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(最近の私の記憶に残る凶悪事件) 1.名古屋市千種区の会社員磯谷利恵さん(31)が拉致、殺害された事件 2.女性射殺巡査長 無断侵入発覚恐れ凶行 などなど世間では、我々が絶句するような凶悪事件が頻発している。絶対に許せない。 被害者が愛する人であったら、報復したいという気持ちを制御できるか疑問である。 (忠臣蔵のように仇討ちも・・・義挙か暴挙か? ただし現在では当然違法である。) 参考 ※忠臣蔵 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 → http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E7%A6%84%E8%B5%A4%E7%A9%82%E4%BA%8B%E4%BB%B6 (立件され、刑事裁判で死刑確定した死刑囚に対する刑の執行について) 死刑制度廃止について日弁連主張をご覧下さい → http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/hr_res/2004_3.html 日弁連平山会長声明 → http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/statement/070823.html 日本における死刑など → http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E6%AD%BB%E5%88%91#.E6.97.A5.E6.9C.AC.E3.81.AB.E3.81.8A.E3.81.91.E3.82.8B.E6.AD.BB.E5.88.91.E3.81.AE.E6.AD.B4.E5.8F.B2 → http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%BB%E5%88%91 皆さんは、この議論について、どのようにお考えでしょうか? 私なら・・・冤罪の可能性の皆無な案件は、最高刑に現行のとおり、死刑を存続し 凶悪犯を処罰したい。 ただ、日弁連は制度上の欠陥を指摘し、死刑を見合わせよと主張している。 参考までに・・・・ (慎重に考える必要のある、私が考える客観的な問題点) 誤認逮捕 → 無罪を証明できれば誤認逮捕 (類似語:冤罪) 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 [編集] 概要 捜査機関がある人物を逮捕した場合に、その後の捜査によってその者の無実が判明し、釈放される場合がある。この場合の逮捕を誤認逮捕という。なお、法的用語とはいえず、マスコミ・一般用語である。 誤認逮捕は、下記に述べるように、現行刑事裁判制度においては逮捕制度に内包された、当然におこりうる状態である。そのため、原則として違法行為ではない。 なお、冤罪は法的用語としては無実の人物が起訴され審理を受けた結果、無実であるのに有罪判決を受けた場合を指す。これに対し、誤認逮捕は逮捕の時点では有罪か否かをこれから判断する状態であり、また冤罪は逮捕を必ずしも要しない。そのため、誤認逮捕と冤罪は厳密には異なる用語であるが、マスコミ等には混同されて使用されることがある。 [編集] 誤認逮捕の発生原因・違法性 [編集] 発生原因 逮捕は捜査機関がある人物に対して犯罪を犯したとの嫌疑を持った場合に逮捕の必要性があればなしうるのであるが、捜査機関は逮捕を行うことで犯人の逃亡防止や証拠隠滅を防止し、逮捕した人物を起訴をして有罪の判決を得られるだけの証拠を集めるための捜査を行うため、この「嫌疑」はその時点の証拠関係から判明した相当程度のものでよい、とされる。したがって、必ずしも確実ではないものの、ある人物が犯罪を犯したとの嫌疑が高く、その者の逃走や証拠破壊を防ぐ必要がある場合には逮捕がなしえ、その中にはその人物が無実であった場合も含まれうることになる。 したがって、誤認逮捕はおきない方が良いということは当然としても、逮捕したものが実は犯罪を犯していなかった、と後から判明することは制度上は何らおかしいことではない。 そのため、誤認逮捕がおきる場合には、捜査機関が適切な努力のもとに、適切な確信をもって逮捕行為を行ったが、誤認逮捕が発生してしまう場合もある。 特に、先行して逮捕された者が無実の者を共犯者として引きずり込もうとした場合に鮮明に現れる。例えば、覚せい剤使用の罪で逮捕したAが、「Bとともに使用した」と供述をした場合、Bに対して逮捕の要件が具備され(Bに覚せい剤使用歴などがあればなおさらである)、逮捕がなしうる。しかし、逮捕後の捜査でAの供述が嘘であり、Bが無実であると判明すれば、Bの逮捕は誤認逮捕であったということになるが、この場合の捜査機関の行為は適切である。 もっとも、捜査機関の完全な怠慢によって、あやふやな証拠を妄信し、事実を確認する捜査を怠ったために誤認逮捕が発生してしまう場合もある。 逮捕はされていないが、松本サリン事件ではそのような捜査がなされた。
加害者よりも被害者の立場になって考えてほしいと思います。 何の罪もない人ひとりの命を奪ってしまったら、自分の命でつぐなってほしいくらいです。デスノートじゃないけど、犯罪者にはもう少し厳しい罰を与えても構わないくらい。じゃないと犯罪は減らないと思います。
2007/9/1(土) 午後 11:41
大学の時に法学の授業をとりました(文学部でしたが)。そのとき、死刑制度の是非論をめぐるテーマで調査研究をし、かなりいっぱい考えました。海外では死刑を容認しない団体もあるし、いろんな本や映画を見て、正義とは何か、を考え、でも未だにこれは結論の出ない問題です。私は死刑は反対、ですが、死刑制度を無くせば、「殺人を犯しても自分は法で殺されることはない、という保険を作ってしまうことがあるのではないか?」と考えるのです。とても関心のあるテーマで、大学生の時、殺人事件の裁判に傍聴しに行ったこともあります・・・永遠に答えは出なさそう!!
2007/9/2(日) 午前 0:43 [ mif*lli* ]
よくお調べになられましたね。 この問題については、私も常日頃からいろいろな思いを持っておりました。私のブログでもお話したいと思っていたときでしたので、非常に深く考えさせられました。今の日本は、司法ひとつを取り上げても、余りにも多くの諸問題を抱えすぎですね。その中での議論ですから、端的に判断するのは本当に困難といえるのかもわかりません。
2007/9/2(日) 午後 1:39
了解です。ご丁寧にありがとうございます。 → お☆JOさんへ
2007/9/4(火) 午前 0:00 [ tha*k*toy*ursmi*e ]
難しい問題で、何が正しいとは言えないのでしょうけど… 私は、目には目を!歯には歯を!だと思っています。 事情や状況によって違いますが、例えば殺した人数に関わらず、人の命を無理矢理絶ってしまった人に、更生の権利があることすら寛大だと思ってしまいます。 だって亡くなった人は戻ってきません。言葉は悪いですが殺され損です。 誤認逮捕や冤罪の可能性と、死刑問題とは同じに考えられないような気がします。もっと司法機関と警察がしっかりすれば良いのでは?!と思ってしまいます。。。
2007/9/4(火) 午前 1:40 [ - ]
外国に比べたら日本の罪は軽すぎるね。加害者の人権は守られて被害者の人権は無視されているような気がしてならないね。
2007/9/4(火) 午前 9:17
私が優柔不断なのか、いろんな人の意見を聞くと「うん!そうだね〜〜」と思うんです。 でも、死刑と言う処罰がなくなったら、もっと凶悪犯が出るのではないかと言う恐ろしさがあります。
2007/9/7(金) 午後 2:38
「加害者よりも被害者の立場になって考えてほしい」心情的にはまさに同感です。加害者にも人権を十分過ぎるほど与えているわが国は犯罪者からある種、侮蔑して「犯罪天国」と呼称されているようですね。→ あられさんへ
2007/9/9(日) 午後 9:35 [ tha*k*toy*ursmi*e ]
本当にご意見が十分すぎるほど理解できますね。「死刑制度は反対だが廃止すれば悪の抑止効果がなくなる」ということですね。そのとおりだと思います。確かに難しい問題ですよね。 ところで、ある意味、死刑制度は国家による殺人とも言われていますよね。しかし、古くは大化の改新前後の律令制においてはっきり制度化され、規律維持のために施行されてきたように思います。誰しも究極的には、言論だけでお互いに分かり合える平和な世の中を希望しますが、現実的にはいつの世も悪ははびこっています。この世の乱れをある程度、統制するためには死刑制度の存続はやむを得ないものと個人的には考えています。ただ、抱き合わせで警察検察の捜査方法、司法の判断方法の精度を高めることが必要ですが。→ ミフリーさんへ
2007/9/9(日) 午後 10:11 [ tha*k*toy*ursmi*e ]
そうですね、私も概ね、共通の認識でいるものと思っております。ただ、私の方が犯罪者に対して、冷酷であるようですね。 それは被害者感情のウエイトを大きくとらえてしまう傾向にあることと、一般的に加害者の自己中心的な考え、責任転嫁傾向(国家が悪い、社会が悪い、近隣が悪い、あいつが悪いとか)が多分にあるのが許せないからでもあります。 → お☆JOさんへ
2007/9/9(日) 午後 10:30 [ tha*k*toy*ursmi*e ]
お気持ちは本当によくわかります。私もどちらかというとかなり近い考えだからです。 ただ、・・・捜査や科学にも限界があります。その現実がある以上感情論だけで行動するのは論外だけど、証拠等決定的である事件に対しては死刑執行すればいいと思っています。人を一人裁くわけですから、十分な捜査、裁判を求めたいと思います。→ みみさんへ
2007/9/9(日) 午後 10:38 [ tha*k*toy*ursmi*e ]
同感ですね。現行制度は、なんだか、「加害者の人権を十分過ぎるほど守ることがりっぱなことで、かつ、(先進国として)文化水準が高くて誇らしいことだ」と司法界が定義づけているように思えてならないです。偏見でしょうが・・・。 → ジローさんへ
2007/9/9(日) 午後 10:56 [ tha*k*toy*ursmi*e ]
ゆうこさんの言うとおりだと思いますよ。死刑制度は悪の抑止制度ですよ。最低限の規律・秩序の維持には私は必要不可欠だと思います。ただ、死刑は究極の刑罰となるために、その捜査、裁判の正確性を完全なものとする必要があると考えます。もちろん、どんなに疑わしくても、悔しくても証拠もなく、感情論で乱用すべき刑罰であってはならないと思います。→ ゆうこさんへ
2007/9/9(日) 午後 11:11 [ tha*k*toy*ursmi*e ]
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加害者よりも被害者の立場になって考えてほしいと思います。
何の罪もない人ひとりの命を奪ってしまったら、自分の命でつぐなってほしいくらいです。デスノートじゃないけど、犯罪者にはもう少し厳しい罰を与えても構わないくらい。じゃないと犯罪は減らないと思います。
2007/9/1(土) 午後 11:41
大学の時に法学の授業をとりました(文学部でしたが)。そのとき、死刑制度の是非論をめぐるテーマで調査研究をし、かなりいっぱい考えました。海外では死刑を容認しない団体もあるし、いろんな本や映画を見て、正義とは何か、を考え、でも未だにこれは結論の出ない問題です。私は死刑は反対、ですが、死刑制度を無くせば、「殺人を犯しても自分は法で殺されることはない、という保険を作ってしまうことがあるのではないか?」と考えるのです。とても関心のあるテーマで、大学生の時、殺人事件の裁判に傍聴しに行ったこともあります・・・永遠に答えは出なさそう!!
2007/9/2(日) 午前 0:43 [ mif*lli* ]
よくお調べになられましたね。
この問題については、私も常日頃からいろいろな思いを持っておりました。私のブログでもお話したいと思っていたときでしたので、非常に深く考えさせられました。今の日本は、司法ひとつを取り上げても、余りにも多くの諸問題を抱えすぎですね。その中での議論ですから、端的に判断するのは本当に困難といえるのかもわかりません。
2007/9/2(日) 午後 1:39
了解です。ご丁寧にありがとうございます。 → お☆JOさんへ
2007/9/4(火) 午前 0:00 [ tha*k*toy*ursmi*e ]
難しい問題で、何が正しいとは言えないのでしょうけど…
私は、目には目を!歯には歯を!だと思っています。
事情や状況によって違いますが、例えば殺した人数に関わらず、人の命を無理矢理絶ってしまった人に、更生の権利があることすら寛大だと思ってしまいます。
だって亡くなった人は戻ってきません。言葉は悪いですが殺され損です。
誤認逮捕や冤罪の可能性と、死刑問題とは同じに考えられないような気がします。もっと司法機関と警察がしっかりすれば良いのでは?!と思ってしまいます。。。
2007/9/4(火) 午前 1:40 [ - ]
外国に比べたら日本の罪は軽すぎるね。加害者の人権は守られて被害者の人権は無視されているような気がしてならないね。
2007/9/4(火) 午前 9:17
私が優柔不断なのか、いろんな人の意見を聞くと「うん!そうだね〜〜」と思うんです。
でも、死刑と言う処罰がなくなったら、もっと凶悪犯が出るのではないかと言う恐ろしさがあります。
2007/9/7(金) 午後 2:38
「加害者よりも被害者の立場になって考えてほしい」心情的にはまさに同感です。加害者にも人権を十分過ぎるほど与えているわが国は犯罪者からある種、侮蔑して「犯罪天国」と呼称されているようですね。→ あられさんへ
2007/9/9(日) 午後 9:35 [ tha*k*toy*ursmi*e ]
本当にご意見が十分すぎるほど理解できますね。「死刑制度は反対だが廃止すれば悪の抑止効果がなくなる」ということですね。そのとおりだと思います。確かに難しい問題ですよね。
ところで、ある意味、死刑制度は国家による殺人とも言われていますよね。しかし、古くは大化の改新前後の律令制においてはっきり制度化され、規律維持のために施行されてきたように思います。誰しも究極的には、言論だけでお互いに分かり合える平和な世の中を希望しますが、現実的にはいつの世も悪ははびこっています。この世の乱れをある程度、統制するためには死刑制度の存続はやむを得ないものと個人的には考えています。ただ、抱き合わせで警察検察の捜査方法、司法の判断方法の精度を高めることが必要ですが。→ ミフリーさんへ
2007/9/9(日) 午後 10:11 [ tha*k*toy*ursmi*e ]
そうですね、私も概ね、共通の認識でいるものと思っております。ただ、私の方が犯罪者に対して、冷酷であるようですね。
それは被害者感情のウエイトを大きくとらえてしまう傾向にあることと、一般的に加害者の自己中心的な考え、責任転嫁傾向(国家が悪い、社会が悪い、近隣が悪い、あいつが悪いとか)が多分にあるのが許せないからでもあります。 → お☆JOさんへ
2007/9/9(日) 午後 10:30 [ tha*k*toy*ursmi*e ]
お気持ちは本当によくわかります。私もどちらかというとかなり近い考えだからです。
ただ、・・・捜査や科学にも限界があります。その現実がある以上感情論だけで行動するのは論外だけど、証拠等決定的である事件に対しては死刑執行すればいいと思っています。人を一人裁くわけですから、十分な捜査、裁判を求めたいと思います。→ みみさんへ
2007/9/9(日) 午後 10:38 [ tha*k*toy*ursmi*e ]
同感ですね。現行制度は、なんだか、「加害者の人権を十分過ぎるほど守ることがりっぱなことで、かつ、(先進国として)文化水準が高くて誇らしいことだ」と司法界が定義づけているように思えてならないです。偏見でしょうが・・・。
→ ジローさんへ
2007/9/9(日) 午後 10:56 [ tha*k*toy*ursmi*e ]
ゆうこさんの言うとおりだと思いますよ。死刑制度は悪の抑止制度ですよ。最低限の規律・秩序の維持には私は必要不可欠だと思います。ただ、死刑は究極の刑罰となるために、その捜査、裁判の正確性を完全なものとする必要があると考えます。もちろん、どんなに疑わしくても、悔しくても証拠もなく、感情論で乱用すべき刑罰であってはならないと思います。→ ゆうこさんへ
2007/9/9(日) 午後 11:11 [ tha*k*toy*ursmi*e ]