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こんな衝撃的な引退会見は久しぶりに見た




赤星が現役引退!首の痛み引かず…阪神
12月9日16時59分配信 スポーツ報知

 阪神の赤星憲広外野手(33)が兵庫県西宮市内のホテルで記者会見し、今季限りでの現役引退を表明した。9月に首を痛めた際は持病の椎間板ヘルニアの悪化とされていたが、その後の検査で脊髄損傷と診断されたためで、同外野手は「全力プレーをできない状況で野球を続けるのは無理なのではないかと、引退する気持ちを固めた」と語った。

 現在、日常生活に支障はないというが、医師からは「今度やってしまったら、最悪、命の危険もある」と言われたという。プロ生活を振り返り「9年間できたことは本当にありがたいこと」と話した。

 赤星は愛知・大府高から亜大―JR東日本を経て2000年ドラフト4位で阪神入団。走攻守三拍子がそろった外野手として1年目からレギュラーに定着し、39盗塁で盗塁王、新人王に選ばれた。その後も05年まで5年連続盗塁王、リーグ優勝した03年と05年にはベストナインに選ばれ、ゴールデングラブ賞は6度選出。04年に社会貢献活動が評価され、ゴールデンスピリット賞を受賞した。

 07年5月、試合中にダイビングキャッチを試みた際に首を痛め「頸椎(けいつい)椎間板ヘルニア」と診断。今年9月12日の横浜戦(甲子園)でも同様のプレーで悪化させたとみられ、その後は欠場。11月に鳴尾浜でキャッチボールを再開させたところだった。

 今季は91試合の出場で打率2割6分3厘。プロ9年間の通算成績は1127試合で1276安打、打率2割9分5厘、3本塁打、215打点、381盗塁。

 阪神・赤星憲広外野手「引退することになるとはまったく想像していなかった。正直、今でもできるんじゃないかという気持ちはある。次にやってしまったらという恐怖感を持ったまま試合に臨まなければいけないことを考えた時点で、身を引くべきかなと思った」

 阪神・星野仙一シニアディレクター「元気ではつらつなあいつのプレーがもう見られないのは残念やね。03年の優勝が決まった最後の試合でのサヨナラ安打は今でも鮮烈に覚えているよ。足の速い選手だったのはもちろんだけどガッツにあふれた選手だった」

 阪神・真弓明信監督「赤星はチームにとっての最高の功労者。1番であれだけの出塁率があって、盗塁ができて、守備がうまい選手はいない。本当に長い間、ご苦労さまでした。無理して野球を続けていた分、これからは体をいたわってほしい」

 阪神・南信男球団社長「本人はもとより、球団としても断腸の思いだった。本人には11月末に(引退を)すすめた。トップアスリートとしてのチームへの復帰は難しいという判断をした」

 オリックス・岡田彰布監督「痛みとつきあいながらやってきて、体調面に関して一番話をした選手。(優勝した)2005年は4、5番がクローズアップされたが、得点が取れたのは赤星が走者に出たからや」

 阪神・金本知憲外野手「悪い悪いとは聞いていたけど、そんなに悪いとは思いませんでした。まだまだ野球にかかわっていくと思うので、後輩たちに多くのことをしっかりと引き継いで、野球界に大いに貢献していってほしい」

 阪神・城島健司捕手「素晴らしい選手ですし、同級生としても阪神で一緒にプレーできることを楽しみにしていたので、引退は本当に残念」

<阪神>赤星が引退発表…脊髄損傷でプレー続行困難と判断
12月9日17時31分配信 毎日新聞


阪神の赤星憲広
 阪神の赤星憲広外野手(33)が9日、兵庫県西宮市内のホテルで会見し、現役引退を発表した。守備で首を痛めたことが原因で、プレーを続けることが難しいと判断した。会見で赤星選手は「プロアスリートとして100%のプレーができず、恐怖感を持ったまま試合に出ると考えると、自身で身を引くべきと感じた」と決断の理由を語った。

【写真特集】赤星憲広外野手引退 レッドスターの軌跡

 赤星は今年9月12日の横浜戦(甲子園)で、ダイビングキャッチを試みた際、過去に故障した首を再び痛めて退場。頸椎(けいつい)椎間板ヘルニアが悪化したと診断された。しかし、その後に精密検査した結果、「中心性脊髄(せきずい)損傷」と判明。プレーを続けて悪化すれば、日常生活にも影響する恐れがあるとされた。赤星は現役続行の意向を持っていたが、球団側も引退を勧めた。決断は約10日前という。赤星は「気持ちでカバーできる部分ではなかった」と説明。早過ぎる引退について、「実感がわかない。けがさえなければ、来年もレギュラーでやれる自信はあった」と無念さを隠さなかった。当面は治療に専念する。

 赤星は愛知・大府高から亜大、JR東日本を経て01年ドラフト4位で入団。170センチ、66キロと小柄ながらも、俊足を生かしたプレーで1年目からレギュラーに定着。39盗塁で盗塁王に輝き、新人王に選ばれた。05年まで5年連続で盗塁王。打率3割も5度マークし、リーグ優勝した03年と05年にはベストナインに選ばれ、ゴールデングラブ賞には6度選出されている。

 今季はけがの影響で出場91試合にとどまり、打率2割6分3厘だった。プロ9年間の通算成績は出場1127試合で1276安打、打率2割9分5厘、381盗塁

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SKY

9年で8回も監督を替えたチームがあるらしい


<オリックス>岡田氏が新監督就任「一からチーム作りを」
10月14日20時55分配信 毎日新聞

 オリックスは14日、本拠地・京セラドーム大阪で記者会見し、岡田彰布氏(51)の新監督就任を正式発表した。昨季、阪神監督を退き、わずか1年での現場復帰。岡田新監督は「現役最後をオリックスで終わらせてもらった気持ちが体のどこかに残っていた。その恩返しをしたい」と就任を決断した思いを語った。

 背番号は阪神監督時代と同じ「80」。1年の単年契約だが、村山良雄球団本部長は「基本的に3年くらいはやってもらいたい」と話し、長期的視野でチーム作りを任せる方針を明らかにした。

 球場のマウンド上にひな壇が設置され、バックスクリーンの大型ビジョンに岡田監督のオリックス時代のプレーが流れるなど珍しい監督就任会見となった。岡田監督は「(阪神時代の)守り勝つ野球の重視は変わらない。まずは投手陣の整備から進めたい」と話し、守備重視の姿勢を強調。今季はローズやカブレラらの超重量打線が売り物だったが、「打つ方に期待はしない。守り勝つ野球に、それを引き立てる(打線の)引き出しがあればいい」と、チーム構想を根本的に変えることも示唆した。

 さらに「選手たちには原点に戻ってもらい、一からチーム作りをやっていく」と低迷するチームの再建に向けた決意を語った。





今岡を蘇らせなあかん?そらそうよ(え?)

赤ヘル

中居正広氏と声の区別が出来ませぬ


「優勝目指す」と広島・野村新監督=背番号77、16日始動−プロ野球
10月14日17時40分配信 時事通信

 プロ野球広島の新監督に就任した野村謙二郎氏(43)が14日、広島市のマツダスタジアム内で記者会見し、「勝つことしか考えていない。目指すのはクライマックスシリーズではなく優勝」と抱負を語った。背番号は現役時代の番号を重ねた「77」に決まった。
 契約は1年だが、同席した鈴木清明球団本部長は「長期的視野に立ったチームづくりをお願いしている」と語った。
 野村氏は1989年から2005年まで広島で活躍。その後4年間ネット裏から見た古巣の印象を「本来カープがすべき走塁をほかのチームにやられたのは残念」とし、「すべての面でレベルアップさせないといけない」と気を引き締めた。
 野村氏は66年生まれで、今季最年少だった西武の渡辺久信監督より1歳若い監督となる。「若さを前面に出し、自分も体を動かしながら戦っていきたい」と意欲を見せた。16日からの秋季練習で始動する。 


とりあえずベースは投げないでください

See You・・・

ロッテのバレンタイン前監督が帰国 日本監督復帰に意欲
10月12日16時45分配信 産経新聞


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ロッテ・バレンタイン前監督の帰国に多くのファンが成田空港にかけつけた(写真:産経新聞)
 ロッテのバレンタイン前監督が12日、米国に帰国した。成田空港で会見した前指揮官は「今は悲しい気持ちでいる」と現在の心境を語った。再び日本で指揮を執る可能性について「もちろん私が望むこと」と意欲をみせた。また、楽天の野村監督も前日に今季限りの解任を通告されたことを問われると、「シーズン終盤まで解任が発表されなかったのは、シーズンの妨げにはならなかった」と、開幕前に今季限りの退団を通告した球団への恨み節も飛び出した。

 成田空港には約150人のファンが集まり、「サヨナラ」は言わず「行ってらっしゃい」と見送った。

 バレンタイン前監督の一問一答は次の通り。

 −−現在の心境は

 「これから先もたくさんの友人がいるし、この素晴らしい国に何度も戻ってくる計画を立てている。今回、いったん日本を離れることは今は悲しい気持ちでいる。来月、チャリティーのイベントで来日するので、素晴らしい友人と再会したいし、おいしい夕食を楽しみたい」

 −−ファンが空港まで見送りに来てくれた

 「最初に再来日したときも空港に、たくさんのファンが来てくれて驚いた。今日も来てくださっているので心を動かされている。素晴らしい選手、ファンとの交流を持てたのが人生で最高の出来事と感じている」

 −−日本での生活を振り返って

 「とても素晴らしい球団とチームと一緒に仕事ができた。文化を知ることもできた。人生で一番よい7年間といえる。重光家やロッテのすべてのみなさんが機会を与えてくれた。感謝を申し上げる」

 −−今後、米スポーツ専門局のESPNの解説者として復帰するが、ワールドシリーズはどこが優勝すると思うか

 「これからじっくりと研究する。まだ準備できていないので言える材料がない」

 −−日本野球の良さをどんな形で伝えるのか

 「さまざまな経験をした。野球のコミュニティーが素晴らしいこと、ファンが素晴らしいこと、選手が優れたプレーをすること、野球が世界レベルに達していること…。運営者がこれまで以上に良い形で運営すれば、もっとよい形で運営されていくことを伝える」

 −−ロッテの西村新監督へのメッセージは

 「最高のものが訪れることを願っている。正しい判断、正しい決断をしていただきたい。素晴らしい選手を正しい方向へ導いてもらい、若い選手を正しい形で育ててもらいたい。ロッテが素晴らしい球団になっていくと信じている」

 −−今季を振り返って

 「シーズン最後に選手と一人ひとり話をした。それが、今年の中でよかったと思った点。グラウンド上でのプレーは良い思い出として振り返ることはできない」

 −−楽天の野村監督が球団から、今季限りの退任を通告された

 「個人的にCS進出を喜んでいる。『おめでとう』とお伝えしたい。シーズン終盤まで解任が発表されなかったのは、シーズンの妨げにはならなかった」

 −−日本球界復帰は

 「もちろん私が望むこと。私を監督として使いたいと望んでいる人がいれば、私は希望すると思う。一生懸命仕事をする集団があり、その中で仕事をすることができれば当然と考えている」

 −−最後に

 「選手、コーチ陣らが私に対して心から努力する気持ちを常に見せてくれたことに感謝している」

メガネチョビヒゲ野郎

さようならボビー・・・



昔メジャーで退場後に変装していましたね


ボビー、「楽しむ野球」ラスト采配
10月7日23時52分配信 産経新聞


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本での最後の試合を終え、スタンドのファンに別れを告げるロッテ・バレンタイン監督=Kスタ宮城(撮影・大里直也)(写真:産経新聞)
 ロッテのボビー・バレンタイン監督(59)が7日、クリネックススタジアム宮城での楽天戦で最後の指揮を執った。0−9で完敗した試合後は名残を惜しむように雨の中、ファンの声援に応え「素晴らしいチームを率いられて幸せ」と話した。日本での通算成績は493勝450敗23分け。

 バレンタイン監督は2004年に、1995年以来2度目となるロッテ監督に就任。メッツなど米大リーグでの豊富な監督経験で培った手腕を発揮し、05年には日本シリーズを制した。

 開幕前から退任を通告されていた今季は5位に低迷した。有終の美は飾れなかったが「野球に愛情を注いでくれた選手、ファンに感謝でいっぱい」と話した。

 ■万年Bクラス…ロッテを日本一に

 ロッテのバレンタイン監督を語るとき、選手が共通して口にするのは「野球を楽しむ」という言葉だ。日本の野球は、つらい練習を経て試合で結果が出て初めて「楽しさ」を味わうことが多い。だが、指揮官は選手に「それまでの過程を楽しんでほしい」と説いた。

 成果はすぐに表れた。復帰2年目の2005年。万年Bクラスだったチームは、31年ぶりの日本一に輝いた。渡辺俊は「それまでは追い詰めるタイプだったけど試合は楽しいものという考え方になった」。選手がいきいきとプレーする姿はファンも引き付けた。昨季の観客動員は球団初の160万人を突破するなど、人気球団になった。

 一方で「『楽しむ』は最大の長所であり、最大の短所でもあった。歯車が狂ったときに取り返しがつかなくなった」と小宮山。選手は100球以上の投げ込みや目の届かないところでの特打や特守も基本的に禁止された。他チームに比べて練習不足は明白だった。打順を頻繁に組み替える「日替わり打線」やヒットエンドランを多用する戦法もマンネリ化。連勝もするが連敗も多く、昨季は4位に終わった。

 昨年12月、球団は今季限りの指揮官の退団を発表。球団との確執が背景にあった。これに反発した一部ファンが応援席でフロント批判を展開した。その影響もあり、今季は開幕当初から低迷。早々に5位が決定した。指揮官は「一番楽しむことができなかったシーズンだった。球団と現場が一つにまとまれなかった。それは自分の責任」と話した。日本での指揮は通算7年。仙台がロッテでのラスト采配(さいはい)となった。最後の1年は、指揮官が目指した「楽しさ」とはかけ離れていた。


後任はこの人

ロッテ・西村新監督が“脱ボビー”宣言
10月8日19時53分配信 産経新聞


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ロッテ・西村徳文新監督発表会見。左は瀬戸山球団社長(撮影・高橋朋彦)(写真:産経新聞)
 ロッテは8日、来季監督に西村徳文ヘッドコーチ(49)の昇格を発表した。2年契約で年俸5000万円(推定)。西村氏は同日、千葉市内のホテルで就任会見を行い「再建のために1年間戦える体力をつける。練習量は多くなる」と“脱ボビー”を打ち出した。背番号はコーチ時代と同じ「78」。

 2年連続Bクラスとなった要因にバレンタイン前監督の方針による練習不足が指摘されていた。西村氏は「足りなければやる」とアーリーワークや夜間練習の導入を検討。毎試合、打順を組み替える「日替わり打線」の廃止も言及した。キャプテンには西岡を指名した。

 西村氏は宮崎県出身。福島高、鹿児島鉄道管理局を経て1982年にドラフト5位でロッテに入団。ロッテ一筋でプレーして97年に引退。翌年からロッテコーチを務めていた。

 また、投手コーチに元巨人の西本聖氏、1軍打撃コーチに独立リーグ、BCリーグ石川監督の金森栄治氏、2軍監督に打撃コーチの高橋慶彦氏が就任することも発表された。

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