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(お遺産度 ★★★☆☆) |

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こんにちは、ゲストさん
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(お遺産度 ★★★☆☆) |
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創作物語〜クロネコとぼんぼり太郎〜
昔むかしの、とある北の国で暦が終わろうとする頃のお話。
暗くなるのが早く、夜の時間の長いこの頃はクロネコのお気に入りの頃。 暗い闇夜に潜んでゆっくりするのが好きなクロネコ。夜目も利くし、逆に周りからはみつかりにくいから、その日の夜もお気に入りの薮の中…。 ただこの時期は、悪行がたたって暦を終えられない、行き場を失ってしまった魂が鬼火となって町々をさまよう時期。人々が扉を閉ざし家にこもり、暗くなった町には行き場をなくした魂がさまようばかり。
薮のクロネコがじっと虚空を見ている時は…そう、人には見る事ができない、行き場のない魂どもに目をやっている時。
クロネコの中には割りと社交的なヤツもいて、よせばいいのにそういう行き場のない魂にさえ声をかけてしまう。 「ようだニャ!」 姿が見えないから誰にも救われぬ魂は、まさか自分が声を掛けられたとは思わず、しかし声のする方に注意を向けるとキラリと光る二つの光。
近づいてみれば「ようだニャ」ともう一度。二つの光はネコの目。のそりと動く黒い影。行き場のない魂はクロネコの周りにやってくる。 「ようだニャ!人たちには見えなくても、ネコには見えてるニャ。何してるニャ?」
クロネコの問いかけに、行き場のない魂は「命を終えたものの神にも悪魔にも見放され、行き場もなくさまようばかり。せめて罪償いに何かの役に立てれば…」 クロネコは「だったら最後の罪償いに、この町の役に立てばいいニャ。暗い町に灯りがともれば、役に立てるニャ。」 「行き場もなくさまようだけの魂に、そんなことができようか?」 「最後にその魂を燃え尽きさせるニャ。鬼火としてではなく、町を灯す光として、暦の終わる日に自らの運命を終えるんだニャ。」 「最後に燃えて、炎となって町に灯りを…では、どうやって?」 「町に捨てられてる何かに穴を開けてやるニャ。そこに入って、その魂を燃え尽きさせればいいニャ。」 クロネコは行き場のない魂を連れてゆっくりと薮を出る。町角にうち捨てられていたのはいくつかのカボチャ。 「これをひっかいて穴を開けてやるニャ。後は中に入って、この中で燃え尽きるといいニャ。少しでも町を明るくして、罪を償うニャ。」 「わかった。せめて、生き物だった頃の思い出に、何か顔のように穴を開けてくれ。ありがとう、クロネコ。行き場のないこの魂、最後に町を灯して燃え尽きよう。暦の終わる日に、この魂も終えてみせよう。」 行き場のない魂を哀れみ、最後の願いをきいてやるクロネコは、カボチャに不器用ながらも目、鼻、口の穴を開けてやる。そこに行き場のない魂が入り込むと、やがて薄く明るくなっていく。
明るくなったカボチャのぼんぼりを見ながら、「しっかり燃え尽きるニャ。そうだ、最後にお前に名前もつけてやるニャ。ぼんぼり太郎って呼んでやるニャ。」 「ありがたい。最後に名前までもらえて…。名前を呼んでもらえて、ありがたい。最後に、あなたへの恩返しにも、この魂。燃やし尽くして街角に灯りをともしてみせよう。」 その後……。とある北の国ではその国の暦が終わる頃、行き場のない魂がクロネコを探すようになった。クロネコを探して、名前をつけてもらい、最後に町を明るくして罪を償う。そうすれば、また新しい魂となって生まれ変われる…。
カボチャのぼんぼり。さまよえる魂の最後の居場所。クロネコが連れてくる行き場のない魂が、最後に罪を償う場所。 やがて時も流れ、町の角には灯りを灯すぼんぼり、ランタンなどが置かれ、暗い町も徐々に明るくなっていった。もちろん、人間たちの中にももカボチャをくりぬいて作った顔のようなぼんぼりを町に灯す者もあった。
今でも、この時期…いつしかハロウィンと呼ばれるようになったお祭りの頃にはクロネコのかっこうをまねした人が、カボチャのぼんぼり…これもいつしかジャック・O・ランタンと呼ばれるようになったが…それを飾って町を明るくしお祭りを楽しんでいる。 これがハロウィンにまつわる、クロネコとぼんぼり太郎〜ジャック・O・ランタンの妖しくも不思議なお話。 |
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マンガも心動かされるし、その原作にひけをとらない実写映画。 万が一に備えてくれているプロフェッショナルがいるというのは心強いが、その方々の手を煩わさないような万全の備えこそ重要。 (お遺産度 ★★★☆☆) |
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Tr.NO1「SPACEBATTLESHIP ヤマト Opening Title」は、いわゆるヤマトのテーマ。惑星組曲(ホルスト)から火星のリズムが重なっているのはご愛敬?歌詞はなく、ささきいさおの声は聞けないが、ささきいさおの声は映画の方でしっかり聞くことはできるし…。あぁ、また映画を見たくなってきた…。
Tr.NO16「コスモゼロ発進」でも、ヤマトのメインテーマが聞こえてくるがこれは盛り上がる。通勤時のBGMに最適かも!?
(お遺産度 ★★★☆☆)
通勤時によくはおるジャケットにピンバッジをつけていて、気分は地球防衛軍の一員。
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〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜映画の結末に関する感想を述べています〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
1970年代半ばのアニメ放映〜アニメーション劇場公開当時の世の中を振り返れば…仮に「自分」の立場を肯定して「善」とした場合には、明確な「悪」の立場の何かを存在させることは容易であった。世界的には東西冷戦であり…ヤマトの世界ではガミラスが悪の象徴であり、イスカンダルが地球にとって善であった。
あれから三十数年がたち、世の中もかわり価値観も変わり…何がよくて何が悪いのか…私たちは何を信じれば良いのかさえ分からなくなってきている。
そういう状況だからこそ、実写版ヤマトでは「めざすべきイスカンダル」は表裏一体、善悪同源の存在として描かれていた。
自分の目の前に存在する人や環境が善なのか悪なのか、簡単には判断できない。わかりにくいことは多い今の世の中だけれど、それでもそれに対して自分が強い信念をもって近づき、目の前の困難を乗りこえていけば自分の願うものは手に入れられる…という「ゴール」になっていたのではないだろうか…。
見た目だけで判断するのではなく、自分の目指すところへと勇気を持って近づいていき、そしてその奥なる部分にも自ら接することもおそれない。
そうすることができれば…また平和な地球に戻れるかもしれない…。
汚れた地球を甦らせるのはコスモクリーナーDという機械、装置ではなく人間の勇気ある行動であり、生きることで受け継がれていく命である。そう思わされた後半〜エンディングの描写であった。
↑数年前に「食玩景品」として手に入ったピンバッジ。「宇宙戦艦大和」という表記が厳つい。
↑上映中の映画館で先日、つい手に入れてしまったピンバッジ。
(お遺産度 ★★★☆☆)
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