Christian News Watch〜海外クリスチャン事情

旧ブログタイトルは「日本ではほとんど報じられない海外クリスチャン事情」です。

聖書の教えの識別

すべて表示

クリスマスと占星術師の大いなる誤解

クリスマスと占星術師の大いなる誤解

当ブログで以前論評させていただいた神学者山崎和彦氏が、クリスマスに関連し、幼子イエスを礼拝しに来た「博士たち」が原語で「マゴイ」であることから、「彼らは占星術を用いてイエスの出生を知ったのだ」と結論付けています。

今ごろクリスマスネタは何か時期を逸している気もしますが、山崎氏のこの見解はちょっと不用意な誤解を生むのではないかと思われるので、取り上げたいと思います。
1co1312.wordpress.com
イエスがヘロデ王の代に、ユダヤのベツレヘムでお生れになったとき、見よ、東からきた博士たちがエルサレムに着いて言…
---------------------------------

さて、東方からの「博士たち」と言われる彼らは、いったいどのような人々だったのでしょうか? マタイが用いているギリシア語は「マゴス(複数形はマゴイ)」ですが、これは使徒行伝13章では「魔術師」と訳されていることばで、おそらく占星術師のような人々であったと思われます。彼らは自分たちの国で特徴的な星が出現したのを見て、それがユダヤ人の王の誕生を表すものだと解釈したのです。

....................

東方の博士たちが不思議な星に導かれてイエス・キリストを礼拝しに来た、というマタイの記述は、いろいろなことを考えさせてくれます。聖書は占星術を含むあらゆる呪術を禁じています。博士たちが占星術師であったことで、マタイが彼らを否定的に描いている、あるいはこのエピソードの目的はオカルト批判であると考える解釈者もいますが、福音書の文脈から考えると、マタイが彼らを肯定的に描いているのは明らかです。

...................

幼子イエスを礼拝するために東方から訪れた人々が「マゴイ」であったことで、マタイの読者が眉をひそめたということは大いにありえますし、マタイ自身もそのことは意識していたかもしれません。けれどもそのような最初の否定的な印象がナラティヴの進行につれてひっくり返されることこそが、まさにマタイのねらいだったのです。イスラエルの唯一神信仰は占星術を否定します。にもかかわらず、神は占星術を用いて博士たちをキリストのもとへ導かれました。これ以外の方法で、彼らがキリストについて知り、関心をいだき、ユダヤまではるばる旅をすることは不可能だったでしょう。神は彼らの世界観、彼らの理解できる言語を用いて、彼らに語りかけられたのです。クリスマスの星はその愛の光でした。博士たちの目は罪によって歪められ、汚れていたかもしれませんが、そこに真理の光を認め、それを追い求めていったとき、長い旅路の果てに、ついにまことの救い主に出会ったのです。

---------------------------------

山崎氏は、特段詳しく論証することもなく、「博士たちは占星術を用いてイエスの降臨を知った」と結論づけていますが、これは正しいのでしょうか。

これはこの投稿の後半で論じるとして、同じような解釈をしている記事をもう一つ取り上げます。


----------------------------------

私たちは、クリスマスの時期に主イエス様が羊飼いと占星術師たちの間でお生まれになったことを祝います。羊飼いは当時貧しく社会的にも軽蔑されていたと言われています。また「東方の博士」はギリシャ語でmagoi(マゴイ)と呼ばれていますが、これはゾロアスター教の占星術師を指すようです。

今も、我々が人間の目線、律法主義の目線で汚れている、罪人などと思う人たちの中にイエス様が住んでおられるのです。

すべてのホームレス、受刑者、身体障碍者、孤児、子育てに苦しむシングルマザー、人種差別や性差別に苦しむ人の中に、イエス様がおられます。社会になかなか馴染めないイスラム系の移民の人の中にもおられます。戦争で町も家も焼き払われて家族も失って途方に暮れて恐怖に喘いでいる子ども達の中にも、イエス様がおられるのです。

私たちが「聖い神がそのような所に住まわれるはずがない」と思う所に神はおられるのです。そして、「自分は罪から悔い改めたから」「自分はイエス様を受け入れたから」「自分は教会に行って奉仕もしているから」神が当然自分の中にいると考えている人たちは、自分が作った偶像の神を拝んでいるのかもしれません。

----------------------------------

本題に入る前にちょっと一言。

「主イエス様が.......占星術師たちの間でお生まれに.....」

とありますが、これは山崎氏も指摘していることですが、マタイ2:16によれば博士たちが現れたのはイエスがおよそ2歳のときです。(ヘロデ王の居城ヘロディウムとベツレヘムは歩いていけるほどの距離なので、博士たちが戻るという約束を破って遁走したらすぐわかるはずです。)

羊飼いの来訪は確かにイエス誕生時ですが、博士たちの来訪はそのだいぶ後で、2つのイベントは時間軸が異なるのです。だから羊飼いと博士たちがともに赤子イエスを礼拝している図は聖書をよく読まないことからくる間違い」であることは明らかです。

で、本題です。

「「東方の博士」はギリシャ語でmagoi(マゴイ)と呼ばれていますが、これはゾロアスター教の占星術師を指すようです」

「今も、我々が人間の目線、律法主義の目線で汚れている、罪人などと思う人たちの中にイエス様が住んでおられるのです。」

山崎氏の微妙な論調と違い、この方の記事ではこの聖書箇所があからさまに異教容認に使われていますね。(苦笑)

その主張は正しいのでしょうか。

ではマゴイという言葉をみてみましょう。

この言葉は山崎氏も指摘するように使徒の働き13章にも出てきています(「魔術師」)。

ちなみに、ウィキペディアを見てみると、確かに「ゾロアスター教の信奉者を示す」といった記載もありますが、使徒の働きに出てくる、ギリシャのサラミス島にいたユダヤ人魔術師もまたゾロアスター教を信奉していたと考えるのは、地理的歴史的に考えあまりにも無理がありすぎます。

さらには、聖書にはゾロアスター教の言及は何一つありませんから、きちんとした証拠もなしにこういった結論を導き出すことはできません。

(外典「アラビア語によるイエスの幼時福音」(Syriac Infancy Gospel)にはそのような記載があるようですが、外典はしょせん外典であって、成立時期も正典より何世紀も後ですので、正典内に根拠がないことについて論証するために使うのは無理があります。)

ですから、聖書記者がマゴイを使った意図については別の可能性を考える必要があります。

ともあれ、マタイと使徒の働きを見比べると、おなじマゴイが「wise men」(博士)であったり「sorcerer」(魔術師)であったりするわけです。

で、一体どっちが正しいの?と思ったら、まず「旧約聖書の70人訳(LXX)」を見るのが無難です。

というのも、新約聖書の記者たちが日ごろから慣れ親しんでいたのは旧約聖書のギリシャ語訳である70人訳であったからです。

新約聖書記者たちが「マゴイ」と書く意図を推し量るのに70人訳を見ない手はないでしょう。

で、見てみると、ダニエル書1:20、2:2、2:10と2:27、4:7、5:7と5:11と5:15。これらの箇所に、ストロング番号3097の同じ語句があります。

その日本語は、口語訳では「法術師」新改訳では「呪文師」です。

ですので、ダニエル書でのそれは何らかの魔術・呪術的な職業についていた者と考えられます。

ただ、彼らが占星術を用いてイエスの誕生をあてた、とか、ゾロアスターの信奉者だとかいう直接的な証拠はここからは出てきません。

いっぽう、70人訳を見ることで、わかることがあります。

70人訳を勘案すると、そもそも新約聖書記者はなぜダニエルに出てきた用語を使ったのか、の答えが、おのずと出てくるのです。

そう、この、「ダニエルに出てくる」という点に着目すると、「東方の博士たちはどうやってイエスの誕生を知り、なぜ幼子イエスを訪問して礼拝したのか」という謎が容易に解けるのです。

謎の答え1: 知者たちの長であるダニエルはイエスの誕生のおよその時期を書き記していた

ダニエル書を見てみます。バビロンの王ネブカドネザルは夢の解き明かしをしたダニエルを取り立て、知者たちの長としました。(ダニ2:48)。

で、そのダニエルは、バビロン帝国に成り代わったペルシャ帝国でも重用されますが、やがて御使いガブリエルの啓示によって、メシアが出現するのはペルシャ王によるエルサレム再建命令からおよそ483年後と示されます(9:25)。

(ダニ9章の「70週」や「62週」といった表現の「週」は、たとえば、「70週」ヘブル語では「シャヴォイム(weeks)・シヴイム(seventy)」となり、「週」というのも実は「7の複数形」として表現されているに過ぎないことがわかります。この期間は7日間としての「週」のほか、7年ともとらえられるので、その場合7週+62週は7X7+62X7年 = 483年という預言を構成するわけです。)

ダニエルの信仰は、ネブカドネザル王にもダリウス王にも一目置かれていたのですから、自分の周囲の人間にイスラエルの神・主や来るべきメシアのことを話すことをも許されていたでしょう。

そして、5:11にも「王は、彼を呪法師、呪文師、カルデヤ人、星占いたちの長とされました」とあるとおり、ダニエルはおよそその時代の「知識人」たちすべてのトップに君臨していたわけです。

ですから、呪法師、呪文師、占い師、何者であろうとバビロン・ペルシャ帝国の知識層で彼の影響を受けていない人はいなかったと考えられます。

だから、端的にいえば、呪文師だろうと何だろうと、ダニエルの後任者、後継者たちである限りは、そういった人たちはダニエルの伝えた預言にも触れているはずで、その場合「ユダヤ人の王」出現の時期をおおよそ推測することが可能だったはずです。

70人訳ダニエル書に出てくるマゴイの記載からも、マタイ福音書の「東方」という方角からも、ダニエルを通じてメシア誕生の時期に関する情報に触れていたということからも、幼子イエスを訪問した博士たちはペルシャ帝国に仕える知識人たちという線は濃厚とわかりました。

謎の答え2: 星の出現はあらかじめ預言されていた

では、博士たちの来訪に欠かせないもう一つの要素は「星」は、どうでしょうか。

博士たちが「星」を見てやってきたからといって、「占星術」だという山崎氏の結論は正しいのでしょうか。

これについても、もっと単純な解を与えてくれる聖書箇所があるのです。

メシア降臨を預言する聖書箇所の中には、ちゃんと「星」のことも出ているのです。

しかもその預言をしたのは、ヘブル人の預言者ではなくいわゆる異教徒なのです。

え?「異教徒がメシア預言?そんなのあり?」

頭が混乱しますか?

いえいえ、ちゃんとそういう箇所があるのです。

モーセ五書のひとつ民数記では、イスラエルが荒野をさまよっていたとき、モアブの王バラクの依頼を受けた呪術師バラムがイスラエルを呪おうとしたのに、神の介入で自らの意思に反し逆に祝福してしまう、という逸話が出てきます。その中でバラムはこう預言しているのです。

わたしは彼を見る、しかし今ではない。
わたしは彼を望み見る、しかし近くではない。
ヤコブから一つの星が出、
イスラエルから一本のつえが起り、(民24:17)

「一本のつえが起り」とは王権・民の指導者が出現するという意味。つまり、ヤコブ/イスラエルの土地の上に一つの星が出るとき、指導者が生まれる、ということ。

この預言をしたバラムはメソポタミヤ(申23:4LXX参照)の出身です。つまりはバビロンの出というわけです。

上述したとおり、ダニエルの預言によってダニエルの後継者たちはメシア誕生のおおよその時間軸を知ることができる地位にいました。

もう生まれてもいいころだというその時期に、突如「星」がイスラエルの方角に出現した、としたら

同じく自分たちの大先輩であるバラムの預言を思い出し、ユダヤ人の王が生まれたのはますます間違いないと考え、ヘロデ大王のところまで出向いた、ということになるわけです。

ちなみに、その「星」について言うなら、これは二つとないような奇妙な星であったことがうかがわれます。

なぜなら、マタイ2:2では「私たちは、東のほうでその方の星を見た」とあるのみですが、2:9では「見よ、東方で見た星が彼らを先導し、ついに幼子のおられる所まで進んで行き、その上にとどまった。」とあるからです。

つまり、その星はある地方のある家を指し示すことができるようなもので、なおかつ見ればそれとわかる特徴をそなえているということです。

(山崎氏は「超新星のような自然現象でない」「自然の星が特定の家の場所を指し示す(9節)などということはありえない.....博士たちを導いたのは、何らかの超自然的な光であった」という論考をしていますが、この点に限れば説得力があります。)

この点からも単純に「占星術」と考えるのはちょっと飛躍が見られます。

占星術でイエスの誕生を知ったという解釈では、複雑な星の周期やらなにやらを想定しなければならず、しかもそれには何の聖書的裏付けもありません。

しかし、ダニエル書、民数記の預言を背景にマタイの該当箇所を解釈すれば、以下のような、きわめて単純なことになります。

・ダニエルはあらかじめある時期にメシアが出現すると預言しており、ダニエルの後任者たちはその預言に触れていた

・ちょうどそのメシア出現と預言されていたときに、バラムが預言したとおり、イスラエルの方角になにかただならぬ光が見え、そこで博士たちは旅をしてヘロデ大王を訪問してみた

・すると博士たちはミカ書の預言(マタ2:6)のことを教えられたのでベツレヘムに向かった。そこでまたその同じ奇妙な光が導いたので、彼らは幼子イエスに会うことができた。

だから、結論からいえば「博士」たちは、(「星」という超常現象の助けもありつつですが)民数記、ダニエル、ミカ書といった純然たる神の言葉に基づいてユダヤ人の王たるイエスの誕生を知り、これを探し当て、礼拝したのに過ぎません。

あとがき

進歩主義的・万民救済主義的な立場からいえば、イエスを礼拝しに来た博士たちがゾロアスター教徒であったり占星術師であったりするという想像はさぞかし魅力的でしょう。

しかし、聖書には彼らが占星術を使ったという記載は何一つありませんし、ましてやゾロアスター教についてはゾの字もありません。

いっぽう、異邦人の中でイエスの誕生の時期を知り得ることができたのは、ダニエルの預言に触れていたペルシャの知識人たちをおいてほかになく、また「星」と「メシア誕生」を関連付けられる人々もまた同様なのです。

聖書の記載は、あてにならない偽典や外典を引くまでもなく、聖書自体が説明してくれるのです。

占星術師やゾロアスター教を想定する解釈は、異教容認のパラダイスを夢見るあまりの、やや歪んだ解釈といえるのではないでしょうか。

さらに、このことから教訓を汲むとするならば、筆者はこう言います。

たとえ誰であろうと、聖書の言葉に堅く心をとめる者たちは、「神の訪れのとき」を知ることができるのです。

イエスの初臨時には、聖書の専門家だったはずのユダヤの祭司たちや学者たちは、幼子イエスを礼拝しませんでした。彼らはメシアを信じてもいないし求めてもいなかったのです。

しかし、預言を素直に信じた東方の博士たちは礼拝しました。

ひるがえって現代においてはどうでしょうか。

多くの教団上層部教職者たちはイエスの再臨について語ることをやめ、ある自称ペンテコステ派牧師などはイエス再臨を含む終末預言を、永井豪氏の漫画作品「デビルマンのようだ」と評しています。彼らは、イエスの再臨を信じてもいないし求めてもいないかのようです。

しかし、聖書預言を素直に受け取る人は、たとえ神学者や聖書学者でなくとも、神の訪れ、つまりイエスの再臨のときが近づいていることを知ることができるのです。

そのようなとき、イエスが救い主であることを信じることができる人は幸いです!

一人でも多くの方がそうなることを筆者は願ってやみません。

.


みんなの更新記事