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いじめと資本主義

今年はスポーツ界のハラスメントが多く取り上げられました。
言い方が違うだけで「いじめ」の形の一つです。
安倍さんと戦った石破さんは敗れた結果、内閣に入れませんでした。
この冷遇もやはり「いじめ」の一つでしょう。

いじめの問題は決して子どもたちの社会だけで起きている特殊な問題ではなく、
むしろこの社会構造の中では必然的に「いじめ」は生まれるものなのではないだろうか。
と思いました。
そうだったら、学校からいじめを無くそうなんて言ってますが、
そもそも大人たちの社会の中でさえも無くならないものを、どうやって無くす事ができるのでしょう。
どちらが先というものでもないけど、いじめによって自殺する子どもを救うためには、
大人たちの社会の在り方も少し考える必要があるのではないでしょうか。

おそらく、僕たちは謙虚に、思慮深くならなくてはいけない。
優遇され、称えられ、慕われることを手放しに喜ぶのではなくて、
その意味の背後を想わなければいけない。

資本主義の社会という教室の中で、いじめる側、それに加担(傍観)する側、いじめられる側の
どこにも属さないという事が果たして可能なのだろうか。
おそらく・・・可能だろう。

世界の平和を願うなら、家に帰って家族を大切にしなさい。

そうゆうことだろう。
と今は思います。
自信はありません。

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