THE RED NAMES

♡THE RED NAMES のセツです。♡

全体表示

[ リスト ]

イメージ 1


私の父は画廊を経営しておりまして、昔から側には絵がありました。

絵=(イコール)父ですし、実家には多くの絵が飾ってあります。

田舎ですし、絵はそうそう売れるものではありませんが、父は絵がすべてで、絵を中心に生きています。

私の東京の部屋にも父がくれたユトリロの絵があります。

小学校の時に、ユトリロの絵に一目ぼれして以来大好きなので、父がくれました。

そんなユトリロと同じくらい大好きなムンク。ムンクの一生を描いたドキュメンタリーDVDを観ました。

エドヴァルド・ムンク(Edvard Munch/1863〜1944)
母国ノルウェーでは1,000ノルウェー・クローネの紙幣に肖像画が描かれている国民的な画家。1863年12月12日、ノルウェーのローテン村に生まれ、その後すぐにクリスチャニア(後のオスロ)に移住した。5歳のときに母が結核で死去、姉と弟も若くして死んでしまう。ムンク自身も体が弱かったことで、生涯“死”の影がつきまとう人生を送ることになる。1881年、芸術学校に入学して絵を描き始める。1889年よりパリへ留学し、ゴッホやゴーギャンの影響を強く受ける。パリについてすぐに、長い間確執のあった父が死去、ムンクの人生にさらに暗い影を落とすこととなる。1890年代に描かれた、後に代表作と評価される『叫び』『接吻』『マドンナ』などの作品は総称して“生命のフリーズ(frieze of life)”と呼ばれ、ムンクの芸術性を凝縮する作品群となっている。ムンクの作品のテーマとなる“愛”“死”“不安”が1枚に収められた『生命のダンス』はその中心となる作品。人生で何度か大きな恋愛を経験するが、度重なる家族の死により、家庭を持つことに対して過剰な不安を感じていた。1902年に起こった恋人とのトラブルで、左手中指を失う発砲事件が起こる。この頃から精神が不安定となり、デンマークで療養生活を送る。1909年にノルウェーに戻り絵を描き続けるが、1944年1月23日に80歳の孤独な生涯を閉じた。膨大な絵画・版画・日記などは、彼の遺言に基づいてオスロ市に寄贈され、生誕100年となる1963年にムンク美術館が誕生した。ムンクの作品群はムンク美術館やオスロ国立美術館など、その大部分が母国ノルウェーに所蔵されている。
goo NOWONから抜粋

イメージ 2

一番有名な作品はこの「叫び」ですかね。1893年

イメージ 3

「カール・ヨハン通りの夕べ」1892年

イメージ 4

「マドンナ」1894-5年

イメージ 5

「吸血鬼」1893-94年

イメージ 6

「森へ」1915年

イメージ 7

「接吻」1897年

 

沢山の作品と共に、ムンクの人生や想いが描かれていました。

あっという間に終わってしまいました。とても見ごたえありました。

ムンクが好きな方には、是非オススメのDVDです。

.
セツ
セツ
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

ブログバナー

過去の記事一覧

検索 検索

Yahoo!からのお知らせ

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!
話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事