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當麻寺と二上山を中心にふる里を紹介します。

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高野山 金剛峯寺

高野山真言宗総本山 金剛峯寺
このお寺の場所は真然大徳(しんぜんだいとく)のご住坊があったところでした。天承元年(1131年)10月17日には覺鑁(かくばん)上人が鳥羽上皇の勅許を得て小伝法院を建立され、その後の文禄2年(1593年)には豊臣秀吉公が亡き母堂の菩提を弔うため、木食応其上人(もくじきおうごしょうにん)に命じて建立されました。当時は、秀吉公の母堂の剃髪が納められたため、剃髪寺と名付けられたそうですが、のちにその名を青厳寺(せいがんじ)と呼び、応其上人の住坊となりました。その後は法印御房の住坊となり栄華を誇りましたが、再三の火災によって焼失し、現在の本殿は文久3年(1863年)に再建されました。
明治元年に行政官から青巌寺を金剛峯寺へ改号するよう指導されました。また、明治2年には古くからの高野山の管理制度を改めて総宰庁がおかれ、執政、副執政、参政、顧問、監司といった五役を設け、さらには隣接していた興山寺というお寺を庁舎として使用することになりました。その後、この二つのお寺は合併され、総本山金剛峯寺として現在に至っています。ちなみに、このお寺の住職は座主と呼ばれ、高野山真言宗管長が就任することになりました。
「金剛峯寺」という名称は、お大師さまが『金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経(こんごうぶろうかくいっさいゆがゆぎきょう)』というお経より名付けられたと伝えられ、東西30間(約60メートル)、南北約70メートルの主殿(しゅでん 本坊ともいう。県指定文化財)をはじめ、座主居間、奥殿、別殿、新別殿、書院、新書院、経蔵、鐘楼、真然堂、護摩堂、阿字観道場、茶室等の建物を備え、寺内(じない)には狩野派の襖絵や石庭などが設けられ、境内総坪数48,295坪の広大さと優美さを有しています。
 
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龍をイメージしてるとか?
 
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金剛三昧院は、尼将軍 北条政子が、夫・源頼朝と息子・実朝の菩提を弔うために建立しました。高野山のメインストリート「小田原通り」から、ひと筋奥まった、静かな環境にある宿坊寺院です。本尊の愛染明王(あいぜんみょうおう)は、恋愛成就の仏様として、様々な縁を結んでくれるといわれています。また、国宝・多宝塔をはじめ、重要文化財の経蔵、四所明神社など、数々の歴史的文化財を擁しており、高野山の世界遺産登録にあたっては、根幹となる寺院として重要な役割を果たしました。高野山の中でも、いにしえの面影を色濃く残した名刹であり、鎌倉時代の風雅をそのままに伝える格別な雰囲気をたたえています。
 
まだまだ石楠花が見たいと高野山金剛三昧院へ雨あがりの午後から出かけました。
五条市から無料の京奈和道が開通してるので高野山まで1時間半ぐらいで行けます。
天然記念物の樹齢400年の石楠花は盛りを越えてましたが、雨上がりの花はまた違った魅力を持ってました。練供養ぐらいが毎年満開とか?
 
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金剛峯寺に続く

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