ここから本文です
第肆章「ホンマかいな、そうかいな、へぇ〜!」
現在アメブロ、第伍章「あっそう、ふ〜ん!!」へ引っ越しの最中です。

書庫全体表示


加西市にはかつて海軍鶉野飛行場があり、

国内に残る数少ない滑走路跡が現存しています。

戦時中飛行場そばには川西航空機鶉野工場があり、

そこで紫電改が44機製造されました。


イメージ 1

イメージ 2


同飛行場跡は

長らく防衛省の管轄でしたが、

2016年6月に加西市に払い下げられ、

市はこの一帯を歴史遺産ゾーンとして

保存することを決定。


2014年には滑走路北端に、

資料パネル、海軍主力機模型、

紫電改の部品(一部)等を展示する

鶉野飛行場資料館がオープン。


イメージ 3


加西市が紫電改の1/1レプリカを

制作すると言ったニュースを拝見した時、

自宅から近いのもあって、

加西市の地域振興課へ取材に訪れました。

しかし、うっかりしてなぜ紫電改を作ろうと

思ったのか、その動機を聞くのを忘れました。


私は鹿児島県知覧町・鹿屋市には

何度も足を運んでるので、

2007年5月に公開された

映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」

で使用された一式戦レプリカが

知覧特攻平和会館に屋外展示

されてるのを何度も見てきました。

年を追うごとに風雨にさらされ

紫外線による塗装の劣化が

著しく進行し、心配する声が

上がってました。


2015年8月、

それまで屋内展示してありました

三式戦が所有者の

日本航空協会に返却されたので

その開いたスペースに

移動され、ようやく一安心。

最近はその姿を拝見してませんが

再塗装されてるのでしょうか?


撮影当初の一式戦
イメージ 4

2008年、知覧特攻平和会館に寄贈され間もない頃
イメージ 5

2014年頃、上記と比べ日の丸の鮮やかさは消え、全体に色あせてます
イメージ 6

屋内展示後
イメージ 7

三式戦
イメージ 8


これらの画像を持参し、

担当者の方に

紫電改の屋内展示を直訴しました。

すると担当者からは

「屋内展示の予定です」

との回答に胸を撫で下ろす。

個人的には、

掩体壕のような施設にして欲しいけどなぁ。


イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11


また、「完成後はイベントごとに

屋外に出して展示する予定」

ともお答えいただきました。


も一つ欲を言えば、

撮影用のレプリカは

発動機付近にモーター

もしくは小型発動機を搭載し

プロペラを回しています。

そのようにしていただければ

ウケると思うのですが、

そこまでは考えてないとの事。


先日紫電改制作の起工式が

新聞に掲載されました。


イメージ 12


手がけているのは

茨城県水戸市の広洋社。

ここは茨城県阿見町

予科練平和記念館に展示してある

零戦21型1/1レプリカを

制作した会社です。


イメージ 13


この記事を見るまでは

制作は埼玉県戸田市の

大澤製作所が手掛けてると

ばっかし思ってました。


大澤製作所は過去に

先程の知覧の一式戦、


イメージ 14

イメージ 15


2011年公開の

連合艦隊司令長官山本五十六

の零戦21型


イメージ 16


2015年の

サクラ花 桜花最期の特攻より

桜花11型。

この映画のロケ地は

茨城県の神栖市、鹿嶋市、水戸市、

行方市、阿見町などで行われたそうで

神栖市の神栖中央公園に

撮影で使用された桜花11型が

展示されています。


イメージ 17

イメージ 18


2013年の永遠の0。

零戦21型と52型甲が登場。

撮影終了後は

宇佐市平和資料館に展示。


イメージ 19

イメージ 20


と、レプリカ製作の経験を

かなり積んだ会社なので

てっきりここやと思ってました。


紫電改は来年の3月に完成予定。

総工費は約1500万やそうです。

組み立てに際し、

現存する紫電改の各パーツを

組み込む予定だとか。


さて、塗装はどのような

感じを表現するのでしょうか?

予科練平和記念館の零戦のように

ピッカピカの1年生にするのか、

永遠の0のように

戦闘経験をかなり積んだ

塗装がはがれてる

感じを出すのか、

実に見物ですね。


鶉野飛行場は、

元々川西飛行機姫路工場が

製造した紫電を搬出入時に

使用するための滑走路やったので

新品の紫電や紫電改の姿が

当時見られたわけで、

実戦経験を重ねた機は

他方面から飛来した九七式等の

旧型機の方だったと思います。


イメージ 28



でも私は後者の方が好きですね。



スミソニアン航空宇宙博物館
イメージ 23

国立海軍航空博物館
イメージ 26

紫電改展示館
イメージ 24

実写
イメージ 25


紫電改には

九九式二号二〇粍機銃四型

4丁が搭載されてました。

携行弾数は125発〜250発と

少なめですが、

20ミリの破壊はすさまじく、

当たれば敵機に相当な

ダメージを与えました。


紫電改と格闘し、被弾するもかろうじて帰艦した4FU、
よぉこれで帰投出来たねぇ、感心するわ!!
イメージ 21

イメージ 27


これらの機銃のレプリカは

現在鶉野飛行場資料館に展示中。

紫電改と同時展示してくれたら

メッチャ嬉しいんやけどなぁ…。


イメージ 22


加西市から新たな発表がありましたなら

またレポートいたします。





いつも御訪問戴きありがとうございます
下の旭日旗をクリックしてくだされば
ブログ村ランキングに連動します
よろしければ応援のほどお願いいたします
↓   ↓   ↓   ↓

  • 顔アイコン

    西隣の町ですが、現在でも円躰壕(漢字不明”えんたいごう”)と呼ばれる馬蹄形の施設跡が2箇所あります。私も幼少の頃、田んぼの中に50口径機関砲薬きょうがゴロゴロあったのを記憶しています。

    [ tak*ii*80*1 ]

    2019/5/14(火) 午前 10:07

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事