています。
新品はデュエットのリネン室や電源車の荷物室(ブルートレイン便としては使わないので業務用スペースになっています。 ここはデュエットのリネン室で足りない分は電源車にある棚に置いています。 
166人分ですからデュエットのリネン室だけでは足りないのでカニ24がそれ以外の車両のリネン室的な役割を担います。
毛布本体は毎回の交換ではなカバーのみの交換が多いです。 
乗務員は食堂車スタッフ関係をのぞくと機関士と車掌は途中で交代しています。 太陽電鉄車掌と機関士は小倉から東京までの間の乗務で、太陽電鉄の路線内でも車掌が途中で交代します。
 大分急行では運転士は機関車列車乗務時は機関士のワッペンをつけ、乗務中は機関士と呼称されます。 
 大分急行の機関士と車掌は小倉ー大分のみの乗務で機関士は大分運転区の機関士が努めます。
車掌は大分車掌区です。  小倉車掌区は特急列車はりょうほう6.7往復など限られた特急しかないという感じです。
車掌は1号車と10号車の車掌室に乗務します。 オロネ25-1000にも車掌室がありますがこれはあんまり使われていません。 基本的には1号車と10号車の車掌室に乗りません。
車掌は小倉につくとしばらく待ってからりょうほうで戻ります。 機関士はふないの運転士として大分に戻るという感じになります。ふないの車掌は担当の会社の越境乗務なんで運転士ならばの7往復のりょうほうではなく臨時くにさき小倉についたときに最寄りのふないで戻ることができます、。が車掌は途中交代ではないのでりょうほうで戻るしかないです。 下りの臨時くにさき号への送り込みは6・7往復のりょうほうで間に合う列車がないので、間に合う時間帯のふないに便乗する形にしています。  便乗する車掌はあとで臨時くにさき号に乗務するので
制服着用です。 客室に座るということはせずに 後部の運転室に2名 5号車の中間車掌コーナーにふないの本務車掌が乗ります。 

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