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「異教徒は動物」
今年6月、トルコ・アンカラ大学のイスラム学者が、「イスラムの祈りをしない者は動物と同じだ」と発言し、大きな議論を醸しました。

・・えっ?動物?

そう。動物です。

この教授によると、イスラム教徒ではないのでイスラムの祈りをしない筆者自身も、おそらくはこれを読んでいるあなたも(イスラムの祈りをしていないと思いますが、だとしたら)動物同然だ、というのです。

率直に言わせもらえば、コーランの節では・・・動物は祈りをしない、だから祈りをしない者たちは動物なのだ」同大学のMustafa Askar 教授はこう発言して幾人かの同僚たちから批判を受けたとされ、そのニュースがめぐりめぐってJapan Timesでも報じられるところとなりました。
 
 
「平和で差別のない」はずのイスラムの学者から、なぜこんな発言が?

しかし、どうもこの教授の考えかたに賛同する人たちは、トルコには結構いるようなのです。
 
トルコの若者たちを対象としたある路上インタビューの動画が公開され、これも話題となりました。
 

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捕まえて殺せ。誰を?無神論者さ。奴らはアラーもコーランも信じていないんだ。
 
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あいつらは動物さ。
 
インタビュアー:どういう意味だい?
 
奴らは人間じゃない。俺たちとは違う。
 
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忌々しい連中さ。奴らはアラーを信じていない。地獄がお似合いさ。
 
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くそったれ。奴らを見つけたら一人づつ刺してやりたい。結局やつらは無神論者なのさ。アラーを信じていないんだ。
 
インタビュアー:だけど、彼らにイスラムを紹介しないのかい?我々の宗教について話したら?
 
いや、奴ら(無神論者)はISISに引き渡すべきだ。ISISが連中の首を切ってくれるから。
 
インタビュアー:でも、彼らは我々と同じ人間では?
 
人間じゃないさ。
 
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連中は無知だ。異教徒なのさ。連中は嘘つきだし君を愚弄してくるよ。無神論者とは一体どういう意味だと思う?
 
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彼らに名誉はないよ。
 
インタビュアー:なぜ?
 
アラーを信じない連中は人間じゃない。彼らは動物さ。脳みそがないのさ。
 
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おやまあ?この青年たちは皆「原理主義・過激主義」に属するテロリストなのでしょうか?いや少なくともテロリストではなさそうです。普通に町を歩き回っていますから。
 
では、この「穏健派ムスリム」たちは、なぜこのような意見を持つに至ったのでしょうか?

平和で差別のないはずのイスラームを極端に曲解した結果なのでしょうか?
 
「不信心者の不浄」
コーランによればどうもそれは曲解ではないようなのです。むしろ、アラーを信じない者は生き物の中で最悪、家畜のようであり、不浄だというのです。
 
啓典の民の中(真理を)拒否した者も、多神教徒も、地獄の火に(投げ込まれ)て、その中に永遠に住む。これらは、衆生の中最悪の者である。だが信仰して善行に勤しむ者たち、これらは、衆生の中最善の者である。(98:6-7)
 
アッラーの御許で最悪の罪人[*]は、不信心の者である。かれらは信じなかったからである。(8:55)

*訳注:多くの英訳ではthe worst of living creatures/the worst of beasts/the worst moving creatures等、「生き物の中で最悪のものは」、といったニュアンスに訳されている
 
アッラーが導かれる者は、正しい道の上にあり、迷わせられる者は、等しく失敗者である。われは地獄のために、ジンと人間の多くを創った。かれらは心を持つがそれで悟らず、目はあるがそれで見ず、また耳はあるがそれで聞かない。かれらは家畜のようである。いやそれよりも迷っている。かれらは(警告を)軽視する者である。 (7:178-179)
 
あなたがた信仰する者よ、多神教徒は本当に不浄である。(9:28)
 
(以上、強調筆者)
 
どうでしょう。おそらくあなたの隣人の在日ムスリムは全力でこれらを否定しようとするでしょうが、トルコの有名大学の教授のうちの少なくともひとりと、一部のトルコの若者たちは、コーランはまさに書いてある通りの意味だと信じている様子なのです。

いったいどういうことでしょう。「穏健派」なのに、非ムスリムを不浄のものと看做し、家畜同然だとさげすむ人たちがいるとは。

「西洋人は豚」と言うと人気が出る?
ここで再び、日本でも多数の在日ムスリムや日本人改宗者に歓迎されたザキール・ナイク博士の素晴らしいイスラームの平和な教えに耳を傾けてみましょう。
 
 

豚は地球上でもっとも恥知らずな生き物だ。豚は友人同士で性行為をする。西洋世界ではダンスパーティをするが、彼らはその後夫婦を交換する。『君は俺の妻と寝る。俺は君の妻と寝る。』これは慎み深い行いと言えるだろうか?彼らは豚肉を食べているので、豚のように振舞うのだ。」

このナイク博士の発言に対し、聴衆はどう反応しているでしょうか。「ヘイトスピーチだ!」と言って、頭を振りながら退席するのでしょうか?
 
いいえ、笑いながら拍手しています。
 
むしろ、「そうだ、よくぞ言ってくれた」とばかりに、たいそう喜んでいる様子なのです。
 
このナイク博士、バングラデシュ人の5割は自分のファンだと豪語しているそうです。また、2億人もの人々がナイク博士のテレビ番組を視聴しているとか。(さすがに数字が本当かどうか知りません。多分多少「盛って」はいるでしょう・・・・。)
 
少なくとも上記の映像で伺い知れるところでは、巨大な会場に集う多数の聴衆がその教えを楽しんで聞いています。そうすると、ナイク博士の教えに耳を傾ける、(テロをしない自称)「穏健派」ムスリムのうち相当数が、異教徒である西洋人を不浄であり家畜同然だと見下すことにより、自らの自尊心をいたく満足させているように見受けられます。

だとしたら、あなたの隣人の在日ムスリムがどう言い繕おうと、南アジアには、異教徒である西洋人に対して強烈な偏見、侮蔑、憎しみを持つ「穏健派」ムスリム市民がかなりの数存在する、と推察せずにはおられません。

・・・で、これが「平和であり差別のない宗教」?ほんまに?

もちろん、「それは西洋人が長年彼らに対し植民地支配と搾取をしたからだぁ〜!」と誇らしげに語る左巻き学者先生もいらっしゃるでしょう。

なので、コーランの節をいくつか見てから、次に「西洋人が植民地支配の搾取・・・サイクス・ピコ協定が・・・・むにゃむにゃ」という寝言を完全に粉砕する事例を挙げていきたいと思います。

「異教徒と友達になってはいけない」(by コーラン)
コーランは、ムスリムは非ムスリムと親しい友人になってはいけない、それどころか、非ムスリムは敵であると言っています。

・・・・って・・・えっ?

いや、聞き間違いじゃないですよ。

コーランにはムスリムと非ムスリムの間には「互いに永遠の敵意と憎悪があり、彼ら(不信者)は陰謀をたくらんでいるからこちら(ムスリム)も策謀をめぐらそう」という節さえあるのです。
 
あなたがた信仰する者よ、信者の外に不信心な者を(親しい)友としてはならない。あなたがた自ら(不利な)、はっきりとした証拠を、アッラーに差し出すことを望むのか。(4:144)
 
あなたがた信仰する者よ、ユダヤ人やキリスト教徒を、仲間としてはならない。かれらは互いに友である。あなたがたの中誰でも、かれらを仲間とする者は、かれらの同類である。アッラーは決して不義の民を御導きになられない。(5:51)
 
信仰する者よ、あなたがたの仲間以外の者と、親密にしてはならない。(3:118)
 
あなたがたが地上を旅する時、もし信仰のない者たちに、害を加えられる恐れのある時は、礼拝を短縮しても罪はない。誠に不信者は、あなたがたの公然の敵である。(4:101)
 
本当にかれらは、陰謀を企んでいる。われもまた策謀をめぐらす。だから不信者たちを猶予し、暫く放任するがいい。(86:15-17)
 
だがかれらはアッラーを差し置いて無益無害の者に仕える。本当に不信者は、自分の主に反抗するもの(悪魔)の援助者である。(25:55)
 
本当にわたしたちは、あなたがたとあなたがたがアッラーを差し置いて崇拝するものとは、何の関りもない。あなたがたと絶縁する。わたしたちとあなたがたの間には、あなたがたがアッラーだけを信じるようになるまで、永遠の敵意と憎悪があるばかりである。(60:4)
 
(以上、強調筆者)

永遠の敵意と憎悪?イスラームは平和で差別がないのではなかったのでしょうか?

それに、何よりも、コーランが書かれたのは「西洋人が植民地支配と搾取(?)」を始めるよりも1000年以上前のことです。

コーランが言うところの「敵意と憎悪」があるのは、非西洋と西洋の間ではなく、ムスリムと非ムスリムの間なのです

もし西洋人の植民地支配と搾取が悪いというなら、ムスリムの敵意は、自国に住む、自分たちと同じ人種的・民族的出自を持つ異教徒(南アジアでいえば少数派ヒンドゥーやキリスト教徒)には向けられないはずです。

では現実はどうか。その実例をいくつか吟味してみましょう。

パキスタン:宗教少数者女性はムスリム男性の「獲物」
日本ではほとんど知られていませんが、パキスタンではキリスト教徒やヒンドゥー教徒などの宗教少数者女性がムスリム男性に誘拐され、強姦されあるいは強制結婚させられるのはさほど珍しい事件ではありません。

・・・え?何だって?

誘拐、強姦、強制結婚です。

それも、にっくき傲慢な?西洋人ではなくって、同じパキスタン人の、非イスラム教徒を対象としたものです。

その例をいくつか挙げます。

2012年の事件。14歳のAsiya Masihという少女は綿花を摘みに畑に行ったところMohammad JavedおよびMohammad Mumtazという地元で影響力を持つ二人のムスリム男性に誘拐され、強制改宗させられた上、11日間の間強姦と拷問を受けました。父親のFrancis Masih氏が警察に届けたところ、警察は協力を拒否。一方誘拐犯二人は父親を脅迫し、警察に接触したら娘を殺すと告げ、戻して欲しければ警察に通報しないという誓約書を出せと要求しました。
 
父親はその後人権団体などの助けにより娘を取り戻しましたが、さらに受難は続きます。地元のモスクのイマムが、少女はイスラムに改宗したので、もやはキリスト教徒として生活することはならない、もしイスラムの習慣を守らなければ彼女とその家族はその結果に直面することになるだろう、と宣言したのです。(要するに、ムスリムがイスラムを棄教したら死刑、というイスラム法の規定のことを言っています。)また、村の中の8世帯のキリスト教徒家庭は村から追放し、その家は焼き払うべきだと通告しました。
 
アジアニュースで2014年に報道された事例では。
 
 
パンジャブ在住のSamariya Nadeem氏の16歳の娘が通学途中裕福な地主の手によって誘拐され、強制改宗・強制結婚させられました。警察も政府も対応せず、カトリック教会が解放を求めましたが、イスラム聖職者は「非ムスリムを誘拐して改宗させるのは違法ではない」と主張。
 
同アジアニュースによれば、21歳と20歳の二人の女性が昨年12月に自宅近くでムスリム男性たちに誘拐され、強姦され、強制的に結婚させられました。ラホールのクリスチャン活動家は、誘拐と強制結婚は「地域では非常にありふれたことだ」と言います。
 
 
2016年1月キリスト教徒の若い女性三人が車で帰宅途中ムスリム青年たちに車に乗るよう声をかけられた。それを拒否したところ追突され17歳の少女が死亡。青年のひとりは誘いを断られた際に激怒し「Christian girls are only meant for one thing the pleasure of Muslim men.」(「キリスト教徒の女はムスリム男の快楽のためだけにあるんだ)と叫んだという。

 
ある報告によれば少なくとも毎年千人の女性が強制的にムスリムと結婚させられ改宗させられているそうです。
 
多くの事件が報告されないため実際の数はもっと大きいと見られています。強制結婚は同様のパターンで行われるとされています。12歳から25歳くらいの女性が誘拐され、イスラムに改宗させられ、誘拐者あるいはその仲間と結婚させられるというものです。もし事件が裁判所に持ち込まれても、犠牲者は脅迫を受け、その「夫」たちやその家族から改宗は自発的なものだったと言うよう圧力をかけられるとのこと。犠牲者たちはしばしば性的虐待を受け、売春をさせられ、また家庭内暴力を受け、人身売買網に捉えられることさえあるそうです。反抗する者は「ムスリムとなったからには背教したら死刑だ」と言われます。

これらの実例から、一部のパキスタン・ムスリム市民の憎しみと侮蔑は、何も西洋人に対しての偏見に限られないことが分かります。

「異教徒である」ということ自体が、彼らにとって最も敵意と侮蔑を掻き立てられる要素と見えるのです。

前回は、ムスリムが異教徒と戦ってこれを捕虜とし、特に女捕虜を性奴隷とするという考えかたはコーランに沿ってさほど不自然なことではなく、またそれを支持するイスラム学者や知識人もちらほらいるということを見てきましたが、この考え方は一般パキスタン・ムスリム市民の間にも広がっているように見受けられます。

平和と差別のない・・・はどこにいったのでしょうか。筆者にもわかりません。

エジプト:5000人の村人たちが集団で襲ってくる!
ところかわってエジプト。この国では、最近人口の1割ほどを占めるコプト教徒(キリスト教徒の一派)が頻繁にムスリム暴徒の襲撃に遭っているといいます。

それは特に、「教会が新たに建設される」という噂話がきっかけになったものが多いといいます。
 
11歳のSusana Khalafという少女は、ある晩突然家がムスリム暴徒の襲撃を受けたときのことをこう語りました。
 
「怖かった。男の人が灯油を木の束にかけて私の家の屋根に投げつけたの。それが私たちの上に落ちてきたとき父さんが私たちを外に引きずり出したの。」
 
少女の父Ibrahimは、ムスリム暴徒の襲撃は、彼が自宅の屋根を木からコンクリートに変える際に、家を教会に改装するらしいという噂が広がったためだと言います。
 
昨6月ごろから、イスラム教徒によるコプト(キリスト)教徒への暴力が高まっており、昨月には、やはり教会が建つといううわさにより他の村で5つのキリスト教徒の家が燃やされた。
 
Ibrahimは被害届を撤回せよ、さもなくば「血が流れる」、と圧力をかけられているが、正義が行われるよう求めています。また、娘たちも誘拐をほのめかした脅迫を受けているとのことです。
 

 6月には300人の暴徒が7つのコプト教徒の家を燃やし、70歳のコプト教徒女性に暴行を加え裸にして町を引き回しさらし者にしたと報じられました。
 
 
その理由は、コプト教徒の男性がムスリム女性と関係を持ったという噂が流れたためです。被害を受けた女性はその噂となった男性の母親でした。
 
やはり6月に、建設中だったNaim Azizというキリスト教徒の家が襲撃に遭いました。
 
教会の建設が始まるという噂に怒り狂った多数のムスリム暴徒が集まり、家と建設資材の全てを破壊。Naim とその兄弟にも暴行を加え負傷させ、また近隣のキリスト教徒の家にも投石や略奪、放火を行いました。
 
また7月には、Naim Aziz Moussaというキリスト教徒が、自宅の一部を礼拝のために貸し出そうとしたところ、たちまちムスリム暴徒が集合。
 
投石を始め、また車を破壊し「教会はいらない、会堂を倒してやる、エジプトはイスラムの国だ」と叫んだ。被害者によれば暴徒は5000人以上、老若男女問わず集まってきたとのこと
 
「過激派」とは一部のハネッカエリだけだったのではないでしょうか?

老若男女5,000人が暴徒化するとは、いや、この暴徒たちが主流を占める「穏健派」なのでしょうか? これが平和を愛する大多数のムスリム?ますますよくわからなくなってきます。

そして、コプト教徒たちはエジプトにイスラムが伝えられる前からエジプトに住んでいました。西洋がどうとかは全く関係ないことがわかります。

ただ、異教徒なので憎い。異教徒の礼拝の場所を破壊したい。

ただそれだけのようです。
 
西洋に渡ったムスリムたちの「奮闘努力」
上述したようなパキスタンやエジプトでの事件は、我々日本人の視点からするとなんとなく、「こりゃひどい。だけど発展途上国だったらそんなこともあるかもね・・・まさか先進国では起こらないんじゃない?」と考えがちです。

では、非ムスリム世界に、特に西洋へ渡ったムスリムたちはどう振舞うのでしょうか?

西洋人が「植民地支配と搾取」に邁進していたのは昔の話。

今では、ムスリム移民たちは、メルケル、オバマなどの掛け声のもと、ドイツ、スウェーデン、イギリスなどの欧州諸国そしてアメリカでも、社会保障、無料の教育、医療など、出身国とは比べ物にならないような待遇を受けるようになってきています。

メルケルたちによって両手を広げて迎えられ、そしてこれほどの高い待遇を受けれることによって、長年の「西洋の傲慢さ??」によってかたくなになっていた彼らの心もさすがにやわらかくなっていくのでしょうか。
 
ところがところが、そうでもないのです。西洋世界に移住したムスリムたちの中にもまた、エジプトのムスリムたちと同様、異教礼拝の場所を打ち壊そうと、誰も頼んでもないのに勝手に奮闘努力?する者たちが出てきているのです。
 
ドイツ
 
16歳の少年ふたりがシーク教の寺院を爆破し、3人が負傷しましたが、これらの少年たちは以前ユダヤ人の学生の首を折ると脅迫していたとのこと。そのうち一人は「過激化防止プログラム」に参加していたそうです。そのプログラムも少年たちの信念を変えることはできなかったようですね。何しろイスラムが唯一の正しい宗教なのですから、他の宗教の施設の存在は許されないのです(by ザキール・ナイク博士)。

ドイツ
 
19歳のアフガニスタン人が教会に乱入し、信徒たちがいる目の前で椅子やベンチを投げ散らし、ガラスを割るなど、異教礼拝をやめさせるべく(?)奮闘努力。キリスト教信徒からなぜそんなことをするのかと尋ねられ、「オレはムスリムだからだ!」と一喝。
 
スペイン
 
27歳のモロッコ人がマリア像を破壊しようとした事件のほか、教会に何者かが押し入り、キリスト像などを破壊し、壁に「アッラー」とアラビア語で書きました。

  
           あーあ、どうやって消すんだよこれ。
         とはいえ、イスラム的には、「間違った礼拝」をやめさせ、
       唯一の正しい神の名前を人々に伝えるのは重要な行いなのですね。
     この行為はムスリムにとって「神との契約」だし、それを禁じられたら
       「自分の人生を傷つけられたように感じる」かもしれないので、
        暖かく見守る必要があるかも知れませんね。イスラム的には。
 
スウェーデン
 
ムスリム移民の多いマルモでは、深夜男が教会に押し入り「アラーアクバル」と叫びながらドアやガラスを破壊。駆けつけた警察官にも棒で殴りかかり、催涙スプレーの使用でやっと取り押さえられました。
 
アメリカ
 
教会の礼拝中、近くを車がゆっくりと通り過ぎ、中から男たちが拡声器を使って「アラーアクバル」と何度も叫び、赤ん坊が泣いて儀式を邪魔しないようにとちょうど礼拝堂から出てきた何人かの母親たちをおびえさせました。
 
でも、イスラムって「平和」で「差別」がないはずなのに、なぜ「唯一の正しい宗教」を認めさせるために「実力行使」に出なければならないのでしょうかね。何かモヤモヤしたものが残ります。筆者、個人的には・・・・
 
日本も笑い事ではない:サウジ人留学生の「ジハド」
日本では、慶応に通っていたサウジアラビアからの留学生、モハマド・アブドゥラ・サード容疑者が、浅草で仏像を引き倒し器物損壊の罪で逮捕されたという事件がありました。
 
 
          
           これこそ「冒涜」の罪で通常の器物損壊より
          厳罰に処することはできなかったのでしょうか?
 
もうお分かりかと思います。

平和を愛するはず(?)のムスリムたちの相当数は、どうしたわけか、非ムスリムを憎悪し、軽蔑し、時として物理的な攻撃を仕掛けるのを崇高な義務だと思っているようです。

あなたの隣人の在日ムスリムは、あらゆることを言って否定しようとするでしょう。

これらは全部虚報だとか(いや、証拠写真あるんですけど・・・・)

西洋人の傲慢さが悪いとか(で、なんで君らの同国人が酷い目に遭うの?)

ムスリムが攻撃を受けているから自衛しているのだとか(?西欧はともかくパキスタンとかエジプトで一体誰がムスリムを攻撃してるの?それに西欧にしたって今ではムスリムたちは最高級の待遇を受けてますが?)

しかし、現実には、一部のムスリム市民は、テロリストでも過激派でもないのにも関わらず、明らかに「誰かから攻撃を仕掛けられる前に」非ムスリムを攻撃しているというのは疑いありません。
 
そして、さらに言うなら、ムスリムたちが、発展途上国から先進国へ渡ってきた途端行動パターンを変えるなどという保証は全くないのです。

それどころか、イギリスでは多数のパキスタン・ムスリム移民たちが、その出身国でやっていたのとまったく同様、1400人以上のネイティブイギリス人の少女たちを堂々と性奴隷にしていた事件が発生しているのです。

筆者別ブログの拙稿「ポリティカリーコレクト狂騒曲(4):「レイシスト」は魔法の呪文 」をご参照。


ということは、日本が大量のパキスタン移民を受け入れたら、このような事件が起きないという保証もないということです。

そして、パキスタン移民に限らない話として、もし将来大量のムスリム移民を受け入れたなら、寺社仏閣、教会、天理教や創価学会の施設などが彼らの敵意の対象とならない保証もどこにもありません。

そして、それは受入国でムスリムがどのような待遇を受けているかには全く関係がないのです。スウェーデンのように、下にも置かない扱いをしてもゼンゼン無関係です。

次回、より深くその背景を探るためややこしい教義やら何やらの話が入ってきますが、お付き合いいただけると幸いです。

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