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雪やこんこ あられやこんこ
降つては降つては ずんずんつもる 山も野原も 綿帽子かぶり、 枯木残らず 花が咲く 雪やこんこ あられやこんこ
降つても降っても まだ降りやまぬ 犬は喜び 庭かけまわり 猫はこたつで丸くなる (お遺産度 ★★★★☆)
〜 〜 〜 〜 〜
この唱歌が世に出たのが1911年のことだからもう百年も前のこと。当時のことを知る人も少なくなってきたので、改めて「この歌を作った人は?」と調べるのは困難。
ここではあえて「名を出さなかった理由」を考えてみたい。
作者不詳というか小倉百人一首においては「読人不知」、つまり「詠み人知らず」の歌がいくつかある。そしてそれらは、禁断の恋の歌などを歌っている場合に多い。
誰が作ったかを知る人がいないというより、「わけあって名乗れぬ」立場の人が作ったと思われる百人一首の中のいくつかの和歌。
ひょっとしたらこの唱歌「雪」においても同様に、素性を他人には明かせない立場の人が作ったのではないだろうか。
では、この「雪」の製作に携わった人たちはどういう立場だったのであろうか。そのことを歌詞から想像をしてみたい。
枯れ木の立ち並ぶ野山にいることがわかる。また、降り積もっていくのを眺めていることから、しばらくは山に居続けることもできたのではないだろうか?
山中にて急な雪に降られると、装備が万全でない場合は命に関わる。即時下山を強いられる。
野山にいて雪が降り続く様子を眺められたということは、それなりの装備をして野山に行き、行動に急を迫られることもなかったとも想像される。
とはいえ、庭駆け回る犬やコタツのネコなども身近にいるとなると、陸軍の雪中行軍のような状況とは思えない。
野山にいながらも、身動きがとれなくなるほど降り積もる前にコタツに戻れるような立場の人…要は閑人? 明治期に閑人を気取るのは、やはり人目をはばかるものであったのではないだろうか?
それゆえに、こういう立場にある己の身上を公表できずに、いたしかたなく「作詞作曲者・不明」ということで落ち着いたのではないだろうか?
肝心な時に閑人は役に立たない…こういう誹りを免れるためにも、この歌は「誰が作ったのかわからない」ということを公式決定したに違いない!
どこのだれかは知らないけれど、他人とは思えない人が作ったように思えて仕方がない気がするのは、私だけではないと思う。
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音楽
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人は変わるもの、まして5人もいるバンドなら激しく変わりゆくもの…そういうことも示してくれたCD。「このバンドのオススメの一枚」にはなりえないだろうけど、それでも手にしてしまった一枚…天気が悪くて暑くない時期なら大丈夫かもしれない。 (お遺産度 ★★★☆☆) |

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(↑ジョン・サイクスの『Loveland』)
日本人ミュージシャンならこっ恥ずかしくてつけられないであろう『Loveland』なんて表題を堂々と付けてしまえるのもジョン・サイクスならでは。 『SERPENS ALBUS』(WHITESNAKE)内の『Is this love』のようなラブソング集。 秋の夜長には最適。 (お遺産度 ★★★☆☆) |

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だがオジー・オズボーンのギタリストというとこの人。 オジーと出会う前の音源で、シンプルなロックンロール。一部に後の『CRAZY TRAIN』に通じるフレーズも感じられなくもない…なので、ランディ・ローズの音源集で間違いないとは信じてる。 (お遺産度 ★★★★★) |

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カッコイイ…マーシーもザックも…。単純にそう思う。 西田昌史の歌はアースシェイカー時代もソロでも日本語が変ではないし、言葉が無理してないので良い。 (お遺産度 ★★★☆☆) |

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