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 読書してアウトプットはしてます。でも読む前からアウトプットを意識して本を読んだりはしません。
 というか読書はただ楽しいから読む価値があるわけで、なんで最初っから変な意識混ぜて読まなければいけないのか。意味が分かりません。

 というわけで、なんで読書にアウトプットを意識するのが意味不明なのか、3つほど考えてみました。

1、本は読むまで中身は分からない

 すごい当たり前のことですが、本の中身は読むまで分かりません。
 目次見れば予想できないことは無いんですが、やっぱり実際読んでみてからじゃないと分からないですね。
 特に自分なんかは、本の内容と言うより本を書いた人の思考や生き方を読みとりたいほうなので、中身はあまり重要視してなかったりします。
 加えて、本の中身からアウトプットを意識するときって、本の一部を読んでいて「あ、やってみようかな? 使えそうかな?」とか思った時くらいです。
  むしろ意識せずに自然とアウトプットしてます。
 既に何かしら作業をやってる人からすれば、たぶんこんな感じで読んでるんじゃないかなと。
 アウトプットなんて先に来るんじゃなくて、後から意識が来るものです。
 なのでアウトプットを先に意識して読む必要は無いです。

2、アウトプットって言うほど具体的じゃない

 アウトプットって意識したから出るわけじゃないです。むしろ無意識の時のが出たりします。
 特にアイデアとかになると、読書を終えてお風呂に入ってリラックスしてたら、さっきまで読んでた本を思い返してるうちにふとアイデアが浮かんだりします。
 しかもそのアイデアはさっきまで読んでた本にかする程度の物だったりします。
 つまり、いつアウトプットされるか分からないものに期待して、アウトプットを意識しても無駄なときがあります。
 
3、アウトプットを意識することが楽しくない

 アウトプット自体はすごく楽しいです。
 でもアウトプットを意識して本を読むのは楽しくないです。
 読書は楽しいから続くのであって、つまらないものは絶対続きません。
 しかもアウトプットを意識すると「これは使える」「これは使えない」みたいなことを機械的に判断し始めます。
 そうするともはや本を読んでると言うよりは、ひよこのオスメスを判断してるかのような気分になります。
 またアウトプットを意識して本を読んでも、本から何1つアウトプット出来なかった場合、自分の駄目さ加減を責めそうですごく嫌な気持ちになります。
 そんな気持ちの為に本を読みたいとは思いませんし、それが継続すると、やがて読書を止めてしまうでしょう。
 

 というわけでアウトプットを意識して本を読むのは苦しいだけです。何か目的を持つにしても、まずは本を読んでみる程度の気持ちで始めた方が、いいんじゃないでしょうか?
 と、そんなことを昨日考えていました。いったい何について怒ってんだろう? 読書のことになるとどうも怒りが沸いてくることがあります。不思議です。


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