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昨日、栃木県の喜連川にある早乙女温泉というところに行ってきました。
ここの温泉は湯の花がすごく硫黄の香りも強い、かなり濃い泉質でした。 これぞ温泉といった感じで、個人的にはすごい大満足でした。 年内にもう一度行きたいと思います。 一方で普通に見たらどうしようもなく残念な部分がありました。 それは、 1、施設がぼろい
2、値段が高い といったところ。
まず1に関しては、施設がぼろいです。まずお風呂場には入る場所が1か所でサウナも無ければ、ジャグジーのようなものも無し。
もちろん露天風呂も無し。 しかも窓から見える景色は木に邪魔されてほとんど見えない。 シャワーを掛けようと思ったら何ヵ所かは壊れていて、お湯を出そうにも温度設定は水と同時出しという前時代的なもの。 加えてお湯は温泉なので、髪を洗ったら塩気でぼさぼさに。 また休憩所に行ったところ、暖房設備があまり稼働してなくて少し肌寒く、飲み物を買おうにも自動販売機無し(飲み物は売っている)。 2の値段については、そんなぼろい施設にも関わらず1050円。
ここよりよっぽど良い施設でも500円の温泉施設はざらにある中、その2倍の値段設定。 といった感じです。
そこでふと思ったのが、日帰りで温泉に行く人達は何を求めて温泉に行くのかというのが気になりま した。
そして考えてみたのがこちら。
1、建物で選ぶのか?
2、値段で選ぶのか? 3、泉質で選ぶのか? 4、景色で選ぶのか? 5、場所で選ぶのか? 1、建物で選ぶのか?
最近の公共浴場はほんとうに凄いです。
露天風呂やサウナはもちろん、垢すり、かま風呂に加えて、最近では寝湯というものもあります。 また入浴後の休憩施設にも休憩所はもちろんマッサージを受けられるものや仮眠スペースがあったりして、本当に充実しています。 なのでこういう建物内の要素によってお風呂を選ぶ人はいるんじゃないかと思います。 2、値段で選ぶのか?
温泉の入浴料って本当に場所によって変わります。
無料のところから2000円を超える温泉施設があります。 特に都心なんかだと、ホテルと併設してある場所では普通に3000円取られたりしますから、温泉に入る値段というのは本当に様々です。 なので値段を気にして入ってる人もいるんじゃないかと思っています。 3、泉質で選ぶのか?
温泉のメインはお風呂です。
そのお風呂を成り立たせるのは、やはりお湯です。 そしてこのお湯の質が良いと、お風呂もすごく気持ち良いものになります。 特に源泉かけ流しだったりすると、来てよかったなという気持ちになります。 逆に循環ろ過とかになると、泉質が下がってる気がしてあまり気持ち良いと思う気分にはなれません。 自分がまた来たいと思う温泉は大体この点で判断します。 4、景色で選ぶのか?
温泉(主に露天風呂)には景色が付き物です。
特に山の上にある温泉となると、かなり良い眺めの景色が見られたりします。 そこに温泉が加わると、ゆったりとした気分で景色を楽しむわけですから、かなりリラックスできます。 自分はこの点でも温泉を選ぶときがあります。 栃木県の湯西川付近は景色の良い温泉があるので、たまに行くことがあります。 5、場所で選ぶのか?
温泉の利用方法は様々ですが、利用目的は大抵の場合は疲労回復ではないかと思います。
なのでわざわざ1県跨いで行くぐらいなら、近場でいいやという人は居るかと思います。 逆に遠出しないと温泉に行ったという気がしない人もいるかと思います。 ちなみに自分はあまり人がいなさそうなところを好みます。 なので自然と都心や埼玉よりも栃木や群馬の方に行くことが多くなります。 ということで、温泉選びの基準みたいなものを考察してみました。 他の人は何を基準に温泉に行くのでしょうか? ちょっと気になるところです。 しょぼいSS投稿掲示板を運営しています。
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日々考えてること
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ツイッターログインの仕組みがいまいち分からなかったので、プログラム(PHP)の勉強を基礎から見直
してきました。
ちなみに利用したのはドットインストールさんです。 PHP基礎の動画を全部見直しました。 そしてPHPのクラス関係がかなり弱いことが分かったので、そこら辺を手探りながらツイッターロ グインシステムを作ってみたというところです。
それで昔、恩師に言われたことがありまして、勉強が分からなくなったら小学1年生の教科書から見直せということを言われました。
一見回り道のように見えますが、これが一番早い近道だそうです。 なのでPHP関連の動画と本を最初の基礎の部分から見たわけですが、割かし良い面があったのでその記録を残しておきたいと思います。 それではどうぞ。 1、元々は簡単な物の積み重ね
どんな分野にでも言えることですが、基礎から見ていけば、最初はすごく簡単なものです。
それらが徐々に難しくなるのは、簡単なものが膨大に積み重なった結果だと言えます。 プログラムも同じです。 最初はすごく簡単です。 でも覚えることが多くなってくると、途中でド忘れしたり、分からなくてもそのまま飛ばしてみるといったことをやり始めます。 それでもある程度はだましだましでなんとかなりますが、それも難問にぶつかるとどうしようも無くなります。 でもその難問も簡単なものの積み重ねです。 また難問になりうる場合は大抵知識が足りていない場合です。 そして足りてない知識はド忘れしたか、飛ばした部分にある場合があります。 なのでまた最初から勉強して足りない知識部分を補完することによって、難問への足がかりを得ることが出来ることがあります。 よって最初から勉強することで前進できるようになります。 2、取り逃した基礎の部分が分かる 1でも言いましたが、最初から勉強することによって飛ばした部分を補完することができます。
でも実際にこれを自覚していないことがあります。 というのは最初から勉強していると、一度勉強したと思っても、まったく目に触れていない部分に気付くことがあります。 今回のPHPのクラスの部分は、初めて聞くことばかりでした。 またそれ以外でも、基礎中の基礎の中にも知らないことが出てきたりしました。 1から勉強すると、そういう部分がまるで部屋に溜まったほこりのように徐々に出てきます。 そしてそういう部分から難問への足がかりを得たりするので、割と侮れないなというところです。 なので最初から勉強するのは決して遠周りではないんだなと感じました。 3、少し読めるようになる⇒成長
もう一度最初から勉強するということは、前よりも深く勉強することです。
なのでまるで分からなかった難問に対しても、少し理解できるようになってきます。 そして分かるようになると、次は何をすればいいのか自然と道筋が立ってくるようになります。 ただ道筋を立てただけでは、本当の意味で自分の知識になったとは言えません。 なのでその道筋の正しさを示すために、勉強したことを吐き出す必要があります。 ただ知識を使って色々と試し始めると、失敗が起きます。 なので失敗の度に徐々にちゃんとした道筋に修正して、正しい道のりを見つけることに力を注ぎます。 正しい道のりを見つけるまでは、ずっと失敗修正を繰り返すので、しんどくなるときがあります。 しかし続けていくうちに正しい道のりが見え始めて、最後にはある程度の物が出来あがったりします。 そして終わってみると、前よりもずっとちゃんとした知識と応用力がついていたりします。 つまり前よりも成長したということです。 なので分からなくなったら最初から勉強してみることは、前の自分より前に進む行為なのです。 という感じでした。 まだまだ理解力不足とはいえ、まったくツイッターログインの仕組みが分からないところからなんとかログインシステムを組み込みました。 そして終わってみると、PHPのクラスについても少し理解できるようになったし、今までも良く分からないまま使ってたプログラムについても少し理解できるようになりました。 ただたった4日とはいえ結構しんどかったです。 でも良い経験でした。 なので難問にぶち当たったら、一度最初から勉強することをオススメします。 しょぼいSS投稿掲示板を運営しています。
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ツイッターのログインシステムに手を出そうとしましたが、結果少しばかりの無駄な時間を過ごしました。
しかしそこに後悔は無く、無駄だったことにも少なからず意味があるんだなと思えたので、それを言葉にしてみました。
それではどうぞ。
・自分にとって数段上の物は手を出しても無駄に終わる可能性がある。
・しかしそれが無駄と予測できるためには、一度それを手に取ってみる必要があることを今日知ることになった。
・今日の自分はツイッターのログインシステムに手を出そうとした。
・なのでドットインストールさんのところに行って、学習しようと思い検索した。
・検索した結果、最新版(有料)と旧版(無料)の2種類が存在した。
・自分は最新版が見たかったし、ドットインストールさんの各種動画にはかなりお世話になってるので、その意味も込めて1ヶ月の有料会員登録をした。
・そして最新版(有料)のツイッターログインシステムを動画を見ながら同じものを作った。
・そうして動画の話数を進めていくうちに、良く分からない知識が少しづつ増え始める。
・そして全話終えるころには、頭の中はちんぷんかんぷんの状態だった。
・ただドットインストールさんのいった通りにプログラムを記述したので、試作品自体はちゃんと出来た。
・とはいえ、それはただ出来ただけであり、自分で作ったという感覚の無いものだった。
・ゆえに何の理解も無い状態で出来てしまったプログラムだった。
・加えて何の理解も無い状態で作ったので、自分流にどう料理すればいいのか分からない。
・なので自分のウェブサイトへの実装の仕方もあまり想像できない。
・つまり最新版(有料)に手を出したのは、時間の無駄であり、傍目から見たら無駄なことだった。
・しかし一方で、自分はこの無駄な時間に感謝したいと思った。
・なぜなら、この最新版(有料)は確かに優秀な物だったから。
・そしてその優秀なものにまだ自分は届いていないということを実感することが出来たから。
・なので今の自分ではまず手を出さない方が良いという結果が得られたことは1つのいい収穫だったと思えた。
・またどこがうまく理解できていないのかも、ある程度あぶり出すことが出来た。
・よって自分は、無駄な時間にもちゃんと意味があるのだと少し理解することが出来た。
・そして今後もこういう無駄な時間なら歓迎しようという前向きな気持ちになれた。
といった感じです。
無駄な時間というのは失敗と同じです。
でもこうやってなんとか実装しようとして無駄に終わった時間というのは、何もしなかったときに比べていく分も気持ちが楽であり、終わった後も気持ちが良い感じでした。
なので例えうまくいかなかったとして、それはそういうものだとして今後はもう少し前のめりで考えていけたらなと思いました。
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昨日温泉に行ってきて入浴後に2冊ほど本を読みました。
その中で目に止まった話題が言葉に気をつけてみるということでした。 普段から気を付けるようにはしていたのですが、それでもまだまだ自分が浅はかであることをつきつけられたので、その反省も込めて書きたいと思います。 それではどうぞ。 1、やったことないことは「実験」ということにする
やったことないことや、自分が未知と感じることは「実験」という言葉を使うようにしています。
前にブログでも書きましたが、実験は成功も失敗も前向きに捉えた言葉です。 なので失敗に不安や恐怖を抱かないように、実験という言葉を使うようにしています。 最初のころはただプログラムを書くだけでも足がすくんでいましたが、この言葉を使うようになってから、プログラムを書くのが楽になったり、ウェブ上に上げるのにも抵抗が無くなってきました。 ただまだ人間関係についての部分には不安が残ったりするので、そこら辺が今後の課題だと思っています。 2、「とりあえず」ではなく「まず」を使う
「とりあえず」ではなく「まず」という言葉を使う方が良いようです。
「99%%の人がしていないたった1%の仕事のコツ」という本に載っていました。 「とりあえず」という言葉はやっつけ仕事をしているようで、中途半端な言葉だそうです。 なので「まず」という言葉を使い、「次に」という言葉に繋げて前向きに物事を進ませる方がいいようです。 自分は「まず」という言葉は使っても、「次に」とは言っていなかったので、今後は「とりあえず」は使わないようにして「まず」から「次に」という言葉を使っていきたいと思います。 3、ネガティブな言葉より、ポジティブな言葉を使う
どんな本にも書いてあるのですが、ネガティブな言葉よりポジティブな言葉の方が人生が豊かになるそうです。
「大丈夫! うまくいくから」という本を読んで、なるほどなと思いました。 この本の内容はかなりスピリチュアルというか、眉つば的な物なんですが、自分の中にすんなり入ってきたので、とりあえず実践してみたなと思いました。 実際ネガティブな言葉は自分にブレーキを掛けることがあるのは知っています。 「自分は駄目だ」とか「どうせうまくいかない」という言葉はやる気を無くします。 逆に「今日も良い日だ」とか「楽しい!」という言葉は確かに自分のやる気を回復してくれている感じがします。 なので今後はポジティブな言葉を使うようにしたいと思います。 ということで、本を2冊読んだ感想的な話でした。 前々から気になっていたことだったので、なんとなくここら辺が印象深い感じでした。 というわけで、今後も言葉遣いは気をつけていこうと思います。 しょぼいSS投稿掲示板を運営しています。
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ここ2年くらいはあまりテレビを見なくなりましたが、それでもたまに見ると大抵はニュースだったりバラエティだったりです。
特に食事中に見ることが多いのですが、ふと何度も同じようなニュース解説を見たので、今後のテレビ業界は暗そうだなということを言いたいと思いました。
それではどうぞ。
最近のテレビのニュースの気にいらない部分
1、例だけを出して極論的批判を出すとき ・前例や研究例があればいいということでは無い。 ・しかし例だけを出して極論を出すことには違和感を覚える。 ・もちろん極論を出す理由は分かる。
・意見の主張という点では極論はもっとも分かりやすいものである。
・とはいえ毎回毎回どの局でも極論じみた批判を聞いていては頭が痛くなる。
・特に前例の無い施策や前例の少ない方策に対しての批判は決まって少ない例を出し
た極論から始まる。
・それは不安を不必要に煽り、現状維持こそが一番だと言っているように聞こえる。 ・もちろんあえて動かないという選択肢もあると思う。
・しかしテレビで扱う問題や施策は今まで動かなかったが故に徐々に大きくなった物がほとんどである。
・であるならば、もはや何もしないという選択や別の選択を考える時間は無い物がほとんどではないのか?
・加えてその手の問題にベターはあってもベストは存在しない。
・必ず何かを解決するときには、別の部分で割を食う人は居る。
・それを知っていながら、まるでそれを許せないというような番組構成には本当に見てて苦痛を感じることがある。
・とはいえ、まだ極論批判は許せる。
2、肯定しても結果に対してが多い
・1では極論的批判の話をしたが、それよりも頭痛がするのは肯定意見の少なさである。
・そして仮に肯定意見があった場合というのは既に結果が出たものだったりする。
・良い結果が出れば、それは十分に肯定して良いものだと自分も思う。
・しかし結果が出ていないものに対してのニュースの目は厳しい。
・社会は結果主義的なところがあるから仕方ないという意見がある。
・ただ成功はしていないが、まだ完全な失敗もしていないことにまで厳しく言うのはどういうことだろう?
・本当の失敗とは本格的にニッチもサッチも行かなくなった時にやめるという最終手段を取った時だと思う。
・であるならば、そこに至る前に批判なんてものが出来るのだろうか?
・もちろん批判を言うなとは言わない。
・批判するなら別の意見も言えとも言わない。
・ただ気にいらないのは、肯定意見は小さくしか言わないのに批判に関してはそこまで挑戦的になれるのかということ。
・なぜもっと未来の分からないものに対して盛大な肯定意見をバンバン出していかないのか。
・これでは未来が暗いと言われているようで、すごく気に食わない。
3、儲けようという考えを批判したがる
・更にイライラさせるのは、すごい儲けようという意見に対しては必ず批判をすること。
・自分は儲けることには良いも悪いも無いと思っている。
・そこに良い悪いが加わるのはそれをする人によるものだとの考えからだ。
・そして良いか悪いかと感じるのも自分の中での出来事だとも考えている。
・なので儲けようとする話はほとんどの場合は良い方向で考えた方が気持ち的には前
向きになる。
・しかしニュースではそういうものがすごく許せないという気持ちが伝わってくることがある。
・特に個人売買的な話はすぐに批判を加える。
・そして企業だったり規模がでかかったりすると今度は大丈夫なの?的な曖昧な批判が返ってくる。
・それがひどく浅はかに思えて腹が立ってくる。
・だが腹が立つ分にはまだいい。
・そこに明確な問題意識が自分の中でまだ感じられるからだ。
・問題は儲けること自体に批判してることだ。
・日本人は身を粉にして働いたという歴史的認識がある。
・なので儲けることは悪という意識があるのだろう。
・そしてテレビを見ているのはそういう時代を生きた人が多いとも聞く。
・そういう人達を対象にしてニュースを流すことは分かる。
・しかしそれでは本気で儲けることを考えて必死で挑戦してる人達はなんなのだろうか?
・彼らを卑しいという言葉を聞いても、すごいという言葉はほとんど聞かない。
・聞くときは決まって社会にすごい貢献できそうなサービスのときだけである。
・では需要と供給と意識したどこにでもある儲け方はなぜ批判される?
・彼らは彼らで人に必要とされるから儲けられるという至極単純な仕組みで儲けているはずなのに、ニュースでは彼らを簡単に批判する。
・それは彼らに悪意があると意味づけようとしていて、とにかく悲しくなってくるのである。
ということで、最近のニュースももはや感情を揺さぶるだけの無駄なものになり果てたような気がしました。
それでもたまに見ちゃうのが人間なのでしょうけど、なんだか腹が立ってその後虚しさが来た感じです。
昔はもっと明るいニュースが多かったと思うのだけれども、勘違いなのでしょうか?
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