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昔メジャーで退場後に変装していましたね ボビー、「楽しむ野球」ラスト采配 10月7日23時52分配信 産経新聞 本での最後の試合を終え、スタンドのファンに別れを告げるロッテ・バレンタイン監督=Kスタ宮城(撮影・大里直也)(写真:産経新聞) ロッテのボビー・バレンタイン監督(59)が7日、クリネックススタジアム宮城での楽天戦で最後の指揮を執った。0−9で完敗した試合後は名残を惜しむように雨の中、ファンの声援に応え「素晴らしいチームを率いられて幸せ」と話した。日本での通算成績は493勝450敗23分け。 バレンタイン監督は2004年に、1995年以来2度目となるロッテ監督に就任。メッツなど米大リーグでの豊富な監督経験で培った手腕を発揮し、05年には日本シリーズを制した。 開幕前から退任を通告されていた今季は5位に低迷した。有終の美は飾れなかったが「野球に愛情を注いでくれた選手、ファンに感謝でいっぱい」と話した。 ■万年Bクラス…ロッテを日本一に ロッテのバレンタイン監督を語るとき、選手が共通して口にするのは「野球を楽しむ」という言葉だ。日本の野球は、つらい練習を経て試合で結果が出て初めて「楽しさ」を味わうことが多い。だが、指揮官は選手に「それまでの過程を楽しんでほしい」と説いた。 成果はすぐに表れた。復帰2年目の2005年。万年Bクラスだったチームは、31年ぶりの日本一に輝いた。渡辺俊は「それまでは追い詰めるタイプだったけど試合は楽しいものという考え方になった」。選手がいきいきとプレーする姿はファンも引き付けた。昨季の観客動員は球団初の160万人を突破するなど、人気球団になった。 一方で「『楽しむ』は最大の長所であり、最大の短所でもあった。歯車が狂ったときに取り返しがつかなくなった」と小宮山。選手は100球以上の投げ込みや目の届かないところでの特打や特守も基本的に禁止された。他チームに比べて練習不足は明白だった。打順を頻繁に組み替える「日替わり打線」やヒットエンドランを多用する戦法もマンネリ化。連勝もするが連敗も多く、昨季は4位に終わった。 昨年12月、球団は今季限りの指揮官の退団を発表。球団との確執が背景にあった。これに反発した一部ファンが応援席でフロント批判を展開した。その影響もあり、今季は開幕当初から低迷。早々に5位が決定した。指揮官は「一番楽しむことができなかったシーズンだった。球団と現場が一つにまとまれなかった。それは自分の責任」と話した。日本での指揮は通算7年。仙台がロッテでのラスト采配(さいはい)となった。最後の1年は、指揮官が目指した「楽しさ」とはかけ離れていた。 後任はこの人 ロッテ・西村新監督が“脱ボビー”宣言 10月8日19時53分配信 産経新聞 ロッテ・西村徳文新監督発表会見。左は瀬戸山球団社長(撮影・高橋朋彦)(写真:産経新聞) ロッテは8日、来季監督に西村徳文ヘッドコーチ(49)の昇格を発表した。2年契約で年俸5000万円(推定)。西村氏は同日、千葉市内のホテルで就任会見を行い「再建のために1年間戦える体力をつける。練習量は多くなる」と“脱ボビー”を打ち出した。背番号はコーチ時代と同じ「78」。 2年連続Bクラスとなった要因にバレンタイン前監督の方針による練習不足が指摘されていた。西村氏は「足りなければやる」とアーリーワークや夜間練習の導入を検討。毎試合、打順を組み替える「日替わり打線」の廃止も言及した。キャプテンには西岡を指名した。 西村氏は宮崎県出身。福島高、鹿児島鉄道管理局を経て1982年にドラフト5位でロッテに入団。ロッテ一筋でプレーして97年に引退。翌年からロッテコーチを務めていた。 また、投手コーチに元巨人の西本聖氏、1軍打撃コーチに独立リーグ、BCリーグ石川監督の金森栄治氏、2軍監督に打撃コーチの高橋慶彦氏が就任することも発表された。
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2009年10月10日
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