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時計はぐるぐると永遠に廻り続けるのに、
どうして生命の営みは刻々と時間が過ぎていくのでしょう?
幼かった頃は長かった一日、一年が、
いつのまにかあっという間に師走になってしまったのは、
いつからだったのでしょう?
一桁の年齢の子どもが、
一年がとてつもなく長く感じるのは、
毎日が感動で溢れているからだ、そうです。
常に新しいことを知り、習得し、吸収していく素晴らしさを、
子どもたちは日々感じているのです。
それに比べ私たち大人は、
同じ朝が来れば着替え、出勤し、
もう覚えて慣れてきた仕事をこなし、
時間が来れば帰宅する。
新しいことに触れるとすれば、
悲しいニュースや吐き気のする悪事ばかり。
同じ24時間を過ごしているはずなのに、
どうして歳を重ねるほど短く感じてしまうのだろう。
そんなときは本を一冊手に取って、
じっくり浸かる時間も必要なのではないでしょうか?
もちろん、新しく学ぶこともいい。
知らないで損なことなんて、
一つもないのです。
私は昔、学校でそう先生に教えられました。
危ないことだって、知らなければ危険回避できない、
対応策を知らなければ、命すら落とすかもしれない、
教養ではなく、ただなんとなく知識を得るだけでも、
なんだかわくわくしたりして、
ノートに取ったり何回も練習したわけではないのに、
妙に記憶に残ったりするのです。
感動、毎日に一つでもあれば、
みんながハッピーになるのにな。
不安が一つあるのなら、
自信を二つ身につけるくらいの気持ちで、
学び続けることが時間に繋がるのかもしれません。
どうせ人はいつか死ぬのだから、
勉強しなくたっていい。
そう思ったらつまらない。
シンナーで亡くなった友人を知り、
その恐怖を全身で受け止めたなら、
必死で学んで研究して、
安全なはっぱへ向かうのは当然のことなのかもしれません。
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数字に捕われている その感覚が長い事も要因の一つでしょうね 子供のころは制限など考えていませんでしたから。
2008/12/4(木) 午前 0:17 [ CH太郎也 ]
1年が長く感じられるのは、毎日が感動で溢れているから・・・。
子供の頃はそれだけ日々のこと全てが新鮮だったということでしょうか。
同じように繰り返されるルーティーンにしないためにも、
単調なものの見方や感じ方をしないということに意識をおく、
自分のスタンスが大事になってくるんでしょうね。
それにしてもまた1年経ってしまいました。
2008/12/4(木) 午前 3:51
学ぼうとする心を持つ事は好きです。
1年が早く過ぎても、感動する事や新しく知った事があったなら、まあイイか♪って思います。
2008/12/4(木) 午前 4:32
知らないで損な事は一つもない
危ない事も知らないと危険回避できない
(ー’`ー;) ウーン
全てを知ってはいけない気がするし、知っておかなければならない気がするし・・・・難しい・・・
でも、全てに意味がある気がするのですよねぇ
2008/12/4(木) 午前 10:08
毎日が感動で溢れている子ども時代・・・あったんですよね、みんな。
もう子どもには戻れないけど、
大人は自分で感動をみつけることが出来る。
そう考えると、未知なる新しい感動は、さまざまなところで発見出来るのではないでしょうか。
本は新旧の発見を手軽に見いだせる存在で、素晴らしいですよね☆
2008/12/9(火) 午前 11:58 [ にちにち ]
時計も読めなかったしね!とろろさん
2008/12/10(水) 午前 0:15
常に学ぶ姿勢、知ろうとする気持ちを忘れたくないですね、かおるさん
2008/12/10(水) 午前 0:15
私もたまに漢字ドリルや数学の問題を解いてみたりします、昔はよく勉強したなぁなんて想いながら。。ぱらべらむさん、コメントありがとう!
2008/12/10(水) 午前 0:16
嫌なことを知っちゃったとしても、そういうものもあるんだなって思うことで、一つ勉強になるのですね、yousanpanさん
2008/12/10(水) 午前 0:17
見つけたいな、って思う気持ちが、一番大切なのかもですね、にちにちさん、またきてね
2008/12/10(水) 午前 0:18